第2話 先入観と書いて勘違いと読む

文字数 2,330文字

 一言で言うなら今の気分は最悪。
40分前まできれいにそろえられていたはずの前髪は、おでこに張り付き原型をとどめていなかった。
前髪だけではない。
後ろ髪はびしょびしょに濡れ、これから乾けば生乾き臭とともに毛先が外に跳ね上がるだろう。
制服は肌にぴったりとくっつき濃い紺色に染まって重くなっている。
 
 急に振り出した雨のせいで自転車で髪をなびかせていたキラキラ女子高生は幽霊と化した。

 もうこうなったら仕方がない。
とりあえず先生に断ってジャージに着替えよう。
そう思い職員室へと急いだ。

 「うわ。なんだよ、拭いてから来いよ。」

 担任の第一声がこれである。
別に濡れたくて濡れてるわけではないのだが?
文句を飲み込みジャージに着替えたいと伝えると渋々ながら許可してくれた。
ふと思い出して担任の斜め前に座る先生の所に移動する。
 
「近藤先生。あの、三年生の名簿ってもってますか?」

 近藤先生は3学年主任のおばちゃん先生でいつもトレンドマークのヘアピンを直している。
今も直し方をしながらめんどくさそうに私を見た。

 「えー。もってるけどなにに使う?」

 独特のイントネーションがあるしゃべり方だ。
そういえば、旦那さんが関西出身だと授業の時言っていた。

 「探している人がいて。何組だか知りたいんです。」

 ここはごまかさずに本当のことを言ったほうがいい。
近藤先生はあからさまにめんどくさいオーラをだしつつ立ち上がった。
名簿を持ってきてくれるのかと期待して待っていると、何故かタオルを持って帰ってきた。

 「たく。そんな濡れてるの見ると私が風邪ひきそうや。」

 そう言って私にタオルを押し付けてくる。
近藤先生は態度は乱暴なものの、面倒見がよく生徒から意外と好かれている先生だ。

 「んで、誰なんよ。探してる人は。」

 タオルで頭をふきながら先生を見る。
ピンをまた直しているが、さっきからあまり変わっていない。

 「おお、…えっと確か、大原先輩だったと思うんですけど…」

 「お前もかいな!」

 といきなり近藤先生が大声を上げた。
びっくりしたように担任やほかの先生方の視線が集まる。

 「隼人のどこがいいんよ。あんなチャランポランがなんでそんなにモテんのか。私はあんたら高校生と趣味が合わんね。」

 大原先輩の名前はどうやら隼人というらしい。
そして、また何か勘違いされている。

 先生の話を聞くと、どうやら大原先輩はモテモテで、いつも休み時間や放課後に同級生や下級生の女子に囲まれているとの事だった。

 「隼人なんてちょっとイケメンなだけや。なのに周りの女がもてあますから調子乗るんやろ。
ほんまに、こっちは進路やなんやって焦ってるときに。」

 先生は先ほどから、大原先輩の愚痴を垂れ流しにしているが言葉の端端からは本当に心配していることが窺えた。
ちょっと言いすぎだけど。
 
近藤先生の愚痴を聞く限り、大原先輩はかなりの問題児らしい。

 「隼人は3年5組。遊んでばっかいないで、進路の紙提出しろって言っときな。」

 近藤先生にタオルを返し、お礼を言って職員室を出た。

 それにしても厄介である。
夏の暑さをかき消すように降り続ける雨を見ながら、じめじめとした廊下を歩いた。

 4、5組は建築科で機械科の私にとっては未知の世界だ。
同じ学校なんだから知っているだろうっと思われるかもしれないが、私の中で建築科は悪魔の科。できれば近寄りたくない所なのだ。

 なぜ悪魔の科になったのか。ずばり言うと、私は建築科の生徒たちが苦手だから。

 騒がしい男子に廊下は占領されているし、自分を一軍だと信じてやまない女子は他の科を見下してくる。
確かに建築科はこの工業高校の中では一番目立つ存在かもしれない。
でも、行事のたびに自分たちよりも目立つ人達に牙を向ける姿を見ると、とてもじゃないが近づきたくはない。

 問題児に存在を認識されているほど私は目立つ存在じゃないし。
きっと、私が知らないだけで他にも平木さんはいるんだろうな。

 そう現実逃避をして、廊下よりも暑苦しいであろう教室に、足を踏み入れた。

 「え?平木っていう名字の女子、さえちんしかいないよ?」

 昼休み。クラスのイケイケ系の女子、通称イケ女に聞くと、私が期待していた答えと真逆の答えが返ってきた。
私が通う工業高校は女子の人数が男子に比べると極端に少ない。
30人クラスに5人、7人、いても10人ぐらいである。
なのでイケ女ぐらいになると、女子全員と話すことも不可能ではないだろう。
女子が少ないおかげで、
「昨日休んだの?」
と毎度言われるくらい影が薄い私でも、イケ女と話せるのだが。

 「やっぱりそうだよね。平木なんていないかー。」

 8割茶色のお弁当を見ながら深くため息をついた。
やっぱり間違いではないのか。
いや、でも大原先輩のような人が私を認知しているわけないし。

 「うーん。男子なら平木はいるけどなー。」

 ミニトマトを口に放り込みながらイケ女は言った。
男子はいるのか。男子は全然苗字まで覚えてないな。
男子は、男子、ダンシ???

ふと頭に引っかかるものがあった。

イケ女の言葉をBGMにしながら、頭の中を昨日に戻した。
確か、店の中で泣きながら言ってた…か?

 「ちょっと職員室に行ってくる。」

 少し無理があるけど絶対ありえないわけじゃない。
もし当たってるなら…。

 どうやら私たちは同じ勘違いをしていたらしい。
なんとか繋がった仮説を信じながら、急ぎ足で職員室に向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み