人外系アイドル行進曲

エピソードの総文字数=3,543文字

「お買い上げありがとうございます」
 真夜がそう言ってサインが入った『モンスターガール』のCDを手渡すと、
「これからがんばってくださいね」
 おとなしそうな男性客に声をかけられた。
「はいっ」
 まだ彼は『Trick or Treat』ファンとは言い難いだろうが、ミニライブを見てくれた結果として生まれたであろう素朴な好意に触れると、自然と笑みが漏れた。いいな、と思う。本名の『神村真夜』で活動していた小学生の頃には体験できなかったことだ。

 七月に入り、『Trick or Treat』は週末のたびに営業活動を行っていた。関東各地で無料のミニライブを行い、その後でCDを手売りするというパターンである。今日は千葉のショッピングモールでのイベントだった。
「今日はこれまでの中で一番お客さん入ったんじゃないっすかね?」
 後部座席の流歌が楽しそうに言うが、
「でも買い物している人たちが足を止めてくれたくらいだろう。CD買ってくれたのは五〇人もいないわけで」
「ンモーまたそういうこと言うー」
 隣に座るフランに水を差されて、流歌は不満そうだった。
 撤収後、史郎の運転する車の中で雑談交じりの反省会と今後の作戦会議が始まる。これもお決まりのパターンとして定着しつつあった。
「今は人数の多い少ないとか、売上枚数だとか、数字にとらわれる必要は無いよ。種を蒔いている時期なんだから。とにかく場数を踏んで私たちが経験を積むこと、それで少しずつでも認知度を上げていくことが大事なんだから。そうですよね、マネージャー」
 助手席の真夜の言葉に、
「そうです。……神村さんに全部言われてしまいましたね」
 史郎が苦笑しながらうなずいた。
「それはわかってるんだけどな。人数が多かろうが少なかろうが、ベストを尽くすだけだし。……だけど、やはり沢山のお客さんの前でやりたいという気持ちはある」
「わかるっす! 最初がアレだったんで、お客さんが少ないことには耐性できたし、いちいちショックは受けませんけどね。それに慣れちゃダメなんすよね」
 今度はフランと流歌の意見が一致する。やっぱり仲が良いんだな、と真夜は微笑んだ。
「ライブハウスではできないんですか? 秋葉原なんかだとアイドル中心のライブハウスがあるみたいじゃないですか」
 真夜が史郎にたずねると、
「おー、ライブハウス! いいっすね!」
 流歌が元気に乗っかってきた。だが史郎は「うーん」と唸り、
「もちろんいずれはそういうところでライブできればいいと思っていますよ。しかし、まだ早い。ライブ自体でお金を取れる認知度はまだ『Trick or Treat』には無いでしょう」
「そうっすかぁ……」
 流歌のテンションがガタッと落ちる。車もちょうど赤信号で停車した。
「『3×3CROSS』みたいに専用の劇場でもあればなあ」
「無茶言わないでくださいよフランさん。彼女たちとは規模が違います、規模が」
 フランの口から『3×3CROSS』の名前が出たことで、真夜は来栖蛍のことを連想した。

 かつて『天使の学園』で共演した天才子役。真夜が『天使の学園』に起用された時はすでに大ブレイクしていた。彼女と共演することが決まった時、緊張したことをよく覚えている。
 ドラマの撮影中は、真夜が初めての演技に精一杯だったこともあり、特別仲良くなったわけではない。役の上では主人公と敵役なので、あまり親しくするのも変だという意識もあったのかもしれない。とはいえ、わからないことだらけの真夜に対して何かとアドバイスしてくれた記憶があるので、来栖蛍に対して真夜は好感を持っていた。美しいだけではない華があり、誰にでも好かれる。本当のスターというのはこういう子のことをいうのだ、と小学生ながらに感じたものだった。
 『天使の学園』放送後の騒動によって真夜は芸能界から引退したが、それから程なくして蛍もまた芸能界を去ったと聞いたときは驚いたものだ。
(蛍ちゃんは私みたいな弱い子とは違うと思っていた。どうしてだろう……?)
 疑問は感じたが、それを本人に直接問うほどの仲でもなかった。二人はドラマ放送後に直接顔を合わせないまま、四年が過ぎる。
 そして真夜が『Trick or Treat』としてデビューした同じ日に、来栖蛍の『3×3CROSS』加入である。真夜は再び蛍に驚かされることになった。
「同じ日にこんな大ニュースが飛び込んできちゃあ、そりゃ森山たちのことなんて大して話題にならないっすよねえ……」
 デビューイベントの翌日、流歌がそう言ってため息をついたのが忘れられない。まったくもってその通りだ。来栖蛍と『3×3CROSS』は雲の上の存在である。今の真夜たちが敵うわけがない。いや、どんなに努力したところで『3×3CROSS』と真っ向勝負で肩を並べるのは不可能だろう。『Trick or Treat』なりのやり方で、違う形のアイドルになるしかない。そうすれば、蛍と共演する日ももしかしたら来るかもしれない。その時は蛍とどんな話をしようか、今の私ならドラマのことも昔話として笑って話せるかな……と考え込んでしまう真夜だった。

 二日後、ダンスのレッスンを終えた三人はTシャツ姿のまま稽古場で一息ついていた。
「ルカちゃんとフランちゃんは明日から夏休みなんだっけ?」
「そうっすよー」
「真夜の学校は?」
「私は明日が終業式。だから明後日から夏休みだね」
 七月も下旬に入って学校が夏休みに入れば、平日の昼間からレッスンも可能であるし、イベントをスケジュールに組み込むことも可能だ。泊りがけで地方に行くこともできるし、実際その方向で史郎は予定を組んでいるという。
「けっこうしんどくなるかもしれませんけど、踏ん張りどころっすね」
 流歌はスポーツドリンクを口にした後、
「しかし、こう忙しいと友達と遊びに行けなくて辛いっすよねー」
 何気ない調子で真夜たちに話を振ってきた。
「私は路美くらいしか夏休みに遊ぶ友達いないし、その路美は演劇部で忙しそうだし、別に……」
 真夜は焦点の合わない目で言った。
「フランはそもそも学校に友人という存在がいない」
 フランは堂々と言った。
「……あっ。えー、えーっとっ! えーっとですねぇ!」
 二人の事情を察した流歌が慌て始めた時、史郎がドアを開けて稽古場に入ってきた。
「みなさん、お疲れ様です」
「マネージャーお疲れ様です! 早く、早く来てくださいっ」
 流歌が心底助けてほしそうに叫ぶ。史郎が不思議そうな顔をして近付いてきた。
「どうしたんすかマネージャー! ささ、何か連絡事項があるなら早くお話してください!」
「……? え、ええ。一週間後にある小さなイベントへの参加が急きょ決まりましたので、早くお伝えしようと思いまして」
「ほほう! どんなイベントなんでございますかっ?」
 慌てているせいか流歌の口調がおかしい。変に気を遣わなくていいのに、と真夜は思った。
「実は『Trick or Treat』の話を聞きつけた主催者の側からオファーを受けたんですよ。初めてのことです」
「えっ! やった、すごい!」
「マジっすか!」
「……嬉しいな」
 口々に喜ぶ三人を見ながら微笑むと、史郎は続けた。
「『Trick or Treat』がメインというわけでは無く、ある人物と共演してほしいというオファーなんですがね」
「対バンってヤツっすかっ!?」
「……まあ、そう表現することもできるかもしれません。これがその共演者の資料です」
 史郎が差し出した資料を流歌が受け取り、真夜とフランがそれを覗き込む。
「えーっと、『超鋼戦士スチールマン』……変わった名前のアイドルっすね。いや、バンドかな? メタル系かもしれないっすね、金属っぽい名前だけに! なーんちゃって。どれどれ、衣装は……へー、銀メッキのなかなかかっこいいデザインっすね、剣なんか持っちゃったりして……って、これ完全に特撮ヒーローじゃないっすかぁぁぁぁっっ!」
 ルカが叫んだ。
「ルカちゃんノリツッコミ上手だねえ」
「今はそこ褒めなくていいっす!」
「……しかもこれ、テレビで放送されている特撮ヒーローじゃなくて、いわゆるご当地ヒーローだな。『東京都鋼山市の平和を守るためにスチールマンは今日も戦うのだ!』って書いてある」
 史郎は感心したように、
「フランさん察しが良いですね。まさにそのスチールマンの戦う相手として『Trick or Treat』にオファーがあったんです」
「森山たち悪役ーっ!?」
 稽古場にまた流歌の叫び声が響いた。

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