視点3

文字数 1,343文字

『岡本正という男が逮捕された。』
 南崎さんは髪の長い人と対峙したとき、違和感をもったらしい。
『遺体は交通事故の損傷で事件性はないと判断されたことにより、司法解剖が行われず処置がすすめられた。そもそも視力が弱いことを身内の人間が把握していなかったということだ。』
 その文面が送られてきた時点で、僕は南崎さんに電話をかけた。
「はい、南崎です」
「南崎さんは岡本正のことを前から怪しいと思っていたんですか」
 電話に出た瞬間に発した僕の問いに面食らったような間があったが、その後すぐ南崎の声が聞こえてきた。
「岡本は、元は柚賀咲澪の夫だった。だが、戸籍がなくてそれまで明確じゃなかった」
「つまり、どこかで紛失する機会があったということになりますよね。紛失したとしても、さすがに何か手続きするときに気づくと思いますけど」
 南崎さんは肯定した。
「柚賀咲澪は再婚する際も普通に婚姻届を提出しているし、それは受理されている。それに、そこまでの過程で戸籍関連の書類が必要になる場面はいくらでもある」
「僕も進学で戸籍謄本を提出することになっているし……となると、柚賀咲澪さんが役所で手続きを最後にして以降に紛失したことになりますか」
「役所の火災は柚賀咲澪が再婚した数年後に発生している。だが、火災で焼失した戸籍は通常なら別で保管されている所からデータを持ってきて復元されるはずだが、柚賀咲澪の戸籍は復元されていなかった」
「えっ」
 南崎さんも口を閉ざしたようだった。僕が言葉を続けるのを待っている。
「誰かが意図的に柚賀咲澪さんの戸籍を復元させないようにしたか……そもそも柚賀咲澪さんの戸籍はそこに登録されていなかった?」
「戸籍は別の市に存在していたが、それが火災と近しい頃に紛失していたことも分かった」
「火災をカモフラージュ代わりにしたということですか」
「それで、実際は柚賀咲澪の戸籍のある役所に侵入して戸籍を紛失させた。岡本は当時法務局に勤めていたみたいだ。戸籍の管理を行っている組織だ」
「そのバックアップも消したうえで、役所の戸籍も紛失させた可能性はありませんか」
「ある。そして実際にそうだった」
 柚賀咲澪が過去の火災にかかわっていると考える一方で、それこそ役所関係の人間がかかわっている可能性も捨てきれなかった。そう南崎さんは言った。
「安直に、外部の人間が戸籍を紛失させられるとは考えられなかった」
「じゃあ、柚賀咲澪さんがみたっていう火車は、偶然だったってことですか」
「それはわからない」
 沈黙する。分からないことばかりで、僕が調べたつもりでいたことなど、序の口にも過ぎないのだ。
「あと、遺留品なんだけど、画像を送るね」
 通知音が鳴ったので、通話を繋いだまま画像を開いた。
 青い装飾の施されたピアスだった。だが、少し赤黒いものが点々と付着しているように見える。
「これは、血ですか」
「柚賀咲澪の血も勿論含まれているけど、例の溺死事件の被害者のDNAも検出された。柚賀咲澪周辺の人は、これを身に着けているところを見たことはないと言っていたから、おそらく姉妹のものだろうけど」
「なんで持っていたんですかね」
「今後の取り調べで分かってくるといいんだけど」
 落ち着いたらまた連絡するよ、と告げられた後に電話が切れた。
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