#3

エピソード文字数 1,707文字

 一瞬、ヴィーとブラックは凍り付く。
「うっ」
 ブラックがうめき、懐中電灯で男を照らし出したまま、後ずさった。
 ヴィーは強く手を握りしめられているために逃げられず、固まったまま、男を凝視するしかなかった。
 赤い瞳を輝かす男の顔色は先ほどよりはマシになったが、それでも闇夜の月のように青白い。
 青白い顔と対照的に黒々とした巻き毛が男の頬や肩に掛かっている。
「おまえは誰だ……」
 男がかすれた声でつぶやいた。
 その唇が血で染まり、毒々しいまでに赤い。
「こっちこそ聞きたいよ。あんたこそ誰だ……?」
「俺は……、イアン・ケイス=フィッツロイ……」
 男は心許ない様子で、たどたどしく答え、続ける。
「ここは、どこだ……?」
 不安そうに眉をゆがめ、ヴィーを見つめた。まるで、深く眠った後に急に起こされたような面持ちだ。
 その様子があまりにも頼りなさげで、ヴィーの中の恐怖が徐々に小さくなっていく。
「ここはアニックの墓廟だよ」
 困惑している男に、彼女は告げた。
「墓? 何でそんなところに……」
「それは、こっちが聞きたいよ」
 そこへ、ブラックが割って入る。
「ヴィー、夜が明ける」
 ハッと我に返り、ヴィーは男の手を振りほどいた。
「その指輪、くれないか」
 ダメ元で言ってみる。どうせ、墓荒らしに来て仲間に裏切られた口かもしれない。偽物とすり替えられている可能性はあるにしても手ぶらでは帰られない。
 男が自分の手を見て、はめられている指輪を眺めた。
「これは……」
「早くしろ」
 ブラックがせかしてくる。
「ああ、くそっ」
 男の返答に焦れて、ヴィーは悪態をつくと、
「あんた、ここを出るよ!」
 そう言って、男の手を取り、棺から引きずり出した。
「そいつ連れてくのか?」
 ブラックが目を丸くしてヴィーを見た。
「また生きたまま棺に入れるのかい? やだよ」
 夢見が悪いと、彼女は肩をすくめた。
 男はよろよろと起き出して、二人に連れられ、墓廟を出た。
 男が歩く度に身につけた衣服が崩れ落ちていく。何百年も放置されていたかのように。石壁の空いた穴をすり抜けるときにはほぼ半裸の状態になった。
 二人は男に構わず、地面に転がしていた石を組み直して壁にはめていく。すっかり元に戻した頃には東の空が明るくなり始めた。
 闇夜の中で見た墓廟はどこかまがまがしさを孕んでいたが、暁光を浴び、一転して厳かな雰囲気をまとい始める。
 暁の日に照らされた墓廟は薄紫色に染まり、その影を泉の水面に映している。夜のうちにはわからなかった赤紫色の睡蓮が綻び、緑色のよどみに色づき始める。
 墓廟の真向かいに佇む崩れかけたアーチの袂に紫の花を咲かせるヒースが茂っている。
 朝日の中で見る墓廟には、打ち捨てられた寂寥感が漂う。枝がしだれるイチイの木はどこか不気味でもあり、墓廟を守っているようにも見えた。
 ヴィーは、男をこのままここに残せば面倒な事が起こると思い、墓廟の木立の影に潜ませたコンパクトカーの後部座席に半裸の男を押し込んだ。
「こいつ、いったい何者なんだ。マジでこんなやつ連れていくのか」
 ブラックが、エンジンを掛けながら、助手席のヴィーを訝しげに見やる。
「このまま置いていくって言うのか? 生きたまま墓場に閉じ込められて殺され掛けてたんだよ」
 助けてやっても損はしないだろ、とヴィーはチラリと後部座席に目をやる。
 呆然と、自分の周りに見回している男と目が合って、とっさに視線をそらした。
 男に肩を貸したときに感じた冷たさは、尋常でなかった。生きた人間でもあれほど冷えることはない。耳にかかる吐息も氷のようだった。
 本能が、生きていないと知らせてくるけれど、見る限り死人とも思えない。
 とりあえず、今、考えるのはよそう、とヴィーは思い直し、前方に向き直った。
 墓廟の木立から出ると、緩やかな丘陵が広がるスコットランドではおなじみの変化に乏しい景色。丘の向こう一面にヒースの群生が覆っている。
 丘を縫って伸びる砂色の二本の線をたどって、空色の小さなビートルは丘の稜線を走り抜けた。
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登場人物紹介

ヴィヴィアン・ブーリン(通称、ヴィー)


スコットランド・エディンバラに住む、オカルト何でも屋。安いからと言って地下室を借りて住んでいる。ケイシーは居候。

背中に掛かるくらいの長さのまっすぐな苺色の赤毛にヘーゼルの瞳。背は170センチくらい、やせ型。二十一歳。職業無職。高校中退した後、悪友と今の仕事を始めた。友人のブラックはエンバーマーで家業を継ぎ、日頃は葬儀屋をしている。夜はオカルト何でも屋として、ヴィーと依頼された墓荒らしや幽霊屋敷などの調査をしている。とにかく気味の悪いことが大好き。暑がりなので、冷たいもの大好き。死体愛好者かもしれない。(何度も死体と寝たいとブラックに頼んでいる。そのたびにブラックは敬虔に断っている)

メサイア・ブラックモア(通称、死体屋ブラック)


ブラックと呼ばれたがる。信心深い両親に変な名前を付けられたと思っている。自分の名前が大嫌い。小柄168センチで痩せの筋肉質。やや暗い色の金髪。長髪。瞳の色は薄いブルー、興奮すると濃くなる。二十五歳。秀才肌で、エディンバラ大学卒。人文科学専攻。ヴィーの兄と親友だった。ヴィーとは幼なじみ。実家が葬儀屋のため、エンバーマーの資格を持っている。

イアン・ケイス・フィッツロイ(ノーサンバーランド卿)(通称、ケイシー。ケイスは洗礼名)


ノーサンバランド伯爵の最後の一人だが、訳あって毒殺される。庶子。スコットランド貴族。アニックにうち捨てられた墓廟があり、そこに眠っていた。不本意な死によって、無念の死を遂げたためヴァンプ(魔物)として蘇る。

アニックの寂れた納骨堂に安置されていた棺桶から、ヴィーによって蘇らされてしまう。たまたま石棺で怪我した指から流れた一滴の血によって。ヴィーからケイシーと呼ばれる羽目に。眠りについたときケイスは二十六歳。しかし、力をなくしたケイスの姿は十六歳程度。ヴィーにからかわれ、なめられている。

十六歳のケイシーは華奢で背も160センチほど。力を得たケイシーは185センチ、肩幅も広く非常に優美な男に変身。肩までの巻き毛の黒髪に赤い瞳。

ブラッディ・ホットスパー


史実では戦死したとされる。スコットランド王リチャード二世に反旗を翻したせいで、ノーサンバーランドにおける爵位を失うことになる。向こう見ず(ホットスパー)と呼ばれるほどの戦争好き。何度も重傷を負うが、奇跡的にいつも蘇っていた。しかし、それはホットスパー自身が悪魔と契約し、不死身の体を手に入れていたためだった。

オベロン・サークレット


1700年代にエディンバラを中心に暗躍した魔術師。とある魔術書を残して、歴史から消えたが、オベロンの残した秘宝を探すものが後を絶たない。

写本だがその魔術書を持っているブラックも、オベロンの秘術を研究する一人。

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