第1話

文字数 4,114文字

はい、こちら コールセンターでございます



ガチャガチャガチャ・・・

入力オッケー!

電話のスイッチを『作業中』のボタンから『受付』のボタンへ切り替える。
すぐに次のお客様の電話が入る。

「はいお待たせいたしました。〇〇電気コールセンターサービス係の山崎でございます。」

「お待たせし過ぎなんだよ〜!!」

・・・といきなりクレーム。

無理もない本日の電話の待ち時間は平均30分
待っている間にお客様はイライラの絶頂期となる。
それでなくても
こちらは当社のお客様相談センターとなっているため
ほとんどが商品のクレームである。

「あのさーおたくの商品を買ったんだけど、すぐに動かなくなったんだよね!
どうゆう事?」

「それは大変申し訳ございません。
よろしければ商品の品名と型番を教えて頂けませんでしょうか?」

「私のご馳走
A12568➖B」

「はい、私のご馳走
A12568➖B
でございますね。
どのような状態でございますか?」

「スイッチ入れても動かないのよ〜」

「さようでしたか?
ご迷惑をお掛けしております。
お客様。商品の真ん中辺りに
赤いランプは点灯しておりますでしょうか?」

「そんなもんしてないよ」

「恐れいりますが、
電気コンセントを一度抜いて、もう一度コンセントをさしなおして頂けませんでしょうか?」

「あっうん。コンセントね。
あっ赤く点灯したよ」

「ありがとうございます。
ではスイッチを入れて頂けませんでしょうか?」

「はい!
あっスイッチ入ったよ。
有難う。助かった〜」

「いえ、とんでもございません。
他はよろしいでしょうか?」

「うん他はない
有難う助かった」

「お電話、有難うございました。
引き続きご愛顧、宜しくお願い致します」

ガチャ。


ってな訳で、ここは、とある電気メーカーのお客様相談センターのコールセンターである。

故障と思って電話をかけてくるが、だいたい電源が入ってないか、又は
説明書どおりに取り扱わないまま
使い始めるためトラブルになる事が多い。
本当の故障はめったにありません
それも輸送中の破損だったりする。
もちろんその運送破損の時は運送保険に入っている為。新品交換させて頂くのです。

当然、長く使っていれば劣化の為の故障はいたしかたないが、新品の場合、工場出荷の時しっかり検品する為、新品で故障はほとんど無いのです。

落ち着いて取説を読めば解決する事だらけなのであるが、皆、読むのが面倒なのであろう
すぐに、動かない!とか、使い方がわからない!とかと、こうしてコールセンターに電話をかけてくる。
また、電話をかけてくるのは、お年寄りが多く、なかなか話が前に進まない。

電話が積滞(オペレターの定員以上に電話が架ってくる事。)すると、お客様の電話口には、

『電話が大変混み合っております。しばらくお待ちください・・・』

のアナウンスが流れる。その間ひたすらお客様は待っている。

ここでイラっ!として、一度電話を切って、また架け直すと、順番が最後に並ぶ感じになるので、切らずにスピーカーフォンにでもして、待っておく方が無難だ。

しかし商品が動かない上、散々待たされるので、電話がつながった瞬間の
第一声が

「いつまでまたせるんじゃ〜!」

となる。
毎度の事で、まずはその怒りを解くことから始める。

朝8:40に出勤し、簡単な朝礼の後、いつもの様にパーティションに区切られた自席に着く。パソコンのスイッチをつける。商品が多い為、色々な事を同時に調べることができるように、1人に3台のパソコンが用意されている。3台のパソコンを使いながら説明をしていく。

午前9時からの受付となる。

9時1分前
インカムと呼ばれるヘッドフォンをつける。
電話の『受付』のボタンを押す。
時計が9時になるとともに
次々に電話が入ってくる。

ここのコールセンターには60人ほどのオペレターが対応している。
10分もしないうちに60人分の電話はすぐに一杯になる。
お客様が待っている電話が1人2人と増えていく。
お客様の待ち時間と人数が電光掲示板に表示される
5分待ち 待ち人数1人
10分待ち 待ち人数5人

20分待ちになると
赤いランプがクルクルと点灯する。
かなりのお客様が待っている。

その赤ランプが点灯すると、ラウンダーと呼ばれるSV(スーパーバイザー) (リーダー的存在)の見回りが始まる。
オペレターが長く話をしてたり 、お客様との応対に苦慮している時に、助け舟を出す為と、作業中(応対履歴を入力)が長いと注意して早く次の電話を取れるようにサポートする。ように見せかけて、実は見張りをしている。

オペレター達は必死で対応に追われながらこなしていく。

午前10時頃には既に20分待ちになるのは、いつもの事である。

オペレターもお待たせしないようにマニュアルに沿って的確に応対し、その応対履歴を残し次の電話に出る。

私の席の隣には、いつも明るい、『高鳥 陽子』(タカトリヨウコ)さんがいる。

陽子さんは字のごとく太陽のように明るく優しい。
会社の中ても人気者だ。
さらに陽子さんの人柄か、陽子さんが対応されたお客様はとても陽子さんの案内に関心され又丁寧な対応に感謝される事が多い。
お年を召しておられる方が多いので、陽子さんのように親切丁寧な対応が好印象なのであろう。
だがしかし会社としては、的確な案内と効率かつスピーディーな対応を目指しているので、ある程度のマニュアルがあり、
簡単な問い合わせであれば、入力も合わせて5分で終わる。

しかし、陽子さんの対応は平均20分と長い
何をそんなに話しているのかと
SVの武田さんが横に着く。
そしてモニタリングする。
モリタリングの内容を文章化して
陽子さんに見せる。

陽子さん、親切丁寧は良いけど、ここの、『桜の花がきれいでしょうね〜』とか『お客様もお元気で、ご家族の皆様にも宜しくお伝え下さい。』なんてご挨拶は余計です。
他にも繰り返し説明してるから、無駄が多すぎます。
途中で笑い声もするし、そして何?!
『お客様が畑で作られたジャガイモを一度食べてみたいです〜』って!
世間話をしている訳では無いのよ。

と注意される。
陽子さんは、
すみません。
と、SVの武田さんに謝る。
しかし、性格なのだろう。なかなか直らない。
困っている人や、お年寄りにはとても親切で、相手の事を思い、ついつい長話になる。
ついには嫁姑問題までも相談されてしまう事もある。どこまでも人が良い。

但し、電話が込み合う日ばかりでは無い。
たまに、暇な時間帯もある。
そんな時はインカムを外して
ボタンを『待ち受け』にしたまま、少し隣の人と話しをしたりする。

ブルブルと自分の席の入電の音がする。
すぐにインカムをつけて電話の『受付』ボタンを押す。

「お待たせ致しました」

こうしてまた、問い合わせに対応する。

ある日、隣の陽子さんが何かクレームに対応しているようであった。
お客様の男性の怒鳴り声がインカムからもれて聞こえる。

「このやろー
おたくの製品どうなってんだ!!
金返せ!」

「申し訳ございません」

「さっきから申し訳ございません、申し訳ございません。と言っているが、気持ちが入っとらん!なんとかしろ、
私が買ったお金で給料もらってるんだろうが!!」

「はい!有難うございます!」

と陽子さんは明るく答える。
その言葉にお客様は拍子抜けしたのだろう。
お客様の笑い声が聞こえた。

それから陽子さんは、そのお客様のお困り事の相談を事細かく内容を聞いた上で、

お客様 それは大変お困りでございましたね。その件を、なんとか出来ないか、上の者と相談してまいりますので、このまま少しお待ちくださいませ。

そう言って、陽子さんは保留ボタンを押した。

陽子さんの対応が終わったと思ったのか、陽子さんの後ろの席のみどりさんが、先ほどからの話の続きを陽子さんに話しかけた。
陽子さんも
「あーそれそれ面白かったよね〜」
と言いつつ、みどりさんと陽子さんの話が盛り上がった。

私は入電が入ったのでお客様対応をした。
私の電話の内容は割と簡単な問い合わせだった。
対応記録を、入力した。次々に電話が架って来たので私は何人かの対応をした。やっとひと段落してふと見ると、
陽子さんはまだ、みどりさんと楽しそうに話をしていた。

何となく嫌な予感がして陽子さんの電話を見た。

「陽子さん!保留中よ!」

と私が言った。
慌てて陽子さんは保留ボタンを解除した。

「お客様、何のお話でしたか?」

とお客様に聞いた。
既に20分以上は保留していたと思うが、お客様は特に怒りもせず又お困り事の内容を繰り返した。

「はい、では上席に確認致しますので、もう少しお待ちください」

と、当然のようにそう言って、また保留ボタンを押した。
今度は本当にSVに確認しに行った。

しばらくして自席に戻った陽子さんは保留ボタンを解除して

「お待たせ致しました。
申し訳ございません。
上の者へ相談したのですが、あいにく、今回の件はどうすることも出来ないそうでございます」

と言った。
お客様は諦めて
淡々と終わった。

私と周りのオペレーター達はヒヤヒヤだった。
何故ならお客様は二度も散々待たされて結果何も解決出来なかった訳で、
よくこれで収まったものだと感心した。
これは陽子さんの人柄か?
仕事の量はこなせなくても機械的なマニュアルどおりの回答では無い、この暖かな、人間味のある陽子さんの対応は、電話の向こうのお客様へも伝わったのだろう。

しかし陽子さん!
対応中に保留してお客様の事を忘れるなんて、ありえませんわ。
本当に陽子さんだから許される笑い話です。

陽子さんは今日もいつものように
お客様と楽しくお話ししている。


終わり



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