第3話 真実を伝える難しさ

文字数 2,157文字

「失礼しまーす…。」
職員室は昼休みだからか閑散としていた。
近藤先生の机には、書類が山積みにされているだけでお弁当の影がない。
たぶん科の職員室にいるんだろう。

 放課後くるしかないか。
そうあきらめかけた時、近藤先生の隣の机に新聞委員が書いたであろう原稿と、様々なユニホームを身にまとった生徒たちの写真を見つけた。

 どうやら部活紹介の新聞を作っているらしい。
何気なく見ていると、ある部活の新聞に目が行った。

 でかでかと弓道部と書かれた新聞だ。
「やさしい大原部長と、頼れる副部長、椎名さん。」
新聞の中間あたり、吹き出しの中にそう書いてある。
吹き出しの下には写真一枚分ぐらいの空白があった。

 昨日放課後話した子の苗字は椎名だ。

 吹き出しの文の内容から、大原先輩と椎名さんが映っている写真がある確率は高い。
すぐに弓道部の写真を探した。

 3分後。
目当ての写真はすんなりと見つかった。
髪を高く結っている生徒の横で椎名さんがピースをしている。
写真の後ろには、「弓道部 部長、副部長」と書かれている。
たぶん横の人が大原先輩だろう。
堂々としたオーラが写真越しでも伝わってきた。

 それにしても。
椎名さんの話を聞いて、男の先輩だとばかり思っていた。
別に椎名さんは男の先輩だとは一言も言ってない。

 謎が一つ解決したことで安堵のようなモノが溢れだしたが、一方で別の謎が浮きでてくる。

 ぽっと出た謎が頭にこびりついたまま、残りの授業が終わり放課後を迎えた。

 「ごめん。ちょっといい?」

 鞄に荷物を詰め込んでいると、椎名さんが目の前に立っていた。
明らかに気まずそうに、顔を下に向けている。
返事をして一緒に廊下に出た。

 「昨日はごめん。いきなり泣いて、帰って…。ホントに失礼だった。」

 昨日よりもはっきりした声でそう言うと、深々と頭を下げてきた。
あわてて、いいよと大丈夫を連呼する。

 「なんか色々あって泣いちゃって。付き合ってるのが分かったから、泣いたとかじゃないんだけどね。」
 
 ごまかしているのはバレバレだった。
それに今の彼女の言葉で、ずっと捨てきれなかった仮説が、確信へと変わった。
また気まずい空気が流れだしたので、思い切って聞いてみる。

 「大原先輩が…どうして「女の子と」付き合ってると思ったの?」

 途端に彼女の顔から愛想笑いが消え、とても動揺しているのがこちらにも伝わってきた。

 「男子にも平木はいる。なのにどうして私と付き合ってるって思ったんだろうって。」

 たたみかけるように思ったことを言う。
椎名さんが口を開くまで、昨日とは違う緊張感があたりを包み込んでいた。

 「私…大原先輩が男子よりも女子のほうが好きなこと知ってて。」

 誰もいない、しんとした廊下に響かないように、椎名さんはつぶやくように話す。
ふと、椎名さんが笑みを浮かべているのが分かった。
でもそれは、大原先輩との写真のような晴れ晴れとした笑顔ではなく、どこか悲しみを含んだ笑みだった。

 「好きだったの。大原先輩のこと。」

 一瞬の空白。
それを埋めるように、椎名さんは言葉をつなぐ。

 「だから、大原先輩が付き合ってるって知った時、凄くびっくりしちゃって、誰かも確かめる余裕もなくて、平木さんって決めつけちゃって。」

 話すたびに悲しみの色が濃くなっていく。
どんな気持ちだったんだろう。
なかなか言えない気持ちを持ちながら付き合ってると聞いたときは。
後悔したのか、それともただただ悲しかったのか。
私には想像できなかった。

 「そっか。大原先輩は男子の平木さんと付き合ってたのか。女の子だって一言も言ってなかったしね。」

 そう言って下を向く。

 「馬鹿だ、私。」

 ささやくような小さな声で、でも限りなく後悔したように。
付き合っているのが女の子だと勘違いしたことだけに言っているのではない。
自分が好かれていると勘違いしたことにも言ってるんだ。
そうなんとなく感じ取れた。

 「こんばんわ。
ちょっと長くなりますけど聞いてください。」

 家に帰りチャットを開いて、そう前置きしてから今日と昨日あったことを話した。

 「なんだか秘密を無理やり暴いてしまったみたいで、申し訳ない気持ちなんです。」

 最後にそう付け加えて、ベットの上で大の字になる。
微かにカレーの匂いが漂ってくる。
お母さんと二人で暮らしているので、なかなかカレーを食べることは少ない。
久しぶりのカレーの匂いを嗅ぎながら、先ほどチャットで送った最後の文を思いだす。

 椎名さんと大原先輩の秘密を部外者の私が知ってしまっていいのか。
椎名さんが最初に勘違いをしたことによって巻き込まれたのは事実だが、私が無理やり調べなくても、椎名さんは勘違いしたことに気づいたのでは。

 そう思っても後の祭り。
ご飯できたよーという声と共にベットから起き上がった。
 
 「本当に。」

 無意識にため息と同時に言葉が出る。

 「勘違いされないのって難しい。」
    
                                  夏の勘違い(完)
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