一人暮らし
文字数 1,674文字
一人暮らしを始める前は家事のことばかり懸念していたけど、そんなのはどうとでもなることだった。
私が予想外だったのは、夜になると廊下や玄関の暗がりがやけに薄気味悪いことだ。最初は平気だったのに、一度意識してからは気になって仕方ない。日の光の自然な影と違い、暗さが無機質で不気味なのだ。
壁が薄いのでテレビの音量を控えているのもあるけど、玄関の鍵もしているのに、暗くて静かというだけで、なぜ誰かが潜んでいる気がするのだろう。
考えすぎなのはわかってる。でも考えないようにするというのは、考えるのと同じことだ。そう易々とコントロ―ルはできない。
どうにも気持ち悪いので、お風呂から出てドライヤーで髪を乾かしたら、飲み物と共に部屋へと半ば逃げ込む。
間取りは1K。部屋を出たらすぐ廊下だけど、扉を閉めておけば少しはマシだ。世の一人暮らしのOLは、みんなこんな不気味さに耐えてるんだろうか。
以前試しに廊下の電気を点けたまま寝ようとしたら、変に明るさが気になって眠れなかった。だから今日も暗いままだ。
寝る時間になると、テレビと電気を消してさっとベッドへ入る。熱中症対策に、テーブルの上の手の届くところに飲み物を置いておく。
静まりかえった夜の気配に混じって聞こえてくるのは、クーラーの鈍い音だけだ。なのに扉の先、廊下と玄関の暗がりを想像すると、ひたひたと何者かの足音が聞こえる気がする。闇の中を忍び寄り、音を立てないように扉を開け、一歩ずつ私に近づいてくる――。そんなこと、あるはずがないのに。
明日の仕事のことを考えて気を紛らわせると、強引に眠気に身を任せて落ちていく。毎日そんな調子だ。
ある朝目覚めると、私はなぜか違和感を覚えた。何が起こったということもない。でも言いようのない違和感がどこかにあった。
とはいえ、朝からそんなにのんびりしている暇はない。きっとこれも気のせいだろう。考えすぎるから、ありもしない恐怖が生まれる。思えば馬鹿馬鹿しいことだ。急いで身支度をして家を出た。
ところが仕事から帰ると、夜が深くなるにつれ、怖さがやはり湧いてくる。この日はテレビをつけたまま、イヤホンで音楽を聴いて乗り切った。
深夜、じめじめとした暑さの中で目が覚めた。いやに静かだと思ったら、クーラーのタイマーが切れている。眠さに委ねようとしたが、熱気がまとわりついて寝苦しい。
仕方なく薄目を開け、枕元に置いてあったリモコンでクーラーを再起動させると、もう一度眠りにつく前に水分を摂っておこうと思った。
その時、再び違和感が襲った。
ペットボトルを取ろうとした腕が、反射的に布団の中で止まったのだ。
なんだ? 私は何に怯えてる?
全身からじわりと汗が出てくるのを感じながら、私は懸命に視界の中を探った。
いくら目線をさまよわせてもわからない。しかし段々、暗闇に目が慣れてきた。見え方が変わると、違和感の正体に気づいた。
ほんの些細なことだ。寝る前と、ペットボトルの向きがわずかに違っていた。
最初は気のせいかと記憶を疑った。しかし間違いない。私はいつも、商品のロゴを自分に向けて置くクセがある。ベッドへ入る前もだ。
胸がどんどんと早鐘を打ちはじめた。汗が背中にじっとり張り付き、身体が冷えていくのを感じる。ありえないと思いながらも、一つの疑念が頭をよぎった。
扉の向こうに、誰かいるのか。
きっと気のせいだと、何度も自分に言い聞かせた。冷房の音だけが聞こえ、廊下は静寂に包まれている。なのに、どうしても嫌な想像が頭を離れない。
部屋の扉は格子状にガラスがはめてあり、廊下の様子を見ることはできる。でも、もし本当に誰かいたら? 気づかれてしまったら? そう思うと身がすくんだ。
なるべく音を立てないようにと、私は息を殺そうとした。だけどうまくできない。高鳴り続ける心音に、焦燥ばかりが胸を焼く。抑え込もうとすると、かえって呼吸が苦しくなる。
そうしてわずかに身をよじった時、ベッドの下から腕が伸びてきた。
私が予想外だったのは、夜になると廊下や玄関の暗がりがやけに薄気味悪いことだ。最初は平気だったのに、一度意識してからは気になって仕方ない。日の光の自然な影と違い、暗さが無機質で不気味なのだ。
壁が薄いのでテレビの音量を控えているのもあるけど、玄関の鍵もしているのに、暗くて静かというだけで、なぜ誰かが潜んでいる気がするのだろう。
考えすぎなのはわかってる。でも考えないようにするというのは、考えるのと同じことだ。そう易々とコントロ―ルはできない。
どうにも気持ち悪いので、お風呂から出てドライヤーで髪を乾かしたら、飲み物と共に部屋へと半ば逃げ込む。
間取りは1K。部屋を出たらすぐ廊下だけど、扉を閉めておけば少しはマシだ。世の一人暮らしのOLは、みんなこんな不気味さに耐えてるんだろうか。
以前試しに廊下の電気を点けたまま寝ようとしたら、変に明るさが気になって眠れなかった。だから今日も暗いままだ。
寝る時間になると、テレビと電気を消してさっとベッドへ入る。熱中症対策に、テーブルの上の手の届くところに飲み物を置いておく。
静まりかえった夜の気配に混じって聞こえてくるのは、クーラーの鈍い音だけだ。なのに扉の先、廊下と玄関の暗がりを想像すると、ひたひたと何者かの足音が聞こえる気がする。闇の中を忍び寄り、音を立てないように扉を開け、一歩ずつ私に近づいてくる――。そんなこと、あるはずがないのに。
明日の仕事のことを考えて気を紛らわせると、強引に眠気に身を任せて落ちていく。毎日そんな調子だ。
ある朝目覚めると、私はなぜか違和感を覚えた。何が起こったということもない。でも言いようのない違和感がどこかにあった。
とはいえ、朝からそんなにのんびりしている暇はない。きっとこれも気のせいだろう。考えすぎるから、ありもしない恐怖が生まれる。思えば馬鹿馬鹿しいことだ。急いで身支度をして家を出た。
ところが仕事から帰ると、夜が深くなるにつれ、怖さがやはり湧いてくる。この日はテレビをつけたまま、イヤホンで音楽を聴いて乗り切った。
深夜、じめじめとした暑さの中で目が覚めた。いやに静かだと思ったら、クーラーのタイマーが切れている。眠さに委ねようとしたが、熱気がまとわりついて寝苦しい。
仕方なく薄目を開け、枕元に置いてあったリモコンでクーラーを再起動させると、もう一度眠りにつく前に水分を摂っておこうと思った。
その時、再び違和感が襲った。
ペットボトルを取ろうとした腕が、反射的に布団の中で止まったのだ。
なんだ? 私は何に怯えてる?
全身からじわりと汗が出てくるのを感じながら、私は懸命に視界の中を探った。
いくら目線をさまよわせてもわからない。しかし段々、暗闇に目が慣れてきた。見え方が変わると、違和感の正体に気づいた。
ほんの些細なことだ。寝る前と、ペットボトルの向きがわずかに違っていた。
最初は気のせいかと記憶を疑った。しかし間違いない。私はいつも、商品のロゴを自分に向けて置くクセがある。ベッドへ入る前もだ。
胸がどんどんと早鐘を打ちはじめた。汗が背中にじっとり張り付き、身体が冷えていくのを感じる。ありえないと思いながらも、一つの疑念が頭をよぎった。
扉の向こうに、誰かいるのか。
きっと気のせいだと、何度も自分に言い聞かせた。冷房の音だけが聞こえ、廊下は静寂に包まれている。なのに、どうしても嫌な想像が頭を離れない。
部屋の扉は格子状にガラスがはめてあり、廊下の様子を見ることはできる。でも、もし本当に誰かいたら? 気づかれてしまったら? そう思うと身がすくんだ。
なるべく音を立てないようにと、私は息を殺そうとした。だけどうまくできない。高鳴り続ける心音に、焦燥ばかりが胸を焼く。抑え込もうとすると、かえって呼吸が苦しくなる。
そうしてわずかに身をよじった時、ベッドの下から腕が伸びてきた。