第1話 朝

文字数 816文字

 寒山寺が目覚めると、日はもう高く昇っていた。
 雑に閉めたカーテンの向こうに、今日も殺人的な夏の空が見える。
 寒山寺は安物のパイプベッドを軋ませて下りると、ワンルームに造り付けの小さな冷蔵庫から水のペットボトルを出して飲んだ。
 昨日は焼き鳥屋一軒で二時間程飲んだだけなのに結構酔った。帰りの電車で寝込んでしまい、危うく乗り過ごすところだった。
 初対面の人間と二人で飲んだので、多少気を使ったからだろうか。
 しかし仕事絡みではないので気楽に飲めたし、一緒に飲んだ縞桜という男の話も面白かった。何よりもつまみが美味かった。
 寒山寺の家からは電車で三十分以上かかるが、また一人で行ってみる価値はある店だと昨日のことを思い出しながら考えた。
 外はとっくに猛暑日の日差しだが、部屋には食物の買い置きがなかったので、寒山寺はのろのろと着替えを始めた。
 ワンルームには洗濯機の置場がない。住民は皆コインランドリーを利用していた。
 寒山寺は平日は洗濯が面倒でやらないから、今日中に溜まった洗濯をしておかないと、一週間着るものがない。
 寒山寺はいつまでこんな生活が続くのかとうんざりしながらも、バッグに洗濯物をまとめ始めた。

 エレベーターで一階まで下りると外の熱気がムッと襲って来た。
 階段を降りて裏通りに出る。コインランドリーに向かって歩き出すと、ビルの隙間から巨大なシティタワーが見える。
 十五年前までコンクリート工場が在ったところを中心に、街の再開発が進められ、電波塔が建てられた。
 今では何処からでも、ビルの隙間から巨大なタワーが覗くのが見えた。
 街の景観は一変した。
 食べ物屋もタワー目当ての観光客用の商売に変わり、メニューも客筋も変わり、値段も上がった。
 寒山寺はこの街に越してきて、もう四年ほどになるが、こういう時に落ち着いてコーヒーでも飲める店をまだ知らなかった。
 コインランドリーに洗濯物を放り込むと、さて何処へ行こうかと思案した。
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