第3章 第4節 「医局の正体」

文字数 18,652文字

 平成19(2007)年12月25日──。
 夕方、上司の部屋を回ってから総合医局に戻ってくると、サンタクロースがいた。
「メリークリスマス、葦原先生」
「お前は今、どこをローテートしてるんだ」
「地域保健です」
「なんだそりゃ」
「こっちのセリフです」
 2年目研修医たちは「地域保健」というカリキュラムで院外に出て、保健所や地域の一般病院で研修しているらしいのだが、その研修内容を葦原はよく知らなかった。もしかしたら、当該カリキュラム研修中の久斯もそうなのかもしれない。
「この格好に関して言えば、小児科の催し物に呼ばれたんです──それじゃ」
 そう言って久斯は(せわ)しなく消えていった。すれ違いで入ってきた伊野が怪訝そうにした。伊野はPHSで呼びだしていた。
「あれか? 久斯だよ。クリスマスプレゼントをくれていったみたいだぞ」
「なんのことですか」
 葦原は先ほど、大和部長から例の結核曝露者の感染検査の結果を知らされた。
「大丈夫だってさ、みんな」
 幸い、結核感染の懸念のあった曝露者は伊野や手術部スタッフを含め、みな検査陰性であった。患者自身も経過良好とのことだ。藤堂先生のところにもその報告にあがったが、ようやくその段になって、今年の市民病院からの七大外科入局者確保についてもねぎらわれた。
「お騒がせしました」
 伊野の口調はぶっきらぼうだったが、ホッとしたようなのは伝わってきた。
「お互い気をつけよう。結核ってやつは外科も内科もベテランも研修医もないからな」
「はい」
「それから──どうだ、再発防止策は考えついたか」
 答えではない、答え方を求めている。
「いえ、わかりません。総裁のように事前に問診で見抜けるかどうかも検討しましたが、やっぱり無理だと思います。今後はその可能性を気にするようにはしますが、結局は、周りに迷惑や心配をかけてしまったら、ごめんなさいってするしかないと思います」
「それでいいんじゃないか。そういう万が一の経験をしている医者が若手に口うるさく言うことで、経験とリスク意識が継承されていくんだから」
 よい答えだと思った。30年に一度あるかどうかの稀な事例に対して、口先だけの感染対策を述べてもしょうがない。別に今回の事例で、伊野の対応が間違っていたとも思わない。部外者から批判されでもしたらいくらでも突っぱねてやっただろうし、実際、批判されることはなかった。ただ、これは部内の問題だ。当事者として責任を追求され、反省が求められるのは七刄会外科医として当然だ。
「そうそう、明後日のPD、執刀の準備をしておけよ。この2ヶ月間、遊んでいたわけじゃないだろ」
 先ほど押切先生のところにも赴き、執刀解禁となった伊野に、今年最後のPDをやらせることにしてもらった。
「……はい」
 安心したら、のどが渇いた。この間、外科では飲酒を伴う会合を自粛していた(昨日、自宅でやったクリスマスパーティでも酒は控えていた)。忘年会シーズンに殺生なことであったが、それも解禁だ。大和先生に報告に上がった際には小遣いまでいただいていた。ちなみに総裁に大学院で指導を受けた大和先生は、総裁の結核性虫垂炎の症例については、「うーん、聞いたことあったかなあ」とのことであった。こういうものは、忘れた頃にやってくるということだろうか。
「伊野、ちょっと付き合え」
 葦原は強引に伊野を誘った。外科は上司の命令には逆らえないのだ。
 おでん屋『だし政宗』──。
「お前、なんでいるんだよ」
 命令していないのに、久斯が伊野の隣に座っている。サンタの格好はしていない。
「伊野先生がやらかしたって聞いて僕も心配してたんです。今日は慰労会なんでしょ」
「ブンイチ、てめえ」
 伊野はそう言って久斯をメニュー表で叩いた。酒が届いて、久斯が「メリークリスマス!」と乾杯の音頭を取った。何杯目かを干したあと、葦原は訊いてみた。
「栄祝ってそんなにできるのか?」
 栄祝は伊野らと同じ学年のSキャリアで留学中だ。伊野はそいつに囚われている。
「……あいつなら、もうそろそろ帰ってきますよ」
「俺はもう一緒にならないからな」
「あっ……」
 葦原の今後の勤務先は大学から離れる一方で、大学内で出世していくSキャリアと関わることはもうない。
「いや、石巻センターにはバイトで来るんだっけか」
 Sキャリアは大学勤務の傍ら、学外関連病院でバイトをしていることを思い出した。栄祝の力量を見る機会はありそうだ。葦原が大学に居た頃には栄祝とも一緒の手術に入ったが、伊野たちと差がついていたとは思えない。となれば、研究の分だけ差がついたというわけだ。
「……ちゃんとした医者ですよ、あいつは。研究で死ぬほど大変だったはずなのに、手術も学生指導も、やることはちゃんとやっていた……学生時代からすごかった。パーフェクト、超人ですよ」
 伊野はPDトライアルでは躓いたにせよ、医長トリオの中で言えば、手術を含めて一番仕事ができる。その伊野に「超人」と言わしめるというのはよほどだが、そういう人間がSキャリアになる。専門班は違ったが、同期の祢津もそうだった。Sキャリアの必須条件の研究業績は外科医としての仕事を全うしながら稼げるようでなくてはならない。体力面、それを支える精神面、いずれも超人的であるのは確かだ。診療・教育・研究を担う医学部講座教授(フルプロフェッサー)になっていくのだからそれも当然だ。たぶん、栄祝は論文を夜なべして書いていても翌日遅刻はしないのだろう。
「そういう働き方が天職のやつがいるんだよ。祢津もそうだし、栄祝もそうなんだろう」
「天職……」
「ああ。伊野は手術、巧いんだから、栄祝が担うことは栄祝に任せて、自分の道に専念しろよ」
「自分の道って……手術、臨床で頑張ってもAキャリアじゃ、割に合わないっすよ」
「Aキャリアになれなかった俺の前で言うんじゃないよ」
「伊野先生は女王アリになりたかったんですね」
 飲み食いに専念していた久斯が、口を挟んできた。教授のことを女王アリ呼ばわりするなとたしなめたはずだが、それとは別にドキッとすることを言うやつだなと思った。伊野は気にしたようでもなく、答えた。
「当たり前だろ。一番を狙うべきだろ。苦労して受験勉強して帝大に入って、苦労するとわかって大学に入局したんだ、教授にならなくてどうする? 兵隊アリ、働きアリで終わるなら地元の地方医大で十分だ。葦原先生、違いますか?」
 伊野は埼玉県出身だった──それよりも、教授になりたいということをこうも明け透けに語るのに葦原は面食らった。
「俺に言うなよ。俺は地元の医学部が七大だから入っただけだし、外科は入局するもんだから七大に入局しただけだ。そんなに大げさなものじゃないさ」
 僕は東大でした、と混ぜっ返す久斯をメニュー表で叩いた。
「楡井先生づてで聞くんですが、祢津先生がよく言うようですよ、葦原先生がS研究班に入っていたら、間違いなくSキャリアだったって」
「そういうことを本人のいないところで言えるようなやつが、偉くなるんだよ」
「葦原先生はどうしてS研究班に入らなかったんですか。そうしていたらSキャリアになって、来春には講座准教授です。タイミング的には七刄会総裁すら望めたはずですよ」
「あの学年のS研究班は血管班だったからな。俺は真田先生と同じ中部班を選んだだけだ。それに、俺は祢津みたいに研究はやれない。俺は研究室より手術室だ」
「じゃ、葦原先生は教授になれるプラチナチケットをみすみす逃したんですね」
 久斯が、お手上げというジェスチャーをして、言った。
「俺はだから、偉くなることなんか考えてないの」
「葦原先生、けっこう考えなしだからなあ。今ごろになって、もったいないことをしたと思ってるんじゃないんですか」
「うるさい、久斯は。食ってろよ」
 葦原はもう一度、メニュー表で久斯を叩いて、伊野に言った。
「伊野もうだうだしていると、今度はAキャリアも逃すぞ。狩野は巧いし、長野もあれでしたたかだ。Aキャリアなら診療准教授、講座講師格だ。そこまで昇れば、いざとなれば大学教授選考に立候補はできる。蔵王名誉教授はそうだったろ。手術が巧けりゃ、外科医にはチャンスは来る。お前はまだ、これからだよ」
 七刄会外科学教室2講座時代には、今でいうSキャリアの金華先生とAキャリアの蔵王先生という同期生の医学部教授が誕生した。蔵王先生は「神の手」と言われるほどの手術名人だった。Aキャリアなら、そういう前例があるのだ。
「それこそですよ。じゃあ、葦原先生がどうして学外転落なんですか?」
「どれこそだよ。牛尾が医伯監会議で選ばれたからだよ。今や、LPDの第一人者だ。来年大学に戻ったら、牛尾が最高執刀責任者(COO)なんだから、ちゃんと言うこと聞くんだぞ」
「PDは腹腔鏡(ラパロ)じゃなくて開腹で十分ですよ。葦原先生たちのPDはこれ以上ない低侵襲で、なにより確実だ。それこそが七大外科学の本流だ。不人気の私大医学部でもあるまいし、ストレートの球速で勝てないからって変化球に賭けるような真似はしなくていいじゃないですか」
 そのことはSSSSですでに牛尾とやりあった。最終的にストライクが取れるならどっちでもよい。キャッチャーが後逸するような豪速球のほうがありがた迷惑なのだ。
「開腹のPDは押切先生が極めつつある以上、このへんで新しいことを始めるってのは必然だったんじゃないか。現に、選ばれた牛尾は成功した。偉い人は、よく見てるよ」
「それでもLPDなんて時期尚早すぎますよ。まるで、葦原先生に勝てない牛尾先生を大学に残すために、下駄を履かせたようなもんじゃないですか」
 伊野の言葉に葦原は息が止まった。
「そもそも、いつからラパロは牛尾先生の専売特許になったんですか。どっちの腹腔鏡手術にも入ったことありますからわかりますけど、LPDをやるにしても、牛尾先生より葦原先生のほうが巧くできるはずですよ。牛尾先生を残そうとしたのでなければ、無理やり葦原先生をAキャリアから剥がしたとしか思えない」
 それを言ってくれるな──それが本当なら、俺はどうして学外転落したんだ。
「伊野のお世辞が本当なら誰も得しないだろ」
「物分りのいいこと言っていても、本心では納得してないでしょう? いいんですか、葦原先生、このままずっと学外で転々として、段々とやれるオペもしょぼいのになっていくのに」
 葦原はのどが渇いて一杯あおったが、もっと渇いた。咳払いをして、言った。
「七刄会外科医は一所懸命。俺のことはいいんだよ。伊野、お前はSキャリアにはなれなかったが、教授になれなかったわけじゃない。お前のキャリアはこれからだ。教授になりたいんなら、自分が新たな前例になればいい。七刄会外科医なら、一度や二度破れたくらいの運命(キャリア)も、自分で再建してみせろ」
 うまく取り繕えたかと思った矢先、久斯が腕組みをしながら言った。
「ふーん、他人(ヒト)にならそんなことが言えるんですね、葦原先生」
 葦原は久斯の口におしぼりを押し込んだ。


 12月27日──。
 膵頭十二指腸切除術──伊野執刀、押切第一助手、葦原第二助手──は予想以上にスムーズに終わった。これが約2ヶ月ぶりの執刀だとは思えないほどの落ち着きぶりであった。術後に押切先生が褒めたように、初執刀としては医長トリオの中で最もよかった。ふてくされはしても、遊んでいるようなやつではないことはわかっていたが、そうと見越して、あのときの伊野に手術謹慎の沙汰を下した藤堂先生らの判断には、頭が下がる。
 葦原は自宅に帰る途中、七大外科医局に立ち寄った──真田先生からお呼ばれしていたのだ。
「伊野は大丈夫そうか」
 医局宛に届いたお歳暮のビールをごちそうになりながら、葦原は答えた。
「ええ、ご心配をおかけしました。それより、真田先生、この度は、総裁の医学部長選出、まことにおめでとうございます」
 第七代七刄会総裁外神悠也先生が次期七州大学大学院医学系研究科長・医学部長に選出された件はすでに医局内外に轟いていた。市民病院でも他科の医者にお祝いの言葉をいただくこと、ひっきりなしだった。
「ん──ここからが、正念場だ」
 そこまで来るだけでも医局長として一方ならぬ貢献があったはずだが、真田先生はなお兜の緒は締めたままのようだった。先々代総裁は医学部長から総長になれなかったのだ。
「例の後期研修プランも、うまくいった一つの要因だぞ」
「えっ、本当ですか? 俺は後から、例の後期研修プランが総裁のお邪魔になるのでは気づいて、心配だったんですが……」
 葦原の考えた七刄会後期研修プランだと、大学ではなく学外で後期研修をする若手医師の分、外科の大学院生が減ることになる。大学院医学系研究科長としては看過しえないだろう。真田先生が総裁に上奏するとなれば、その辺りは考慮されているものと思ってはいたが……。
「総裁は是々非々でご判断されたようだ。SSSS(フォーエス)で宣言したとおり、外科医を増やすためにまず、外科(うち)のエゴイズムを自ら放棄したわけだ。実際、医学部長選考会議の様子を漏れ聞く限りでは、その内容を盛り込んだ我が身を切る覚悟の所信表明は、臨床系講座だけでなく、基礎系講座からも広く支持を集めたようだ」
「そうでしたか……でも、3年ってやっぱり長いですかね?」
 葦原の後期研修案では3年間の修練で外科専門医を目指す。やるならやるで、それなりにキリのよいところまで後期研修をさせないと意味がないと考えてのことだが、その分、大学院側には長い空白を強いることになる。
「それについても総裁はご納得済みだ。総裁は、現行の制度による外科専門医はすべての外科系医師が持っているべきスタンダードなスキルであり、それを身に着けてこそ、その後の外科系スペシャリティが活きるとのお考えだ」
「さすが、総裁ですね」
「総裁はいずれ、日本外科医学会理事長、つまり名実ともに我が国の外科のトップになられるお方だからな、当然だ」
 相変わらず、スケールがデカすぎる。AキャリアだのBキャリアだの目くそ鼻くそだ──今にして思えば、歴代の七刄会総裁の圧倒的な偉さの下で働いてきたからこそ、葦原はこれまで自分の出世に頓着せずにいられたのだ。
「さすが総裁といえば、真田先生、総裁の昔の話なんですが──」
 葦原は例の結核性虫垂炎の件を訊いてみた。執刀前にそうであると見抜くための秘訣があるのかどうか、真田先生なら知っているのではないか。
「伊野の件を聞いたときに俺も思い出したよ。話の出どころは、平田先生か?」
「はい。真田先生も、そうですね、平田先生はご存知ですよね」
「ああ。俺の実地修練や学外出向の頃にいろいろ世話になったからな」
「すみません、俺は、総裁の論文なのに読んでなくて」
 真田先生は、苦笑いして、言った。
「あれは確か、実地修練時代に同期で執刀一番乗りをしたかった総裁が、平田先生に割り当てられた虫垂炎患者を横取りするためにやったことらしいぞ」
「へ?」
「実際に結核性虫垂炎だったわけで、単なるハッタリで終わらなかったってのが、すごいところだよ。偉くなる人ってのはチャンスを引き寄せるんだよな。でもまあ、この話は、平田先生には内緒で頼む」
「ははは……」
 まさか、ハッタリだったとは──(まこと)になったとはいえ、平田先生にはもちろん、伊野にも言えない話だなと思った。でも、納得はできた。無理なものは無理なのだ。
「これ、読んでみろ」
 真田先生が書類を差し出した。「極秘」と印字されている。どうやら、七州大学大学院医学系研究科長選考候補者資料の一部のようだ。葦原は表題を読み上げた。
「えーと、七州大学外科系教室合同若手外科医育成プロジェクト『七大グランドサージャリー(SHICHIDAI GRAND SURGERY)』……ですか?」
「葦原の考えた後期研修プランだよ──この名称は総裁直々に名付けられた」
 鳥肌が立った。
「それは光栄です。いやあ、かっこいい名前ですね──あれ、外科系教室合同ってことは、他の科も後期研修後の受け入れ、OKというわけですか?」
「賛成だよ。腎泌尿器外科(ウロ)呼吸器外科(コゲ)心臓外科(シンゲ)小児外科(ショゲ)は大賛成。整形も形成も問題なし。脳外や耳鼻科が乗り気だったのは嬉しい誤算だが、そりゃそうだろ。使えない若手時代を外科(うち)で育てて、その後は他科にくれてやるって言ってるようなものだ。ほとんどの診療科は自分たちの分が減るとは思っていないんだろう」
「気前よすぎですかね、やっぱり」
「ぜんぜん。七州のメスはすべて七刄会より発する、だろ。うちは昔からそうしてきた」
 七刄会に脈々と受け継がれる、この言葉にいつも勇気づけられる。
「そして、七大グランドサージャリーの事務局はここだ」
「となると、真田先生ももっともっと忙しくなりますね」
 七刄会が提供する若手医師向けの後期研修プランでは、入局しない若手医師の面倒を七刄会が見ることになる。指導側・研修側相互に入局という仁義が切れていない分、なにかトラブルがあるたびに事務局側に双方からのクレームが寄せられて大変だろう。
「なにを他人事(ヒトゴト)のように──七大グランドサージャリーの事務局長はお前だよ。お前が言い出しっぺなんだから、自分でやれ」
「えーっ……」
 葦原も歯車の一つとして全力をつくすつもりだったが、まさか、事務局長とは──。
「もっと偉い方を据えたほうが……」
「グランドサージャリーの責任者には総裁になっていただくさ。もちろん、俺もバックアップする」
「あ、はい」
 次期七大医学部長かつ現日本消化器外科医学会理事長たる七刄会総裁の看板のもとで、自分は事務方に徹してよいのであれば断る道理もない。
「それと、発案者としてのメッセージみたいなのを来年度の年次会報に寄稿してくれ」
「えっ、年次会報って医伯監以上しか出せないでしょう」
 年次会報への寄稿は、留学だよりや研究班報告を出すSキャリアでもなければ、Aキャリア医伯監、つまり各専門班の最上級スタッフ経験者か、定年(永年勤続)医伯監くらいしかできなかったはずだ。
「そんなことはない。書きたい人間が多くて結果的に序列の順になっているだけだ。年内に頼む」
「そうだったんですね、わかりました」
 葦原が新しいビールに口をつけると、真田先生が言った。
「それで本題だ──葦原に頼みがあってな」
「はあ、なんでしょう」
 七大グランドサージャリーの話をさておいての「本題」とは──葦原は缶に口をつけたまま聞いた。
「次の医局長を葦原に頼みたいんだ」
「?……!」
 口に含んだビールを飲み込むタイミングがずれて、空気の塊と一緒に飲み込んでしまい、ノドが悲鳴を上げた。
「総裁の許可も得ている」
 ノドの痛みに気を取られていたせいか、かえって葦原は真田先生が言っていたことが理解できた。
「いやいや、これから総裁が本学総長を目指すという大切な時期にそんな……」
「もちろん、そこまでは俺がやる。その後だ。総裁が総長になって医学部を離れたら、次の医局長が必要だ」
 七州大学総長は全学的な立場だから、出身学部から切り離される。その講座でも教授の代替わりが行われる。だからといって、真田先生が医局長を辞める理由にはならない……。
「あっ! 特命、特任ときてついに、真田先生が次の本学教授ってことですか?」
「それはない。俺には別の仕事がある」
「でも、医局長は教授が指名するものですよね。後継教授も決まってないのに……」
「次の教授が誰にせよ、その点は、うまくいく見込みだ」
「……まさか、次がもう決まってるんですか? じゃあ……吉良先生?」
 吉良先生がそろそろ教授選に出る──そう言われてもう2年だが、去就は聞こえていなかった。まさか、このことを言っていたのか。
「吉良先生? 吉良先生は

に決まったよ──」
 その教授就任先に葦原は絶句した。シラフだったら呼吸すら止まっていたかもしれない。だが、酔いのおかげか、葦原は反応できた。
「そんなことあるんですねえ……」
 吉良先生が射止めた教授ポストははっきり言って七大より格上だった。これまで七大から他大学に多数の教授を送り込んではきたが、

に教授を輩出するのは初めての快挙ではないか。もちろん、吉良先生なら人物・学識・業績のいずれも文句なしだ。研究指導教官として自分がお世話になった方の大出世に興奮が収まらないが、本題は七大外科の後継教授がどうなるかだ。葦原はまだ他の大学医学部に嫁いでいない各学年のSキャリアの名前を浮かべて、言った。
「となると、他のSキャリアの先生方ですかね。うーん、鷹羽先生がいれば大本命でしょうけど」
「鷹羽は来春から医科研教授だ。吉良先生の後任だよ」
「えっ! 鷹羽先生、戻られるんですか」
 吉良先生の件くらいに驚かされた。鷹羽先生が戻られる──。
「ああ。もう、いろいろと大丈夫だそうだ」
「本当に……そうでしたか」
 鷹羽先生は(ゆえ)あって医局を離れた。言わば、教授コースから脱落してしまった。ただ、在学中は完全無欠のSSS(トリプルエス)キャリアとして教授後継の最有力候補だった。その鷹羽先生が還って来る──医科研教授でアカデミックキャリアのリハビリができれば、いずれは……葦原は痛むほどの胸の高鳴りを覚えていた。
「じゃあ、鷹羽先生が、ゆくゆくは後任に?」
「それは未定さ。国立大学の教授選考は公募制だから」
「えー。だって、うまくいく見込みって、さっきおっしゃったじゃないですか」
 後継教授が吉良先生でも真田先生でも鷹羽先生でもないというのに、葦原への医局長指名がまかり通るのに納得できなかった。ただ、はぐらかされているだけではないか。
「ああ。数年後、外科病態学講座外科学分野は再編される」
「げっ」
 再編──その言葉に七刄会外科医はみな敏感だ。先々代総裁の頃、「再編」の名のもとに、七刄会外科は腹部腫瘍外科学講座(いまの上部・中部・下部専門班)と腹部総合外科学講座(いまの移植・血管・腺系専門班)に分かれたからだ。結果、七刄会全体の威力も二分されたかのように、当時の七刄会総裁は本学総長の座を逃した。「分刄の呪い」とさえ言われていることから、当代総裁の元で2講座が合流して以後、大外科七刄会が割れるなど、考えることすら忌避された。
「また……教室が2つに分かれるんですか?」
「4つくらいじゃないか」
「げげっ」
「中部と移植の一部で肝胆膵移植外科、上部と下部と移植の残りで消化管外科、それと、血管外科に、乳腺内分泌外科、だろうな」
 そういう細やかな区分で外科学教室が運営されている大学はいくらでもあるが、我らが大外科七刄会が4つにまで分割されたら、言い方は悪いが、それはもうマイナー診療科ではないか。
「それは総裁のお考えなのですか」
「いや、これは総裁の予測だな。実際、うちくらいでかい外科の医局はもう珍しい。K大くらいなものだ」
 私立医学部の雄・K大医学部の外科学教室も大外科で、脳神経外科まで包括されている。
「俺は反対です。それじゃ、外科医として物足りないですよ。うちらは内部七専はありつつ、大学院生は研究班、専門班、大学病院、学外病院とか関係なく、好きにあれこれのオペに入れて、あれでだいぶ外科医としての足腰が鍛えられるんですよ。それで一通りやれるようになってくれるから、大学院卒後に専門に進むもの、実地に出るものと分かれてもやっていけるんです。我々の基本は「外科」じゃないですか。我々こそが、スタンダード・オブ・サージャリーじゃないですか。頭にあれこれつかない外科だから、切らずに死なすの罪を犯さずに済むのに。胃しか切れない、静脈瘤しか切れない、甲状腺しか切れないんじゃあ、都会の外科医だ」
 白神総診ではないが、七刄会外科は真の意味で総合的な外科診療を行ってきた。医学医療の進歩が専門分化を促進させていっても、七刄会は変わらずに患者の躰一つに向き合ってきたのだ。それが、外科本体がこれ以上、細分化されてしまったら、七大グランドサージャリーだって砂上の楼閣だ──そう思いかけたとき、真田先生は言った。
「医局はそのままだ」
 その言葉に、葦原は脱力するような安心感を得た。
「……なるほど。それで、講座が分かれて誰が教授になってもうまくいく、わけですね」
「ああ。複数講座1医局になるように総裁が取り計らってくれる」
 七刄会外科が2講座に分かれていたときも医局は1つだった。それだけで内部での人員の交流や勉強も滞りなくやれていた。医局という、大学の中に公的な裏付けを持たない組織だからこそ、できた芸当とも言える。
「七大グランドサージャリーと似ていると思うがな」
「はい、そう思いました」
 七大グランドサージャリーでは、若手医師は入局することなく七刄会関連病院で実地診療を通じて外科のスキルを磨き、その後の進路は自由だ。そして、仮に七大外科が今より細分化されて複数講座(分野)になっても、共通の医局があれば外科医はそこで幅広く診療・研修しつつ、その先のサブスペシャリティ領域の進路としてそれらの講座を選んでいけばよいのだ。これはもう、「七大グランドビューロー(SHICHIDAI GRAND BUREAU)」だ。
「というわけで、葦原に、複数講座時代の外科統括医局、その医局長を頼みたいんだ」
 納得しかけて、葦原は我に返った。
「いやいや、複数の講座教授相手の大役、それこそ真田先生じゃないと無理ですよ」
 教室2講座時代の医局長は2教授と同期の用瀬先生だったからこそ諸事万端うまくいったと言われている。仮に4講座になったら、それぞれの考えで教室を運営したいだろう。4国4城の大名の間を飛び交う大老なんて、考えるだけで目が回りそうだ。
「言ったろ、俺には別の仕事がある。そして俺にはそっちのほうがでかい仕事だ」
 総裁が本学総長になったら、真田先生も更に忙しくなるだろうが、しかし──。
「どうして俺なんですか?」
「葦原が医局長に最適だからだよ」
「いやいや、なんでですか」
「みんな、葦原の話ならちゃんと聞くからだよ」
「いやいや、ですから、なんでですか。俺みたいに学外転落したやつのことを聞くわけないじゃないですか」
 真田先生に睨まれたので、転落と言ったことは丁重に謝ったが、それでも七刄会医局長は学外転落医局員には大任すぎる。
「医局の人事は医伯監会議で決まったことだ。これは、医局の人事ではない」
「そうでしょうけど……なんか、気まずいです」
 七大外科医局長は名実ともに七刄会ナンバー2だ。医伯監会議ですでに定まった医局の序列を医局長抜擢人事で飛び越えてしまうことになる。医局員の不審を買うことになりはしないか。それに、真田先生とは長い付き合いではあるが、医局長というポストをそういう間柄で譲り合ってよいものでもないだろう。いや、それだと、そもそも自分に医局長の資質があるようではないか。そうではないことをこの3年間、充分すぎるほど実感させられてきた。
「俺は不向きですよ。学外に出て、つくづく、俺は脳天気に手術しかやってこなかった人間だってわかりました。つい先日の伊野の件も、平田先生に助けてもらって解決できたくらいです。俺には荷が重いです」
「人に助けてもらえるような日頃の行いのいいやつが医局長をやるといい。診療、教育、研究……大学の仕事は多岐にわたるが、教室のアカデミックな行く末は何人かの教授が話し合って決めればいいさ。医局員の外科医としての根っこの部分はお前が育てて守ってやればいい。お前ならできるし、お前にしかできない。そうと見込んでの頼みだ」
「いやー、しかし……」
 誰か他の医局員の名前を候補に挙げて、その大役をなすりつけてやろうと思ったが、誰の名前も浮かばなかった。別に自分以外にいないと言っているのではなく、真田先生が葦原にとってのザ・医局長であり、それ以外は考えられないのだ。
「なにより、お前ほど、七刄会(うち)の医局が好きなやつはいない」
 体内のアルコールがそこから一気に蒸散したかのように顔が火照った。
「もう、やめてくださいよ、それ!」
 真田先生はそれで笑ったきり、この場での返事を求めてくることはなかった。葦原が心を落ち着けて、次のビールを取りに行こうとすると、真田先生は「とっておきだ」と言って、高そうな日本酒を持ち出してきた。葦原は(どこに隠してあるかもわかっている)お猪口を2つ出して、注いでもらった。一口飲んで、その旨さに驚いた。缶ビールとは違う、躰があたたまるような酔いが巡っていくのに身を任せた。
 葦原は改めて思った──医局という実態すら怪しい組織が医者の根幹を担っている。講座や診療科とは違うし「教室」とも同義ではない。なんと不思議な組織なのだろう。所属する医者の育成と配置という医局の役割は各講座で共通しているだろうが、その位置づけや意味合いは千差万別だ。七刄会(うち)は本当にこの「医局」というものの存在感が強い。それで、思いだした──うるさくて生意気なアラサー研修医に訊かれていたのだ。
「真田先生、医局ってなんですかね?」
 葦原はその意味を尋ねた。真田先生は、お猪口をテーブルに置いて、言った。
「医局というのは、教授の物語だよ」
「教授の物語……」
 この酒よりもすんなりと染み込んでいった。それ以上ない(こた)えだった。医局の役割や機能がどうこうと騒ぐ、医局無所属のアラサー研修医に理解するのは難しいかもしれないけれど。
「俺が訊かれたらそう答えるかな。お前にとっての医局は、医局長になってお前が決めればいい」
「……医局長になるって決めてませんからね」
「ま、前向きに考えておいてくれ」
 そうだ、と言って、真田先生が机の方に戻って、1枚の用紙を持ってきた。
「それって……」
 例の「匿名の辞表」だ。テーブルの上で、差出人不明のその辞表が勝手に折り畳まれようとするのを、真田先生はお猪口を文鎮代わりにして抑えて、万年筆を取り出してなにか書きはじめた──終わるやいなや、葦原に寄越した。
「なんですかこれ……?」
「俺の辞表だ、持っておいてくれ」
 差出人として、真田先生の名前が記入されていた。これには先んじて、「平成23年3月」と辞める時期も記載してある。順当にいけば、総裁はその直後、平成23(2011)年4月に本学総長となり、真田先生は「別の仕事」で医学部を離れる──タイミングがぴったりだった。
「……それ、じゃあ、最初から真田先生が作ったんですか」
「ん? どうしてそう思う?」
「……もしかして、俺を引き留めようとして?」
 真田先生はまた笑った。
「話としては辻褄があいそうだが、そんな回りくどいことはしないよ。これは単に、再利用しただけだ」
「そんな、差出人がわからないとはいえ、これはこれで医局員のメッセージでしょう」
 匿名とはいえ、人の辞表を再利用とは、ずいぶんと行儀わるく思えた。
「この辞表はもういいんだ。差出人がわかったからな。今度はちゃんと、名前を書いて送ってきたよ。先週のことだ」
「えっ……誰ですか」
「お前がその頃の医局長と見込んで、見せてやろう」
 そう言うと、真田先生は机に戻り、もう一つ、書類──辞表を持ってきた。次期医局長を引き受けたわけではなかったが、葦原は数年がかりのミッションの答えを知りたかった。そして、それにはちゃんと名前が書いてあった。
「もう、面談も済んだ」
 医局長室を辞して大学を出るまでの間、足は勝手に動いてはいたが、頭の中は多くの話で混乱していた。総裁が本学総長に選出された暁には真田先生も大学から離れること。七大グランドサージャリーの事務局長に自分がなったこと。吉良先生が栄転し、鷹羽先生が帰還されること。4つくらいに分裂してしまう七大外科学教室を大外科七刄会のスピリットでつなぎとめる非実態的組織・医局の長に自分が指名されたこと。そして。
 匿名の辞表の差出人が

だということ──。


 12月28日、市民病院仕事納めの日──。
 夕方、約束の時間まで外科医局で、真田先生から受け取っていた七刄会会報の寄稿依頼メールを眺めていた。タイトル、肩書、名前の表し方や本文文字数などの規定書式があるほか、書き出しにこうある。
「例文)七刄会諸賢におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。」
 どうして皆、寄稿文をこの文章で始めるのかと長年疑問だったが、なんのことはない、単に例文をそのまま利用していたのだ──と納得していると、ドアがノックされ、久斯が入ってきた。
「葦原先生、例の結核性虫垂炎の症例、論文化したので、署名(サイン)ください」
 学術雑誌によっては、投稿論文著者全員の直筆署名の添付が求められるが、久斯はそれを集めているようだ。
「お前は無関係だろ、これ」
「やだなあ、一緒に打ち上げした仲じゃないですか」
 手渡された論文は英文であることはもちろん、すでに画像まで添付されていた。もしやと思って引用文献を見ると、はたして例の総裁論文まで引用されていた。
「まったく……伊野には断ったんだろうな」
「もちろん。ただ、序列の順番で署名もらってこいって話で。めんどくさい医局ですね」
「うるせえよ」
 すでに藤堂先生、大和先生、押切先生の署名もあった。葦原も共著者として署名しながら考えた。久斯はここに来てからいったいいくつの論文を書いてきたのだろう。
「お前さん、外科だけじゃなく、他の診療科ローテート中でもそうしていたんだって?」
「ワン・ローテート、ワン・ペーパーですね。地域保健ローテート中は本当に苦労しましたけど」
 論文を書ける人間は出世する。久斯も30年後には、東大教授から東大医学部長にでもなっているのだろうかと考えて、少し怖くなった。
「来月からまた外科でお世話になりますので、よろしくおねがいしますね」
「ああ、こちらこそ頼むよ。1年目研修医の面倒、見てくれよ」
 久斯は残りの選択3ヶ月間、また外科に来るのだ。外科研修がラクなはずはないのだが、ラスト3ヶ月を見知らぬ診療科で過ごすよりは、勝手知ったる外科でローテートしたほうがマシとでも考えたのだろう。
「研修期間も残り少ないんだ、せっかくだからなにかリクエストがあるか?」
虫垂炎の手術(オペ・オブ・アッペ)
「症例が来たらな──それ以外は?」
 研究生活の前準備や引っ越し作業などを優先させてやるつもりで訊いたのだが、久斯は意外なことを言った。
「じゃあ、今度は葦原先生についてまわっていいですか?」
「ん? 俺?」
 久斯はもうベテラン外科研修医だから、ある程度フリーにしてやってもよいだろう──久斯は余計なことをするが、必要なこともちゃんとやる。
「まあ、いいけど」
 そろそろ時間だ──葦原は久斯を返して、病院を出た。
 仙台駅前の喫茶店で日辻と落ち合った。日辻は呼び出しを断らずにやってきた。学外転落してから何度も日辻と会っていたが、今日もそれと変わらない表情だった。
「医局を辞めるってどういうことだよ、日辻」
 匿名の辞表の差出人は日辻だった。
「俺、東京に行くんだ」
 その言い方に葦原は一瞬笑いかけたが、日辻は真顔だったので、笑わずに言った。
「なんで東京なんだよ。猫も杓子も東京東京って」
「真田先生には、子供の就学環境を整えてやりたいって言ったよ。説得力のある理由だろ。実際、うちの子、頭いいんだよ。医者になりたいんだってさ」
「それなら仙台で充分だろ」
「そうじゃないよ、葦原。仙台出身で七大医学部に入れる人間はそう多くはないよ。ほとんどが関東の進学校から流れてくるんだ。まして現役ともなればなおさらだ。仙台で育っても、他県の国立大学医学部が関の山さ、俺みたいにな。お前や祢津みたいに地元出身で七大に入れるのは特別だ」
 長い経済不況のためか、医者になれる医学部の受験人気は衰えることを知らない。全国津々浦々に医学部があり、どこを出ても医者になれるし、医者になったらどこで働いてもよいから、受験生がどこの医学部に入学するかといえば、学力に応じて、地元の医学部か、より歴史が深い医学部か、あるいは受験偏差値の高い医学部を狙うことになる。七大は歴史が深く受験偏差値も高い旧帝大の医学部だから全国から狙われる。葦原の学年にも関東はもちろん北海道や東海からの入学者もいた。東京に生まれた人間と宮城に生まれた人間の頭の作りが違うわけがないが、大学受験というのは生後18年間に受ける刺激の総量がものをいう短期決戦だから、田舎で子育てというのが大学受験戦略的に正しいとは言えないのも葦原はわかっている。だからといって、日辻の話を肯定してやる気はない。
「いいじゃないか、どこの医学部を出ても、医者として立派にやれれば」
「医者になったあとのことを考えてるんだよ。我が子に不憫な思いはさせられない」
「不憫ってなんだよ。第一、子供に合わせて東京に行って、お前はなにをやるんだよ。仕事はあるのか?」
「ああ。猪狩、覚えてるか?」
 猪狩某。90年関東第三医科大卒、96年七大院卒。Fキャリア。
「……懐かしい名前だな、忘れてたよ」
 大学院の同期だが、大学院修了直後に医局から姿を消した。学位だけ取って、その後の奉公をせずに医局人事を離れる人間は「学位泥棒」と言われて、七刄会では忌み嫌われる。破門とほぼ同義の「Fキャリア」だ。
「あいつがいまなにやってるか知ってるか? 東京で開業しててさ、自由診療とかもやりながらだいぶうまくやってるんだぜ。たまに会うたびに、東京に来て何軒かあるクリニックの院長をやってくれって言われてるんだ。それに決めたわけじゃないが、ま、そういう話もあるってことだ」
 破門者の名前が出てきた時点で、しかも何度も会っているということで、日辻の本気が見えた。
「それでいいのかよ。雇われ院長はともかく、自由診療って、ニンニクだのプラセンタ注射だのが、やりたいことなのか?」
「俺はもう、医学医療で自己実現することは諦めた。勉強も出世も使命も、ない。あとは医師免許を金稼ぎのライセンスとしてせいぜい利用させてもらうだけだ」
「日辻……いつだよ。いつ辞めるって決めたんだよ」
「大学院に入った頃だよ」
「はあ? お前、それって入局した瞬間からってことじゃないか」
「そうだよ。S研究班やA研究班などの出世コースは七大卒の優遇枠で、俺のような地方医大や私大出身者は最初からO研究班どまりで、しかも院卒後はDキャリアとしてずっと外回りだと知ったときからだよ。猪狩も同じようなことを言っていたが、行動に移すのはもっと早かった。あいつは賢かったよ」
 それを言われると葦原としてはなにも言えない。七刄会が昔も今も、七大卒を優遇するのは公然の秘密だ。七大卒はほとんど無条件でSないしはA研究班に配属され、そこにまだ空きがあればその他の大学出身者にお声がかかる。葦原はS研究班には入らなかったが、そうできる選択肢があったのは事実だ。
「……俺は、少なくとも祢津よりは手術は巧かった」
 日辻の口から祢津の名前が出たことでピンと来た。日辻と葦原、それから祢津は入局前は市民病院で一緒に実地修練をした間柄だ。後に揃って入局し、大学院1年目の大学病院修練を経て、祢津はS研究班に、葦原はA研究班に、そして日辻はO研究班に配属となった。確かに、その頃の祢津は手術で目立つ存在ではなかった。しかしながら、S研究班に入った祢津は誰よりも在学中に研究業績を上げたし、臨床の腕もメキメキと上達させていった。祢津を羨むのはまだしも、恨むことはお門違いだ。
「祢津は祢津で頑張ったよ。門馬だって

しただろ」
 チャンスはO研究班にもある。S研究班から続く専門班の一枠──Sキャリアが抜けた分──にO研究班から業績優秀者が「敗者復活」で入れるのだ。門馬がそうだったし、今の副主任医長トリオで言えば狩野がそれだ。
「ああ、門馬は偉いよな。うちから敗者復活した。でも所詮はCキャリア止まりだった。七大卒の寅田、立川には勝てなかった」
 外から見たらそうとしか見えなかったかもしれないが、寅田も立川も門馬も大学病院診療医員時代、みな死に物狂いでやっていた。ただ、寅田が頭一つ抜けていたのは皆、わかっていた。また、立川と門馬を評価して、立川を選んだのは医伯監会議だ。ただ、それをここで指摘しても仕方ないと葦原は黙っていたが、日辻はそっぽを向いて言った。
「俺だって医局には感謝している。地方医大出身の俺をぽんと入れてくれて、学位も専門医も取らせてくれた。この年になるまでいろんな病院を渡り歩いたが、七刄会外科ってだけで一目置かれて、おかげで外科医をやっていて特に困ったこともない」
「じゃあ、いいじゃないか。そんなもんだろ、勤務医って。学位とって専門医とって、あとは一所懸命働いて、赤いちゃんちゃんこでゴールだろ。みんな同じだろ」
「いらねえよ、ちゃんちゃんこなんか。葦原、同じじゃねえよ。お前たちと俺たちは全然、違う。お前にDキャリアのことなんかわかるかよ。大学院卒業後に学外に放り出されて、あとはずっと外を転々とするだけだ。腹の外科になったのに、PDすらやらせてもらえない。それどころか、俺だって胃や大腸はいくらでも切れるのに、患者の希望で大きい病院に紹介状を書く毎日だ。今じゃ、アッペ・ヘモ・ヘルニア、イレウス解除、それから胃瘻造設くらいしか手術をやれていない。それだってもういくつかは内科がやれる仕事だ。あとは、外科とは名ばかり、手術したことがあるってだけのかかりつけ患者の肺炎や尿路感染症の入院対応だ。今後はもっとだ。Dキャリアの院卒後15年目以降は、場末も場末の勤務地ばかりで、まるでドブさらいの日々だ。Dキャリアなんか、地域医療に貢献していますってアピールできる医局には都合がいいんだろうが、外科医としては別にいなくてもいいんだよ。俺たちがいなければ、どこかの誰かが病院採用医長になって埋め合わせできるんだ。だったら東京で同じような仕事をするさ。あと数年、義務と義理は果たすが、その後は好きにさせてもらう」
 この年になるまで医局人事を疑うことなくやってこられた葦原と、スタートから疑いつづけてきた日辻とでは、見えているものが違ってしまっていた。
「……あの辞表、じゃあ、お前が書いたんだな」
「辞表? ああ、あれか。うちの病院くらいから辞める人間が出てくるからな、そういうやり方も上が教えてくれるんだよ。相談したら慰留されるが、辞表を出したらそうされないんだってさ」
 医局から心が離れてしまったら仕方がない──真田先生がそう言っていたのを思い出す。
「……名前を書かないでか?」
 日辻は苦笑いをした。
「俺が3年前ぐらいに辞表を投函したのは確かだ。その後になんの音沙汰もなかったが、確認するのも難しくてな。間抜けだよな。今年の同期会の帰りのタクシーで、真田先生が話すのを聞いて気づいたんだ。それでも、改めて辞表を送り直すってのも勇気がいるもんで、最近まで尻込みしてしまっていたんだ」
「名前を書き忘れたのか、お前が? 祢津より几帳面だったお前がか?」
 葦原の知っている日辻はそういうミスはしない。
「……さあ、どうだったかな」
 後悔の念が押し寄せてきた。このミッションを与えられてから、葦原は何度となく日辻と話す機会があった。もっと早くにそうだと気づいていれば、匿名の辞表を匿名のままにできたのではないか。日辻は結果、新たな辞表を出し直し、真田先生との面談にたどり着いてしまった。
「葦原も偉いよな。自分が牛尾より下だと思っていないだろうに」
「……牛尾はよくやっているさ」
 牛尾は牛尾で、与えられた立場でちゃんと結果を出している。牛尾が仮に3年前に学外転落しても、市民病院でちゃんとやっていただろう。もっと入局者もいたかも知れない。
「それに、大学に残った人間が上ってわけじゃないさ。七刄会外科医は一所懸命だろ。それぞれのキャリア、持ち場で満点を出せるかどうかだ」
 自分でそう言ってみて、葦原は初めて藤堂先生のカミナリの意味がわかった気がした──そのことですら、日辻より恵まれていたのだと今にして気付かされた。いろいろと厳しいこともある上司の先生方だが、部下に辞表の書き方を教えるようなことはなかった。
「実際、Bキャリアならそこそこ有意義だろうよ。でもそれに満足できるのは、俺らみたいなもっと下の医者がいるからなんだよ。全く、香盤表人事ってのは、教授になれるわけでもなく、開業するでもない、勤務医を引退まで飼い殺しでこき使うにはよい方便だよ。さすが、七刄会だな」
 日辻は立ち上がって、言った。
「AだのBだの……Dキャリアだの……本当に間抜けだな。教授になれない医者にはそもそもキャリアなんか存在しないのにな」
 日辻は去っていった。葦原はそれを見送ることしかできなかった。
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©INOMATA FICTION 2019-2020
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登場人物紹介

葦原建命(あしはら・たてる)

 七刄会医伯正

 七州大学病院外科診療助手(中部班)

久斯創(くし・つくる)

 せんだい市民病院「アラサー」初期研修医

 論文モンスター

 

真田善次(さなだ・ぜんじ)

 七刄会医伯総監

 七州大学病院外科特命教授

 七州大学医学部外科学講座医局長

藤堂壮平(とうどう・そうへい)

 七刄会医伯監

 元七州大学病院外科診療助教授・中部班最高執刀責任者

 せんだい市民病院副院長

 「雷神藤堂」「七刄会ラパ胆のパイオニア」

大和達郎(やまと・たつろう)

 七刄会医伯監

 元七州大学病院外科診療助教授・中部班最高執刀責任者

 せんだい市民病院外科部長

 「肝臓手術の名手」

押切慶二(おしきり・けいじ)

 七刄会医伯監

 元七州大学病院外科診療助教授・中部班最高執刀責任者

 せんだい市民病院外科副部長

 「七刄会PD最速」

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