7、就活-1

文字数 1,139文字

 良平が就活用のスーツを買うというので、店が休みの日曜日、貴広はスーツ屋に一緒に従いていった。
「どれ買っても同じだな」
 良平はボソッとそう呟いた。
 確かに、その通り。
 真っ黒な吊しのスーツは、判で押したように襟の形もポケットも一緒で、ボタンも面白みのないプラスチック製だった。
 良平が店員さんに寸法を測られている間、貴広は店の奥まで見て回った。イージーオーダー用の布地の棚に、良平に似合いそうな明るい柄があった。
 貴広は手に取ってみた。
 白黒、やや大きめの千鳥格子で、ツンと澄ました良平によく似合いそうだ。
 良平がツンツンしているときは、見たままに不機嫌なこともあるが、大体は何か心配なことがあるか、もしくは照れていることが多い。だから貴広がそっと触れてやると、嬉しそうに安心して、この上なく可愛く笑う。周囲に誰もいなければ、貴広の胸に倒れ込んでくることもある。
 この布地でスリーピースか、ベストなしでも襟広めの三つボタンで仕立てたら、さぞ可愛らしいことだろう。
 白黒チェック以外にも、明るいブルーや茶色など、良平に似合いそうな布地はいくつかあった。
 良平。あのコには、明るい色がいい。
 貴広は見るともなしに値札を見た。どれも、かつて自分が会社員だったときに着ていたスーツの三分の一くらいの値段だった。そう言えば、こうした格安スーツ店に足を踏み入れたのは初めてだ。いや、夜通し遊んで、自宅へ戻る時間がなく、急遽仕事着に困ったときに利用したことがあったか。あのときに買ったスーツはどこへやったろう。あまり気に入らなくて、二度着た記憶がない。
 就職するまでは、恥ずかしくないようにと親が靴からタイピンまで全て揃えてくれた。就職して給料をもらうようになってからは、身だしなみを整えるのも数字を取る一環で、成績のため、取引先の信用を得るためによい身なりを気づかった。初めの一、二年でそうした意識は薄れ、よいものを身につけるのは日常になった。サラリーマンにとって、スーツを着るのは仕事だから。
 貴広が戻ると、良平は寸法を測り終え、喪服のようなスーツを試着していたところだった。売場の姿見で後ろ姿を確認している。
 若い、引き締まった身体の線が美しく引き立てられ、同時に身体の華奢な細さが強調されている。
「あ、貴広さん」
 良平は姿見に映った貴広に気づき、振り返った。
「俺のサイズ、これらしいんだけど。どうかな」
 試しに着せられた中の白シャツから、鎖骨の陰が見えている。
 何とも言えず、色っぽい。
「貴広……さん? 何かヘン?」
 良平はツンとして、貴広を見上げた。
 ヘンどころか。
 初めて見たスーツ姿に見とれていたのだと知ったら、良平はどんな顔をするだろう。
 不安そうに震える良平の睫毛も美しい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み