第2話
文字数 2,296文字
彼女は俺の告白を、人差し指で遮った。
「その先は待って。先にあたしの話をさせて」
彼女は真っ直ぐ面と向かって言い切った。
「この前、受験の時の話をしたでしょ」
「ああ」
「誠センセ、貴方は覚えていないかもしれないけれど、あたしはその時のことを覚えているの。これでもかってくらいに鮮明に」
彼女は伸びをしながら一呼吸置いた。
「あたし、中学校の頃はいじめられっ子だったの。その時のあたしは、眼鏡かけてて、おさげをしてて、いかにもいじめられっ子みたいな恰好をしてた。そんな日々が嫌で嫌で抜け出したくって、一番家から遠い公立高校を受験しようって思って、ここを受けたんだよね」
彼女は過去の話をし始めた。俺の知らない彼女の話を、俺はただ聞いていた。彼女は心の古傷のせいか少し涙ぐんでいた。それでも彼女は震える声で言葉を紡ぐ。
「受験当日、その日、あたしは消しゴムを家に忘れて焦ってた。すると、隣の男の子が消しゴムを2つ持っているからって1つ、あたしにくれた。彼にとっては何てことない行動だったのかもしれない。だけどあたしはこんなに親切にしてもらったことがなくって、とっても嬉しかったんだー。この人が運命の王子様だー、なんて思ったりもした」
俺は、それを聞いてハッとした。確か受験の日、俺の隣の女の子が消しゴムを忘れて焦っていたような気がする。まさか……
「それで、あたしは必死にその男の名前を覚えたよ、ちゃんとお礼を言おうって思って。高校に入ったら、いじめられないように、沢山友達作れるように変わろうって思って、長い髪も眼鏡も捨てて、明るい笑顔を身につけた。それでも、いざ、高校に入学すると、その男の子は居たんだけど、クラスが違って、あたしは声をかけることすらできなかった。そうして1年後、ついに彼とクラスが一緒になった。でもその1年の間に彼は孤独の道を極めていた。「あー、あたし、話しかけても返事返ってこないんじゃないかなぁ」って思って、最初のうちは話しかけることを諦めてた。だけど、父さんの転勤が決まって、あたしは今年度いっぱいしかここにいられないことが決まった。だから、あたしは勇気を出して声をかけることにしたの」
彼女は俺の瞳を真っ直ぐ見つめて言葉を放った。
「あの時はありがとう」
俺と彼女は4月に出会っていたわけじゃなかったんだ。それよりもずっとずっと前に出会っていたんだってことが彼女の話で分かった。
そして彼女は、静かに次の言葉を切り出した。
「あたしは、ずっと前から桐谷誠君、貴方のことが好きです」
彼女の言葉に俺の心臓の鼓動は跳ね上がった。彼女と俺は同じ気持ちだったんだ。彼女のファインダー越しから見た俺は、そんな風に見えていたなんて思ってもいなかったが、俺と彼女は運命の赤い糸で繋がっていたのだった。俺と彼女の心の距離が0になった瞬間だった。
「俺も同じ気持ちだった……」
彼女の言葉に俺はそう返した。すると、彼女は照れ笑いながら俺を小突いた。
「もっとちゃんと言ってよ」
確かに、彼女が俺と同じ気持ちだということが分かった今、彼女との焦点が重なった今、俺は躊躇う必要なんてない。
「如月ありす、貴女のことが好きです」
彼女に向き合って、俺は言い切った。もう、俺の人生でこんなこと二度と言うことはないであろう。
「はい」
彼女はこの世の教科書のような美しく輝いた笑顔をして、俺の告白に応えた。
3月24日、この日は彼女が東京に飛び立っていく日だ。俺はそんなことを心の片隅に置いて、いつものように林田とのんびりオンラインゲームをしていた。すると、いきなりスマホにありすから着信があった。
「はい、もしもし……」
「もしもしじゃねーよ。何やってるんだよ、お前今から空港に来いよ!」
ありすからの着信だったのに、何故か声の主は風早だった。風早はそれだけ言うと一方的に電話を切った。何かあいつ、最近俺と話すときいっつも怒ってないか?
俺は、林田に「悪ぃ」と断りを入れて、風早に言われたように、ひげを剃って服を着替えて空港に向かう準備をした。空港は家から少し遠いがチャリで行けんこともない距離だ。というか空港まで行くには車かチャリでしか行けない。今からチャリで行くとギリギリ彼女の出発に間に合うかくらいの時間に到着するだろう。俺は急いで空港に向かった。
空港に到着すると、入り口付近で彼女が待っていてくれた。
「遅いよ。あたし待ってたんだから」
「ごめん、風早に言われないと来てなかった……」
「バカ。あたし今日で最後なんだよ?隣にあたしはもう居られないのに。誠センセはそれでいいの?」
「いいわけがない」
「だったら今度はちゃんと繋ぎ止めておいてよ」
「うん、そうだね……」
「っ!?」
不甲斐ない俺に少し不機嫌な彼女を、俺は抱きしめた。俺だって恥ずかしいけど、彼女がちゃんと繋ぎ止めておいてだなんていうからこうするしかないだろう。
「俺、いつかちゃんと君を迎えに行くから、それまで待ってて」
俺は、これから東京へ行ってしまう彼女への、彼女を繋ぎ止めておくための、餞の言葉を贈った。
「うん。それじゃぁ、「じゃあね」じゃなくて「またね」だね」
そうして彼女は飛行機に乗ってこの地を飛び立ってしまった。
俺は今になってようやく気づいた。彼女が別れ際に「またね」と「じゃあね」という言葉を使い分けていたのだ。俺は、これまで彼女がとても自然に「またね」と言っていたから、全く気づかなかった。俺は、彼女が今しがた「またね」と言ってくれたことがこれ程幸せなことで、この約束を忘れないと噛み締めた。
「その先は待って。先にあたしの話をさせて」
彼女は真っ直ぐ面と向かって言い切った。
「この前、受験の時の話をしたでしょ」
「ああ」
「誠センセ、貴方は覚えていないかもしれないけれど、あたしはその時のことを覚えているの。これでもかってくらいに鮮明に」
彼女は伸びをしながら一呼吸置いた。
「あたし、中学校の頃はいじめられっ子だったの。その時のあたしは、眼鏡かけてて、おさげをしてて、いかにもいじめられっ子みたいな恰好をしてた。そんな日々が嫌で嫌で抜け出したくって、一番家から遠い公立高校を受験しようって思って、ここを受けたんだよね」
彼女は過去の話をし始めた。俺の知らない彼女の話を、俺はただ聞いていた。彼女は心の古傷のせいか少し涙ぐんでいた。それでも彼女は震える声で言葉を紡ぐ。
「受験当日、その日、あたしは消しゴムを家に忘れて焦ってた。すると、隣の男の子が消しゴムを2つ持っているからって1つ、あたしにくれた。彼にとっては何てことない行動だったのかもしれない。だけどあたしはこんなに親切にしてもらったことがなくって、とっても嬉しかったんだー。この人が運命の王子様だー、なんて思ったりもした」
俺は、それを聞いてハッとした。確か受験の日、俺の隣の女の子が消しゴムを忘れて焦っていたような気がする。まさか……
「それで、あたしは必死にその男の名前を覚えたよ、ちゃんとお礼を言おうって思って。高校に入ったら、いじめられないように、沢山友達作れるように変わろうって思って、長い髪も眼鏡も捨てて、明るい笑顔を身につけた。それでも、いざ、高校に入学すると、その男の子は居たんだけど、クラスが違って、あたしは声をかけることすらできなかった。そうして1年後、ついに彼とクラスが一緒になった。でもその1年の間に彼は孤独の道を極めていた。「あー、あたし、話しかけても返事返ってこないんじゃないかなぁ」って思って、最初のうちは話しかけることを諦めてた。だけど、父さんの転勤が決まって、あたしは今年度いっぱいしかここにいられないことが決まった。だから、あたしは勇気を出して声をかけることにしたの」
彼女は俺の瞳を真っ直ぐ見つめて言葉を放った。
「あの時はありがとう」
俺と彼女は4月に出会っていたわけじゃなかったんだ。それよりもずっとずっと前に出会っていたんだってことが彼女の話で分かった。
そして彼女は、静かに次の言葉を切り出した。
「あたしは、ずっと前から桐谷誠君、貴方のことが好きです」
彼女の言葉に俺の心臓の鼓動は跳ね上がった。彼女と俺は同じ気持ちだったんだ。彼女のファインダー越しから見た俺は、そんな風に見えていたなんて思ってもいなかったが、俺と彼女は運命の赤い糸で繋がっていたのだった。俺と彼女の心の距離が0になった瞬間だった。
「俺も同じ気持ちだった……」
彼女の言葉に俺はそう返した。すると、彼女は照れ笑いながら俺を小突いた。
「もっとちゃんと言ってよ」
確かに、彼女が俺と同じ気持ちだということが分かった今、彼女との焦点が重なった今、俺は躊躇う必要なんてない。
「如月ありす、貴女のことが好きです」
彼女に向き合って、俺は言い切った。もう、俺の人生でこんなこと二度と言うことはないであろう。
「はい」
彼女はこの世の教科書のような美しく輝いた笑顔をして、俺の告白に応えた。
3月24日、この日は彼女が東京に飛び立っていく日だ。俺はそんなことを心の片隅に置いて、いつものように林田とのんびりオンラインゲームをしていた。すると、いきなりスマホにありすから着信があった。
「はい、もしもし……」
「もしもしじゃねーよ。何やってるんだよ、お前今から空港に来いよ!」
ありすからの着信だったのに、何故か声の主は風早だった。風早はそれだけ言うと一方的に電話を切った。何かあいつ、最近俺と話すときいっつも怒ってないか?
俺は、林田に「悪ぃ」と断りを入れて、風早に言われたように、ひげを剃って服を着替えて空港に向かう準備をした。空港は家から少し遠いがチャリで行けんこともない距離だ。というか空港まで行くには車かチャリでしか行けない。今からチャリで行くとギリギリ彼女の出発に間に合うかくらいの時間に到着するだろう。俺は急いで空港に向かった。
空港に到着すると、入り口付近で彼女が待っていてくれた。
「遅いよ。あたし待ってたんだから」
「ごめん、風早に言われないと来てなかった……」
「バカ。あたし今日で最後なんだよ?隣にあたしはもう居られないのに。誠センセはそれでいいの?」
「いいわけがない」
「だったら今度はちゃんと繋ぎ止めておいてよ」
「うん、そうだね……」
「っ!?」
不甲斐ない俺に少し不機嫌な彼女を、俺は抱きしめた。俺だって恥ずかしいけど、彼女がちゃんと繋ぎ止めておいてだなんていうからこうするしかないだろう。
「俺、いつかちゃんと君を迎えに行くから、それまで待ってて」
俺は、これから東京へ行ってしまう彼女への、彼女を繋ぎ止めておくための、餞の言葉を贈った。
「うん。それじゃぁ、「じゃあね」じゃなくて「またね」だね」
そうして彼女は飛行機に乗ってこの地を飛び立ってしまった。
俺は今になってようやく気づいた。彼女が別れ際に「またね」と「じゃあね」という言葉を使い分けていたのだ。俺は、これまで彼女がとても自然に「またね」と言っていたから、全く気づかなかった。俺は、彼女が今しがた「またね」と言ってくれたことがこれ程幸せなことで、この約束を忘れないと噛み締めた。