第2話「おれは輝きたい」

文字数 645文字

往来を歩きながら、花村幹二朗は考える。
 渋沢栄一を斬る大義名分とは。この男を斬る道理的な理由とは。
 さらに渋沢を斬ることで立つ武士の名分とは。
 自分にこの案件をお願いしたのは篠部竜央という男。彼は元東京府庁幹部の役人。渋沢の判断で行われた東京商法会議所の人事整理によって職と地位を失われた。いわば渋沢への恨みが骨髄深くにまで達している男。
 私情私憤がこの案件の大きな理由になっているのは否定できない。が、篠部はこうも言った。
「渋沢は日本を壊そうとしている。欧米流のやり方を強引に持ち込み、日本古来の慣習をまるで無駄なお荷物とばかり無情に切り捨てようとしている。花村殿、これを見過ごしにできますか? このまま日本の商業文化が破壊されてよいのですか? あなたも武士のはしくれなら、私のこの思いわかっていただけるはずです」
 あたかも渋沢暗殺には大義があるかのような言い分。幹二朗は思い出しながら、呵々と笑った。往来の通行人が何事かと幹二朗を振り返る。
「武士は己を知る者のために死すという。大義などなくていい。私はただこの剣を振るう機会を得るだけ。篠部は私を男と見込んだからこそこの話を持ってきた。私は武士としてただそれに報いるのみ。それ以上の土産は不要」
 今をときめく実業界の大物渋沢を斬る。よかれ悪かれ自分の名が歴史に残る。正直に我が胸の内を披瀝すれば、欲しいのは名誉と功名。どうせ行き先希望も運も薄い生涯。心のまま生きればよろしい。
 青空を見上げる幹二朗の表情には一点の曇りもないように映る。
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