第10話 孤独な戦い

文字数 2,339文字

 薫が目を醒ますと、そこは自宅の自室であった。
「あれ、いつの間に……」
 先程まで、玄冬の部屋で彼と交わっていた筈だ。それがどうして……
「玄冬――」
 そうだ。彼はどうした。確か彼は――
 薫は玄冬の語った話を思い出した。彼の正体と来歴、そして使命……それらは全く信じられない、いや、信じたくないものであったが、しかし一方で、あの晩夏の日に見た傷ついたロボットのことを思えば、やはり信じざるを得ないものであるかも知れない。
「嫌だよ……そんな……」
 あれが今生の別れになるなど、認めたくはなかった。嘘だと言ってほしかった。
 そうして、居ても立ってもいられなくなった薫は、脱兎の如く駆け出して家を飛び出した。

 寒風が蕭然と吹きすさんでは玄冬の髪を揺らし、夕陽は地上を滅ぼさんばかりに大地を赤く照らしている。手招きをするかのように穂を垂れる(すすき)の野原を背に、玄冬は山へと入った。
 玄冬は、誘導弾の管制装置の位置は把握していた。ここから少し離れた山中に着陸した彼らの宇宙船が、そのまま管制装置になっているのである。恐らくテロリストたちは既にこの星を脱出しているのであろうが、それでも無人機が防衛している可能性は十分にある。
 (かぜ)蕭蕭(しょうしょう)として易水(えきすい)寒く、壮士(そうし)(ひと)たび去って()た還らず——玄冬はこの星に伝わる詩歌を口ずさんだ。今からずっと昔、この星が今以上に未開であった頃に、身一つで強国の大王の命を取りに死出の旅に出た男が詠んだものだ。人間社会のことを知るために、滝川家の本棚にあった本を片っ端からインプットし記憶したが、その中にあった歴史書に書かれていたものである。機械人形に過ぎない自分がこのような感傷に浸るのは全く奇異なことではあるが、今の心境を表現するには、この刺客の詩歌はあまりにも適したものであった。けれど、口ずさんだ後で、玄冬は気づいた。これを詠んだ男は、結局大王を殺せずじまいで、使命を果たせぬまま命を落としたではないか、と。
 玄冬の感覚器官が向こうから来る敵の姿を感知した。それと同時に、銃兵短兵入り混じった人型の戦闘ロボットたち姿を現した。人間の姿をした玄冬とは違い、如何にも機械という銀色のメタリックな姿をしたそれは、一斉に玄冬に向かって襲い掛かった。
「低性能機体め」
 玄冬の右腕の人工皮膚が裂け、そこから銃身が姿を現す。そして、そこから発射された光線が、次々と戦闘ロボットのコアを的確に撃ち抜いていく。たまに銃兵が撃ち返してくる光線は、玄冬のボディにかすりもしない。
 玄冬と違い、それらのロボットは一山いくらの量産品に、ありあわせの武器を持たせたものに過ぎない。テロ組織にとって、この星の重要度はあまり高くないのだろう。この星での実験に失敗すればまた次、と気楽に考えているのかも知れない。それら全てを阻止する力は今の玄冬にはないが、しかし、少なくとも、この星だけは守らねばならない。愛する薫の生きるこの星だけは。
 あと一機破壊すれば、捕捉している戦闘ロボットは全て破壊できる。玄冬の光線銃の方にも残弾は少ないが、一発で仕留めれば良いことだ。玄冬は、右腕を構え、最後の一機に狙いをつけた。その右腕に、突然、何かが絡まった。
「しまっ……」
 それは軟素材でできた触手であった。頭足類に似た姿をしたロボットが、玄冬に絡みつきその動きを封じてしまった。恐らく軍需企業からの試供品か何かと思われるそれは、探知されないようなステルス機能でも使って不意打ちを仕掛けてきたのだろう。ただ一機残った人型の戦闘ロボットが、ナイフを手に、身動きの取れない玄冬との距離をじりじりと詰めてくる。
「僕が易々とやられるものか。低性能」
 玄冬の掌の人工皮膚が裂け、そこからレーザーカッターを発振させた。絡みついた触手は、レーザーによって溶断され、ばらばらになって地面に落ちた。頭足類型ロボットの頭部をカッターで切断しとどめを刺した玄冬は、迫ってきていた短兵ロボットの体に光線を撃ち込み、機能を停止させた。
 これで、障害は排除した。周囲にも敵の姿は感知できない。先程のようなステルス機体の存在に気を配りながら、宇宙船へと向かった。
 宇宙船は光学迷彩を使って風景に溶け込んでいるが、それでも玄冬はその位置を詳細に把握していた。もう、時間がない。管制装置の破壊が遅れれば、たとえ破壊したとて誘導弾は地球への直進ルートに入ってしまう。
 玄冬は宇宙船の入り口を発見した。ドアは電子制御で施錠されているようだったが、ハッキングを仕掛けるとあっさりと開いた。中に入ると、無機質な灰色の壁が続いていた。
「ここか……」
 管制装置のメインコンピューターは、その内部の中央部分にあった。これを破壊すれば、使命は果たされる。
 試しにハッキングを仕掛けてみたが、やはりセキュリティは厳重で、解除するにはあまりにも時間がかかりすぎる。やはり、物理的に破壊するしかないようだ。しかし、それが可能な武装を、玄冬は持ち合わせてはいない。いや、厳密に言えば、一つだけ、玄冬は持っている。
「やっぱりそうするしかないかな……」
 玄冬の内部には、小型の高性能爆薬と、それを起爆する自爆装置が備えられている。これを使えば、メインコンピューターを破壊することは十分に可能だ。勿論、自爆するということが何を意味するかは、言うまでもないことであるが。
 玄冬は、まるでヒトがするように、深呼吸のような動作をした。そして、自らの自爆装置を作動させた。
「さようなら。薫——」
 玄冬が最後に発したその声は、爆音の中に溶けて消えていった——
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