第5話
文字数 2,131文字
殺戮の惑星における、愛とロマンスとYシャツと私
……それは宇宙船デンゴロス号が衛星探査任務を終えて火星基地であるベースキャンプの『ローサン』に帰還しようとしていた時のことである。現地時間の十五時〇八分。うっかりして操作を誤ったフィリップスは、隣の『ヘブンイレブン』に着陸してしまい、ベースキャンプを崩壊させ、さらにスタッフを三人ほど死なせてしまうという、ちょっとしたトラブルがあった。アダムス船長の「まあいいだろう、次からは気をつけろよ」との声に安堵の声が広がった。たかが三人の命と二六名の負傷者に加え、二千二百一万八千飛んで五十五ドルの損害だが、自分の負担になる訳ではないので気にしない。
それから間もなくのことだった。責任感の強いリーダーである筋肉質のアメリカ人、アダムス船長(57)を筆頭に、副船長でナイジェリア国籍でありハーバードを準首席で卒業したガブリエル(44)、フランスと南アフリカのハーフでモデル経験のある通信係のオードリー(26)と野性的でブラジル出身、何事にも動じない性格が特徴的なイザベル(31)、中国人で「私の国では……」が口癖のメカニックの金(キム 39)、プライドが高く、いつも無口でブランド品しか身に付けないロシア代表のベテランパイロットのヘコロバスキー(39)、そして裏口入学で医師免許を取得したメディカル担当のフィリップス(カナダ人 31 今作の主人公 ルックスはパッとしないが、コミュニケーンのスキルは長けていて、元来の女好きが災いし、地球に残した二番目の妻には、昨年の2月19日午後6時37分32秒に発覚した浮気のせいで、未だに頭が上がらない。
2人の子どもたちは、今年のクリス増すまでには帰還すると約束しているが、この調子では、帰れそうもなかった)の七名が、今回のミッションについてミーティングを行う。ミッションといっても、朝顔の観察結果や、地球のプロ野球の試合状況。それに食後のプリンの味だどうとか、火星にもコンビニを作りましょうといった、急を要する内容ばかりで、先ほど起こしたばかりの事故を検証する余裕など1ミリもない。
ミーティングが終わると、各メンバーはそれぞれのプライベートルームへと帰って、各自プレステやSWITCHなどでリラックスしていた。
十ドルで購入した黒のTシャツに、二つ上の兄からのおさがりである紺のジャージという普段着に着替えたフィリップスは、日本製のニトリのベッドでくつろいでいると、身長百七十三・二センチのオードリーが緑色のガウンを羽織り、ノックもしないで部屋へと入って来た。オードリーはおもむろにガウンを脱いで、セクシーなライトブラウンの下着姿になるとフィリップスのいるベッドに入り込み、七色に点滅する間接照明をリモコンで消した。
一時間と六分二十二秒ほどまどろみ、汗ばむ体を四十一度のシャワーで軽く流したオードリーは、部屋から消えた。おそらく自分の部屋に戻ったに違いない。いや、本当にそうだろうか? もしかしたら他のメンバーの部屋を訪れているかもしれないし、飼い猫のエメラのために、キッチンで餌を調達しているかもしれない。考えたくはないが、オードリーの正体はスパイで、フィリップスにハニートラップを仕掛けている可能性だって否定できない。
それとも、実は元男性で……。
彼の妄想は止まらなかった。
数分後に現実の世界に舞い戻ったフィリップスは、地球のカナダのトロントに残してきた三人の家族たちと束の間の交信を楽しんでいた。地球を離れてから、もう三年と二か月と二日と十八時間五十九秒が経ち、子供たちの口調もすっかりと大人びていた。
来月で六歳四か月になる長男は最近大麻を始めたという。正義感が強いわりに、万引きを目撃しても知らんぷりを決め込むフィリップは、大麻は体に悪いからヘロインにしなさいと注意を促した。我ながら良い父親であると悦に浸っていると、その時(正確に言えば、火星時間で二十二時〇七分〇三秒)、41Hzであろうと思われるイザベルの叫び声が聞こえた。
嫌な予感がしたフィリップスは、二・五秒で通信を切り、ブルーのパジャマのまま部屋から十二メートル五十七センチ先の談話室へと向かう。
そこで見たのは蒼ざめた顔のイザベルと、レースの付いた枕を持ったガブリエル。そして調理係で日本人のヤマモトだった。ヤマモトは一般的なエコノミックアニマルのイメージからは真逆と言って良いほどのガサツな男で、つまらないジョークでフィリップスたちをいつも困惑させている。
彼らは驚愕の目で床に敷いてあるカーペットの上に転がる物体を見下ろしていた。そこにはうつ伏せに倒れた素っ裸のオードリーが、赤い血を流して倒れていた。眼にはもう光が失われており、背中には刃渡り十五センチのチタン製のレーザーナイフ(ベルギー産)が突き刺さっていて、既に息絶えていることは一目瞭然であった。
《≪イザベルの悲鳴を聞きつけたのか、全裸のアダムスとヘコロバスキー(彼らは同性愛者である)、そしてアニメ『ときめきセインツ』の大凱門エルダのフィギュアを手にした金(キム)が駆け付けてきた。体温が三・四度ほど上昇したフィリップスは……
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