第2話 美少年転入生現る

文字数 1,928文字

滝川玄冬(たきがわげんと)といいます。よろしくお願いします」
 目の前にいたのは、あの夜に見た、ロボットと思しきそれと全く同じ容姿をしていた。雪のように白い肌とショートボブの黒髪、眉目秀麗な目鼻立ちは、見間違えようがない。
 彼の容貌は、イケメンというよりは中性的な美少年であった。彼はどんな男子よりも美男子で、どんな女子よりも美少女であった。
 彼は、薫のすぐ後ろの席を当てがわれ、そこに着席した。薫の心中は、未だにざわざわと落ち着かない。彼が席に着くためにすぐ隣を通りかかった時、薫はこっそりと耳をそば立ててみたが、機械の駆動音のようなものは全く聞こえなかった。

 玄冬は(たちま)ち人気者になった。その日は三校時で下校になったのだが、彼は、主に女子からであるが、質問攻めにあっていた。皆して玄冬のことが気になって仕方がないようである。
 そして、ここに、彼のことが誰よりも気になっているのに、それ故に容易に近寄れないでいる少年がいた。
「転入生がロボットって、まさかそんな筈はないよなぁ……」
 薫は、ただ一人、あの晩のことを思い出していた。例の晩の出来事が何かの見間違いであるならば、一体どれほど良かったであろうか。しかし、そうは思えないほどに、薫の脳裏にはあの時の光景がはっきりと焼き付いている。頭の中で如何に思考を巡らせてみたとて、答えが得られる筈もなかった。
 ところで、薫と同じように玄冬を遠巻きから眺める者の中に、如何にもな不満顔をしている少年がいた。
「何だい、あんな女みてぇな男にキャーキャー言いやがって」
 周りの男子よりも一回り大きな体躯のこの少年は名を平剛介(たいらごうすけ)といい、その(さが)猛々しく、いつも佞言(おべっか)使いの腰巾着二人を従えている餓鬼大将であった。
「おい、おかっぱ!」
 彼は玄冬が包囲を解かれて一人になった隙を見て、その目の前に立ち塞がるように躍り出た。
「黙って見てりゃちやほやされやがって」
 剛介は殺気立った眼差しで、目の前の転入生を睨みつけている。その左右で、彼の腰巾着二人が、今にも面白いものが見られそうだと、嫌味な微笑を浮かべているのが見える。
 薫は嫌な空気を鋭敏に感じ取った。転入早々、あの粗暴な男の餌食になるのは見てはおれないと思って、一瞬、止めに入ろうか、それとも先生を呼ぼうかと考えたが、その必要がなかったことを、薫はすぐに知った。
 剛介は苛立ちを乗せた拳を繰り出したが、玄冬はそれを避け、空振った腕を掴み、柔道のように投げ飛ばしてしまった。
「な、何だこいつ……」
 起き上がった剛介に最早覇気はなく、青い顔をして逃げ出していった。腰巾着も、その後を追って逃走した。
「大丈夫か!?」
 薫は玄冬の方に駆け寄った。
「ああ、別にどうということはないよ」
 玄冬はまるで何事もなかったかのように、けろりとした表情をしていた。間近で彼を見ると、その顔は精緻な作り物のようで、直視するのも憚られるような気さえした。
「ああ、君は後ろの席の本条くんかな」
「そう。名前覚えてくれたんだ」
 言いながら、薫は玄冬の腕に視線を落とした。その腕はほっそりとしていて、剛介を投げ飛ばしたような力は何処から出たのだろう、と訝ってしまうばかりであった。
 薫は友人である佐竹真と亀山寛二(かめやまかんじ)と一緒に帰るつもりであったが、この転入生の帰路もどうやら同じ方角だったらしく、彼も伴って四人で歩いた。佐竹と亀山も転入生への興味からか、好きなゲームの話だとか、スポーツはやっているかだとか、色々な質問を投げかけていた。
「それじゃ、俺こっちだから、じゃあな」
「おう」
 そうして、薫は佐竹と亀山と別れた。この三人、亀山が一番学校に近く、その次は佐竹が近いため、いつも最後の三分の一ぐらいの道は薫一人になる。
 ところが、今日は一人ではなかった。転入生、滝川玄冬は、依然として薫の隣にいたのである。
「あれ、もしかして滝川くんもこっち?」
「ああ、そうだよ。君もなんだね」
 そう言って、玄冬はくすりと微笑んだ。二人きりになった途端に、薫は気まずさを覚え始めた。彼と二人きりという状況が、薫の緊張を高め、変に肩に力が入ってしまって、上手く話しかけられない。そのまま、二人の間に静寂が保たれたまま、薫の自宅の前まで来てしまった。
「俺の家ここだから、それじゃまた明日」
 そう言って、薫は玄冬と別れて家に入った。
 まだ半日しか経っていないとは思えない、濃密な半日であった。その日はずっと、玄冬が教室に入ったきた時のことや、喧嘩を売った平剛介を投げ飛ばしたことが頭から離れなかった。
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