第1話 塩

文字数 1,333文字

 会話している途中なのに、そのおじさんは目を閉じた。

「うーん、そうだね。塩だね。塩を持ち歩きなさい」
 眉間にしわが寄り、笑顔はない。
「塩ですか?」
 私は首を傾げ、目をしばたかせて聞き返した。
「そう。塩だよ。あなた、塩を持ち歩いた方がいい」
 目を開けたおじさんは、顔をしかめ、厳しい口調で言った。

 職場で初めて会った人だった。私の席の隣に座っていたおじさんで
「おはようございます」とあいさつをしたら、なぜかそういう話になった。
 以前は学校の先生をしていたそうで、昔ながらの厳しい先生の雰囲気はいまだにあった。霊感が強く、教師になっていなかったら街角に立って占い師をしたかったと言っていた。
 そういう人に、よく声をかけられる。
 霊感がないからよくわかっていないが、憑依体質らしい。
 私はとてつもなく怖がりだが怖い話は好きで、怖いもの見たさで自分から聞きたがる。趣味の範囲内の知識だったが、そのおじさんの話におかしなところはなかった。
 怪しい宗教の人とかではなく、元教師らしい、面倒見がいい普通のおじさんだった。

「それと、盛り塩をしなさい。100円ショップに行くと、最近はそういうセットを売っているから、それを買って……」
 先生の言葉が止まった。何かを探るかのように、再び目を閉じる。
「おかしいと思う場所に置きなさい」
 そこは私の感覚を信じて良いらしい。


 100円ショップに行くと、本当に盛り塩セットが売られていた。霊を避けるためではなく、普通なお店でも商売繁盛のために盛り塩をする場合もあるらしい。
 八角すいの盛り塩ができる陶器の器がずらっと並んでいた。

 ……これを買う人、何人くらいいるのだろうか?
 そんなことを思いながら、それを買い物かごに入れた。それからその陶器の器を使って盛り塩をする皿を選んだ。八角すいの陶器の器を乗せ、ちょうどいい大きさの小さな皿を見つけたが、なぜか五角形。
 八角形と五角形。どちらも魔除けっぽい。ただ、それを両方使うのはどうなのだろう。
 ともかく、大きさがぴったりだったので買うことにした。何か所に置くつもりだったので6枚。

 どうしてそんな物を買ったのか。
 怖い思いをしたくはないからだ。

 それからスーパーで最も安い塩を買って家に帰った。
 その頃になると真っ暗になっていた。夜間に盛り塩を作るのはどうかと思い、持ち歩くための塩を作ることにした。たまたま近所の神社でいただいた塩があり、そして、たまたまお茶に使う懐紙を持っていた。懐紙は何に使ってもいいらしい和紙である。織り方をネットで調べて六角形の折り紙を作って塩を入れるとお守りのような物ができた。
 良いような気がした。
 せっかくなので、部屋の浄化もしようと思ってセージを焚く。
 夜が明けて盛り塩を作ると、なかなか上手にできた。
 自宅の苦手な場所数か所と、自分の部屋に置いた。

 八角形と五芒星と六芒星。八方除と清明印(セーマン)道満印(ドーマン)。効きそうだが過剰な感じもした。けれど、それで良いことにして職場に行って、先生にそれを伝えた。
 先生は「よかったね」と言って、自衛用のブレスレットをくれた。
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