第3話 朝採りの、ホロにが。

文字数 2,935文字

     *

 その昔は(バブル)だか泡沫(うたかた)だか言う素晴らしい、
 マボロシの時代があったらしい。
 その頃には新入社員にも6月に満額のボーナスが出たとかどうとか。
 就活なんかしなくても、レッキとした大会社のほうから学校へ勧誘が来て。
 どんなバカでもアホでも性格破綻なオタク野郎でも、自分の名前さえ書ければ、
 苦もなく正社員になれたとか、どうとか。
 社員同士の単なる飲み会でも、下心大全開の合コンでも、
『社員研修』とか『親睦会』とか?
 はたまた『異業種交流会』なんてぇ名目で、領収証さえ貰ってくれば、
 会社が費用を負担してくれたとか、どうとか…。

 そんな、異世界?
 な、オトギ話も、今は昔…
 カツヤの会社の出張旅費なんか、行くだけ社員の自腹損で泣き寝入りになるような。
 スズメの涙ほどの最低限の、ギリギリの実費しか出ない。
 食費が自己負担なのはともかく。
 宿泊費すら… 出ないぃぃぃ???
『夜行で移動すれば、交通費だけで済むだろ?』
 と、上司に言いきられては、抵抗の余地すらもない。
 一日一本だけの、長距離各駅停車の始発に乗るべく、夜も明ける前から家を出て。
(バスが無いので自転車で出張カバンを運んで!)
 着いたら途端に何件も何軒も!
 取引先を回って、頭をぺこぺこ下げて、挨拶して、名刺交換して、工場視察して、ダメ出しして、ムリ言うな!と、文句言われて…
 お義理なのが見え見えの低予算~!の、
 接待とは名ばかりの、慌ただしく粗末な夕食と、乾杯だけのビールと。
 そのまま、夜行バスで…!
 ほぼ眠れないままに、移動して。
 翌日も、取引先を何軒も回って、何件も何度も頭を下げて。
 商談をまとめて。値切り交渉をして…!
 最終の新幹線(自腹だ)に飛び乗って、最終の地元バスに駆け込んで。
 なんとか0時の数分前に、わが家へ。辿り着いてみれば…

     *

「おっかえんなさ~い…! 疲れたでしょう…??」
 …ああ、我が愛妻よ、いとしい新妻よ…!
 涙が出てくるくらい、嬉しい笑顔が。
 夜食とお風呂を用意して、眠らずに、待っててくれた…!!
 …のは、いいが…

「…………どしたの、これ?」
 
 食卓のド真ん中に、ででんと鎮座ましましていたのは。
 この地方特産の、山菜とキノコの超!豪華なメニュー…
 季節の初めのこの時期とあっては、これ一皿で、ウン万円はする? だろう…

 貧乏リーマンの自分の安月給では、とてもじゃないが、賄えない、シロモノである…

「うん。それ。昨日の朝、たっくんがね~!」
 …うん、まぁ、聞かなくても、判っては、いたのだが…
「朝イチで、届けに来てくれたんだよ~。今年の初物だから!って…
 カツヤ居なくて残念だったよね~! せっかく来てくれたのに…」
「…ぃゃ? オレあいつには言ってあったぞ? 昨日と今日は出張でいねェ。ってのは…」
「え? そうなの? …じゃ、あたしが一人で淋しくないかな~…って?
 心配して、様子みに来てくれたのかな…??」
 あくまで善意で良心的に、解釈する…
 あぁ、わが妻よ、キミは天然の、天使か…!?????

「あんまり早いから、あたしてっきりカツヤが忘れものして戻って来たのかと思ってさ~。
 うっかりスッピンのノーブラで、玄関開けちゃったよ~っ★」
「…………気を付けようね、マリちゃん…」
「うん。みっともないとこ、たっくんに観られちゃった~っ★」

 ぃやぃや、それ『眼福』って、言いますから。
 男子のあいだでわ…

     *

 親友というのか幼なじみと言うのか。
 生まれた翌日から産婦人科の新生児ベッドのお隣さんだったという家族ぐるみのつきあいのご近所さんの。
 高校進学を機に普通科の進学校と農業高校に分かれたとは、いえ。
 たっくん、こと拓哉に、同じ学校に好きな女子がいるらしい、ことくらい。
 時々いっしょになる夕飯時の会話のはしきれとかからでも。
 十分に伺い知れた。
「コクらねぇの?」
 カマかけてみたら。
「おれはまだ一人前じゃねーから。」
 と、本人謙虚なつもりだろぉが、すげぇカッコイイせりふを吐いた。
「ちゃんと親父のあと継いで、農家で喰ってける自信がついたら…
 プロポーズする。」
「コクるの飛ばして一気にプロポーズかよッ?!」
「いいだろッ! 農家のヨメに来てくれなんてのは、相手の負担になんだし!」
 そんな、会話の…
 数年後。

 立派にオヤの跡目を継ぐべく順調に修行中の卓也に比べて。
 勝也は我ながらちゃらんぽらんに…でもないが、
 親のカネでてきとーな大学を出て、
 なんとか就活だけは自前で苦労して、
 てきとーな会社に、正社員入社は…決まって。
 早速担当を持たされた取引先に、
 拓哉と同じ高校出身の、女性社員が…いて。
(…まさかな…?)
 とは、思いつつ。
 こちらも一目惚れの、真剣な、…初恋で。
 告白して口説いて、ちょっと強引に話を進めて、まぁ順調に?段階を踏んで、
 深い深い…
 間柄に、なって。
 相思相愛、なんて恥ずかしい、古い言葉で自己陶酔して。
 ちょっとかなり格好をつけて演出なんかもしてプロポーズを決めて。
 イエスの返事を無事にもらってから。
 ようやく。
 旧友に、自慢というか? 見せびらかし?がてら。
 紹介に…
 及んで。

 その時の。

 拓哉の愕然とした…
 顔。

 そして、まったく気がついていないマリアの…
 天然ぼけっぷり…

     *

 すまんと謝るわけにも、今さら行かず。
 というかむしろ向こうから。
「うすうす気がついてくれてるかも… とかで。
 何も自分から動いてなかった。オレが悪い。」
 とか、反省されて。
 とんとんと結婚式の日取りとかが周囲と女子会とで進み。
 とんとんと当日の司会を「親友のたっくんにお願いッ!」
 とか、
 気づかず残酷なのにもほどがあるだろうマリア様…
 と、周囲の涙をさそい。
 そして。

     *

 卓也は立派に農家の後継ぎとして。
 県の品評会で賞を獲ったり、若くして農協の大事な役員になったり。
「…今なら、ヨメに来てくれる人がいたら、苦労させないで済むよな…」
 なんて、ほろ酔いの勢いに任せて、どうやら宣戦布告なんか?
 されて…

 で。
 現在の夫たる、自分の不在時を狙って。
 エサで釣る、という万物共通の求愛行動のついでに。
 寝起きの人妻のあられもない姿を鑑賞していきやがるたぁ…

 …やるじゃねぇか……………

 勝也はあの時の拓哉の愕然とした、哀し気な、絶望的な…
 かおを、忘れられない。

 いつか。
 マリアが。
 三流リーマンの安月給の賃貸マンション暮らしなんかより。
 拓哉の古い農家の豪勢な。
 朝採り野菜の山菜も食べ放題の、暮らしのほうが…
 良いってことに気がついたりとか。

 見た目は地味だが中味がすごい、
 拓哉の。
 人間的な…
 本当にそれは、幼なじみの同性の親友の目から見ても、
 かっこいい、本物の、筋の通った…
 人格的な、魅力? ってやつ…
 に。

 いつか、マリアが…
 気がついて、しまったら…


(あんときの拓哉、みたいな顔で。
 おれも、泣き寝入り? するっきゃ、なくなるのかなぁ…??????)


 そんなことを、考えながら。

 ヨメさんが用意してくれていた美味しいおいしい、山菜こころづくしの料理は。

 少し…

 かなり。

 ほろ苦い、味わいがした…




 


 
 



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