第2話

文字数 2,203文字

かといって、私のあの子を奪った不届き者を見つけ出すのは、不可能に近い。
待て、私のあの子を奪ったってなんだ?
何この『恋泥棒』みたいなニュアンス、自分で言って腹が立つ。
なので、これから別の盗っ人が近づいてくるであろうことを想定して、
そいつに制裁を加えることにした。

私は母の整理ダンスの引き出しから、彼女がもう使っていない、古い財布をコッソリ頂戴した。
十年以上前、母が風水にハマり通販で購入した、黄色い金運財布だ。
確か3万円近く出していたはずだ。当然のことながら、母の金運が上向いた様子は一向にない。
我が家の経済状態においても言わずもがなだ。少し前には「断捨離」にもハマッていたが、
真っ先に処分すべきシロモノだろうが。

みすぼらしく薄汚れて、黄土色になった金運財布を前に、私は計画を脳内シュミレーションする。
私は金運財布をリュックの外側のポケットにいれ、ショッピングモールに行きうろつく。
ポケットのファスナーは半分あけておき、財布をチラつかせておく。

そうこれはトラップだ。

財布には、フェイクの紙幣数枚入れ、その間にカミソリ数枚を仕込んでおくのだ。
盗っ人が札をつかんだ瞬間、鋭利な刃が奴の指を深く傷つける・・・。
ふふふ 天網恢恢疎にして漏らさずだ。
悪いことはできないものだと盗っ人は後悔することだろう。これに懲りて真人間に戻るがよい。

私はさっそく、フェイクの万札をネットで検索する、すぐにヒットした。
それこそ、開運グッズのチラシなどでよく見る、山積みになっている札束のアレだ。
画像で見る限り、たいへん良くできている。
すごく高価と言うわけではないが、ちょっと考える。

ついでにカミソリも検索する。
もちろん現在主に流通しているであろう、男性の髭剃り用の替刃ではない。
昭和の時代の長いスカートをゾロッとはいた、いわゆる『スケ番』が人差し指と中指の間にはさみ、
暗器としてタイマンに使用するやつだ。
あくまでイメージでものを言っているので、違ってたらごめんなさいだ。

探した結果、私が想像していたよりも、多くの人が現在も、広い分野で愛用しているのがわかった。
あの薄く、鋭利な刃は組織標本や、工芸品などの仕上げ、農作物の接ぎ木などに欠かせないものらしい。
ううむ知らなんだ、私は自分の不見識を恥じた。

そこで、ふと懸念が生じた。  
そうやってトラップを仕掛け、盗っ人に一矢報いることができたとして、それですむだろうか?
逆上した盗っ人が私を追いかけ、仕込んだカミソリで私の頸動脈を切り裂きに来たらどうする?
いや、どうもできんな。
それに賊の凶刃に倒れるのが私ひとりならば、仕掛けたのは自分。
自業自得とあきらめもするが。無関係の一般の方々を巻き込んだらどうする?

捕えられた奴は
「スった財布のなかにカミソリが仕込まれていて、腹が立った」と自供するだろう。
そうなれば、世間の非難の矛先はいっせいに私の方に向けられる。

「しょうもないことしやがって」
「つまらん小細工をしたせいで多くの人命が」

両親は連日マスコミの取材攻勢に、外出もままならず
父は定年を目前にして自主退職、母もスーパーのレジ打ちのパートをやめなくてはならないだろう。
特に親しくもなかった小学校時代の同級生が、記者の質問に
「あ~あの子ね。ちょっと何考えてるかわかんないとこあったからぁ」と、答え。
後ろ姿とヘリウムガスを吸ったような音声で放送される。
それに、こんな危険なものが簡単に入手できるなんて!取り締まりの強化を!
と、カミソリ業界がお門違いの糾弾をうけ。
結果、本来必要としている人たちが入手できなくなったらどうする?
精励勤勉されている各分野の方々に申し訳がたたない。

「この手は使えんな」
私は、別の報復手段を考えることにした。

しかし、創造力、独創性がはなはだしく欠けている私の感性では、
その他に財布に薄く切ったコンニャクを仕込んでおくくらい程度のアイデアしか浮かんでこず。
さんざん思案したすえ
『財布に呪いの手紙的なものを入れておいて、ビビらす』
と言う、はなはだ凡庸な方法に落ち着いた。

私はさっそく文面を考えることにした。

『これは不幸の財布です。24時間以内に次の人に渡さないとあなたに不幸が訪れます。』

チェーンメールか、中学生でももっとましな文章を書くぞ。
書き直しだ。


『とうとう手にしてしまいましたね。この財布は持ち主を次々と破滅させる呪われた財布なのです。
これを手にした瞬間から、あなたは逃れられない不幸の濁流にのみこまれ、不運のスクリュードライバーで地底に深く沈められることでしょう。そこは二度と這いあがれぬ六道輪廻の底の底。地獄の釜でのたうち回り、いつ垂らされるかも知れぬ、お釈迦様のクモの糸を待つしかないのです』

ダメだな、仏教徒以外には響かないだろう。

『この呪われた財布を私が手に入れたのは忘れも致しません。今年の春のことでございます。
春の光に透け舞い散る桜は美しくも恐ろしゅうございました。その満開の桜の木の下で
この財布を拾ったのでございます・・・。それが全ての始まりでした・・・。』

拾ったんやったら早よ交番届けろ、いう話や。

『この財布をゲットしたそこのキミ!この財布はぜったい開けちゃダメだよ!
もしも開けたら、アラたいへん!百と八つのこわーい魔物の封印が解かれちゃうんだヨ!』

バカバカしい、何を言いたいんだ私は、なんかもう面倒になってきた。

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