第4話

文字数 2,746文字

 俺が教室に戻ると、もう既にありすは帰ったようだった。何だよ、話の続きはしなくてよかったのかよ。久しぶりに彼女と話せたのに、残念だな。

 「桐谷誠さん、私は貴方のことが好きです」
 凍てつく寒さの中、屋上で小野さんは俺にチョコを渡しながら告白をしてきた。正直俺はびっくりした。彼女が俺のことを好きだなんて気づきもしなかった。
 「ありがとう、そして、ごめんなさい」
 俺は彼女の告白を断った。彼女は優しい子だし、趣味も合うし、話しやすい。俺にはもったいないくらいの女の子だ。でも、俺はありすのことが好きだと気づいた。この事実は変えられない。今ここで不誠実なことをして、彼女に想いを告げることができなくなったら、いつか後悔しそうだ。
 「うん、知ってた。貴方があの子のことを好きなこと」
 「君が俺に敬語使わないとこ、初めて見た」
 「これが、本当の「私」。今の「私」。全部全部曝け出してあの子に負けたの。だから、行って、あの子のところへ」
 彼女は涙をこらえて笑って言った。俺は彼女に促されてありすのもとに戻った。が、そこには彼女の姿が見当たらない。
 「ったく、あいつどこ行ったんだよ……」
 俺は何故だか、彼女がさよならも告げずにどこか遠くへ行ってしまったような感じがした。俺は彼女のことを必死に探し回った。学校中を回っても、学校付近を探しても彼女の姿を見つけることはできなかった。日も暮れて暗くなってきたし、俺は彼女が家に帰ったんだと思って、俺も帰ることにした。
 家に帰ってから俺は自室にこもって考え事をしていた。彼女はあの後俺に何の用事があったのだろうか。学年末テストに向けての勉強を教えてほしいとかだったのだろうか。それとも、林田のことが好きで、その恋愛を応援してほしいとかだったのだろうか。それは嫌だな、色んな意味で。俺ってどこまで単純なんだ。きっと彼女なりに俺にしかできない用事を頼みたかったのだろう。俺は彼女に悪いことをしてしまったんじゃないかと、一晩中猛反省していた。それでも、俺が小野さんの告白を無碍にすることはできなかったと思う。そこだけは責められない。じゃあどうすればよかった?ひたすら考えても正解なんて出てこなかった。

 翌日、学校に登校するとありすは目を真っ赤に腫らしていつものグループとつるんでいた。その目は、おそらく泣いて腫れたものだと考えられる。彼女はこの日機嫌が悪く、とても話しかけられるような雰囲気ではなかった。もしかして他の男に告白して振られたとかなのか?確か、彼女は修学旅行の時に「ずっと好きな人がいる」と言って風早を振っていた。そいつにとうとう昨日告白したということなのか?それじゃあ、俺の不戦敗じゃないか。この気持ちのやり場が見当たらない。やっと、彼女のことを好きだって気づけたのに。初めて誰かを好きになったのに、俺は彼女に告白もせずに失恋してしまったのか。
 もしかして、あの時、最後の勉強会の時、彼女の様子がおかしかったのは、俺に彼女の好きな人がこの学校に居て、そいつが俺の知り合いだったってことを相談したかったのかな?まぁ、俺はそんな話なんて一切聞きたくはないが。こんなに考えても俺は彼女に話しかけることなんてできないチキン野郎だ。彼女のことを考えるとこんなにも苦しくて辛い。俺は、彼女にもういっそのこと告白してしまった方が楽なんじゃないかと思った。
 それでも、俺は、たった4文字を彼女に言うこともためらってしまった。とても弱い男だ。こんなところで立ち止まってしまうくらいに、情けない男だ。こんな俺を彼女はどう思うのだろうか。

 バレンタインデーから数日経ってから俺は風早に廊下に呼び出された。こいつが俺に話しかけてくるなんて珍しい。況してや、こいつなんかちょっと怒っている。どうしたんだ?
 「オレ、お前が小野ちゃんのこと振ったって聞いたんだけど、何で彼女のこと振ったの?」
 「それは……」
 こいつに、本当の理由を言うことが少し気まずかった。こいつはそれを見透かしたように俺の胸ぐらを掴んできた。
 「オレに気ぃ遣ってんじゃねーよ!」
 彼の怒号が放課後の廊下に響いた。学校に残っていた数名が驚いて振り返り見るほどだ。
 「もう一度訊く。何故、彼女を振ったんだ?」
 彼に俺の何が分かるっていうんだ。俺はありすのことが好きだって気づいて、小野さんからの告白を断ったのに……なのに、彼女はその後、何処かの誰だか分からない「彼女のずっと好きだった奴」に彼女は振られてやがったんだ。俺は不戦敗だったんだ。
 「お前に……お前に何が分かるんだよ!」
 俺は無性にこいつの態度に腹が立って、気づいたら俺はこいつの胸ぐらを掴み返していた。何で俺はこんなにも取り乱しているのか、自分でも分からなかった。分からないけど、何も分かっていないこいつの偉そうな態度に、俺は腹が立って仕方がなかった。その場にいた女子たちが、俺たちの取っ組み合いに怯えて、教師を呼びに行くのが見えた。この場にありすが居なかったことが救いだよ。
 俺たちは学年主任に取り押さえられ、長ったらしい説教を聞いていた。その間に、俺はカッとなっていた精神を落ち着かせていた。生まれて初めて生徒指導室に連れていかれたよ。生徒指導室ってこんなに狭い教室なんだなって認識できる程には冷静になることができた。
 ようやく学年主任から解放された俺たちは、お互いに小さな声で「悪かったな」と言いながら、教室まで戻った。もう、辺りも真っ暗になっていたし、教室には誰もいなかった。
 「さっき、何で小野さんを振ったか訊いてきたよな?」
 「ああ」
 「俺、やっと気づけたんだ。ありすのことが好きだって」
 「まこっちゃん、その後ありすになんか言った?」
 「別に何も……てか、戻ったらありすもう居なかった」
 「じゃあ、何でこの前ありすは泣いていたんだ?」
 「知らねーよ。そんなの俺が知りたいくらいだ。この前、彼女の好きな人に振られたんじゃないのか?」
 自分で言って虚しくなってきた。本当情けないよな、男のくせして。
 「いや、それはない」
 「それってどういう意味だ?」
 「教えねーよ、バーカ」
 こいつ何か知っているな、何で俺に教えてくれないんだよ。「オレの方が彼女のこと知ってますよ」アピールか?ウザいな。
 「何だってお前が知ってんだよ。俺は彼女にとって特別な存在じゃない。それは確かなことだ」
 「まこっちゃん、男みせろよ。ありす、3月には居なくなっちゃうんだよ?」
 「男、ね……」
 彼は俺の胸を拳で叩いてきた。彼の言葉に俺はハッとした。そうか、彼女、3月には居ないのか……ビビってる場合じゃないよな。

 俺は学年末テストが終わってから、彼女に告白することにした。
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