第1話

文字数 1,274文字

 東海道新幹線小田原駅上りホームは、有名な新幹線の撮影地である。午後が順光の時間帯だ。順光とは被写体(撮り鉄の場合は「列車」)に対して、正面(カメラ側)から当たる光をいう。被写体に直接光が当たるため、色や形をはっきりと正確に撮影することができる。
 これが雨が降ると事態は一変する。太陽が照らない。一般に暗く、屋外での写真撮影には向かない。
 ところがだ。雨の新幹線を狙って小田原駅上り新幹線ホームに集まる撮り鉄がいる。私もその一人だ。
 新幹線が巻き上げる水煙によって新幹線の重量感と速さが画面に映る。雨を切り裂いて疾走する新幹線の迫力が伝わってくるのだ。
 去る2024年2月4日の午前中、初めて念願の雨の小田原駅上り新幹線ホームに立ち、雨を巻き上げて通過する下り新幹線を撮った(写真1↓)。

 後から現れた撮り鉄オジさんに、
 「この程度の小雨だと、先頭から最初のパンタグラフから後ろにしか水煙が飛ばない。これが、大雨だと先頭車両の運転席の屋根から水煙が巻き上がる。」
と指摘された。
 それ以来、(成る程、ぜひ、大雨の新幹線を撮ってみたいものだ)とず~~~っと機会を狙っていた。

 ついにその日が来た。6月23日、梅雨前線が日本列島の九州~本州の太平洋側に停滞した。神奈川、静岡の太平洋沿岸の天気予報は午前中雨、午後から曇りだった。
 朝8時過ぎ、私は超望遠レンズを装着したカメラを持って、小田原駅新幹線上り14番線ホーム13号車付近のベスト・ポジションに立った。そこにはもう一人、先着の撮り鉄がいた。視線が合った瞬間に、お互いに目的を共有した。
 「もうすぐ、下りが2本続けて通過しますよ。」
 「そうですか…。この雨、いい具合ですねぇ。」
 足元を確認して立ち位置を決める。カメラを構える。重いレンズがブレないように左脇を締める。大きく息を吸ってわずかに吐いたところで止める。ファインダー越しにも土砂降りの雨が見える。画面中央の遥か遠くにヘッドライトが点になって見える。ピントを合わせる。
 カシャカシャカシャカシャッ!
 連写する。
 数秒で新幹線は画面から飛び出る。
 シュワァンッ!シャンシャンシャンシャンシャン~~~~~~~~ン!
 土砂降りの雨の中を時速 230 km で駆け抜ける新幹線は力強く、気分が高揚する。
 写真には運転席の屋根から水煙が巻き上がっていた(写真2↓)。


 「上りも来ますよ。」
 「はい、いいですねぇ…」
 ホームに立っているベスト・ポジションから振り向けば通過する上り列車も撮れた(写真3↓)

 先ほどと比べると、雨脚が弱くなっていた。
 「もう、この山の向こうには雨雲は掛かっていないので、雨はこれで終わりです。」「じゃぁ。」
 先着の撮り鉄の中年オジさんは、スマホで現地の天気の雨雲レーダーを見てそう言い残すと、東京行きのこだまに乗って帰って行った。

 雨の降り具合によって新幹線の表情が変わる。
 雨が激しけれが激しいほど、その中を激走する新幹線の迫力と力強さが伝わる。
 何か人の人生に似ているようで面白いと思った。

 んだんだ。
(2024年8月)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み