竜巻となるホットミルク

文字数 1,605文字

「あのね、夢の中でね。あたし、ホットミルクをね、スプーンでくるくるくるくる、くるくるまぜてたの」

 僕の顔を見るや否や、彼女は勢いよく話し始めた。話したくてしかたがないという彼女の気持ちが、溢れんばかりに伝わってきた。興奮しているせいか彼女はスプーンを「スっプーン」と言った。可笑しかったけど笑わなかった。自分も小さい頃はそんなふうに言ってたかもしれないし、笑われたら傷ついたり怒ったりしてたんじゃないかな。ぼんやりとそんな記憶がよぎったからだ。あと、くるくる多すぎ。

 彼女の夢の話はそこから40分つづいた。テレビドラマ1話分の時間を要しているにもかかわらず、内容はドラマ冒頭の「前話までのあらすじ」程度だった。それも僕が彼女の言ってることを好意的に汲みとって、積極的に歩み寄ったことで、「前話までのあらすじ」分くらいの“お話”を抽出することができたんだ。それは奇跡だった。まるでジャコウネコのフンから採られた未消化のコーヒー豆(コピ・ルアク)で抽出したコーヒーのように。そのくらいすごい、手間暇がかかる作業を経てこそ得られる類いの、とくべつな奇跡だった。

 彼女が40分かけて話してくれたことを、ここからは僕が語る。
 僕はコーヒーを淹れるのも、他人の話を自分のことのように話すのもちょっとばかり得意なんだ。彼女の拙い説明の足りない部分は、僕が想像力を膨らませて(多少の脚色は大目に見てもらって)補完する。あたかもその現場に居合わせたような体で、僕が見たものとして語る部分もあるにはある。さてさて。彼女の話はこういうことだ。


 ー 彼女の夢 ー

 夢の中に知らないおばあさんが出てきた。そのおばあさんは死んだママに会わせてあげると言った。
 この春、小学生になるミチカは4歳のときに母親を事故で亡くしている。そんなミチカに、「ママに会わせてあげる」などと怪しげに言うおばあさんは、見た目からしてもう怪しい。典型的なおとぎ話の魔女のようだ。
 おばあさんはミチカにホットミルクを与えた。「とくべつに、これを入れてあげよう」と言ってミルクのなかに、ところどころキラキラと輝くものが見える顆粒状の粉をスプーン1杯分入れた。

 ミチカはキラキラした部分に興味を惹かれた。それに、砂糖だとしたらいつもの量より少なすぎるので「もう一杯入れて」とお願いした。するとおばあさんは急に怖い顔して「ママに会えなくなるよ!」と怒鳴った。ミチカはしかたなく我慢して、スプーン一杯分の粉をくるくるくるくる、くるくると混ぜた。おばあさんの怖い顔に少し怯えながら。
「そんなに混ぜなくても大丈夫。もう溶けてるわよ」とおばあさんは言って、「おかしな子ね、ふぉっふぉっふぉ」と笑った。ミチカは溶け残りを気にしていたんじゃなく、ホットミルクが熱すぎて飲めないからスプーンでかき回して冷ましていたのだ。その行為を怒られるかと思って一瞬身構えたが、おばあさんが笑っていたので胸を撫で下ろした。ミチカはさらに激しくスプーンをかき回した。くるくるくるくる、くるくる。

 最初は笑っていたおばあさんの顔が変化していくのを感じた。皺だらけのおでこ、眉間のあたりに強烈に、深い溝のような皺がさらに刻まれた。ミチカはスプーンでかき回すのをやめなきゃ、と思う。しかし、その右手は止まらなかった。くるくるくるくるくる、くるくる。
「やめんか! 溶けとるって言っとるじゃろ!」おばあさんがまた怒鳴った。
 それでもミチカはやめなかった。いや、やめようにもやめることができなかった。やめるやめないも何もミチカの意思に反して、スプーンの回転はさらにスピードを増していった。その暴力的な回転に呼応するようにおばあさんの怒鳴り声も大きくなり、より暴力的になっていった。
「この、馬鹿な子め!」ついにおばあさんが足を一歩踏み出し、ミチカとの間合いを詰めようとした瞬間、ホットミルク・トルネードが現れた。



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