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文字数 3,538文字

 真奈美とのやり取りを皮切りに、他の面々もお互いに名前呼びを定着させようという流れになり、そのついでにまだ連絡先を交換していない者同士で交換を済ませた。これで何かあってもすぐに全員と連絡がつく態勢が整うと、絢が本題に入る。

「んでさ、ここからが問題だよ。涼佑に憑いてる霊をどう祓うか」

 早速名前呼びをする綾。彼女によって挙げられた本日の議題に、一同は考え込んでしまう。生憎とオカルト方面の知識が皆無な涼佑と直樹は、こういう時は何の戦力にもなれない。解決策が何も出ないまま、数秒が過ぎたところで真奈美が一つ提案した。

「逆に今の時点で分かってることから考えてみない? 今の私達に何ができそうか」
「確かに」
「流石」

 ノートを貸して欲しいと言う真奈美に涼佑が自分のノートを渡すと、彼女は彼がまとめたページを全員に見えるように持って、霊の特徴をまとめた箇所を見る。その中のある一文に彼女は目を留めた。

「あ、ここ。妖域を作り出す霊は強い思いが原因って書いてある。巫女さんと涼佑君が協力して祓えるのは、この妖域ができた時でしょう? まずは涼佑君に憑いてる霊が何者で、どんな思いがあるのか調べてみない? これが分かれば、妖域が作られて祓えるんじゃないかな」
「なるほど。出ないんなら、こっちで作っちゃおうってことか」
「そういや、涼佑。昨日聞いた話だと、ちょっとだけ姿見えたんだよな? 誰とか、分かんなかったの?」

 直樹の質問に涼佑は凄まじい嫌悪感を覚えながらも、今まであの影が現れた時のことを思い返してみる。彼の前に度々現れる『あの影』。あれが何者なのかなど、できれば考えたくないと思う涼佑だが、考えない訳にはいかない。
 彼より小柄で、頭から水を被ったように全身ずぶ濡れで、髪が短くて、制服を着た――

「っ! そうだ、あいつ……!」

 涼佑はそこで漸く思い出した。何故今まで忘れていたんだと彼は己の鈍感さを心底悔やむ。しかし、すぐに思い直す。そんな訳が無いと頭は現実を否定する。何かの間違いだと思いたいが、ある一つの仮説を言うしかない。先を目で促す一同に、彼は自分でも驚く程暗い声で言った。

「『あいつ』、うちの高校の制服着てた……」

 そう言うと、今度は彼の記憶は鮮やかにあの姿を思い返すことができる。何故、忘れていたのか、全く分からない。いや、そんなことどうでもいいと原因を追及することは止めた。目下の問題はあれが誰なのか。今、この場においてはそちらの方が重要だ。

「ねぇ、涼佑君。その子、男子? 女子?」
「……女子だったよ。あれは……あいつは多分…………樺倉だ。樺倉望」

 彼の殆ど確信に満ちた言葉に、両手で顔を覆っても、皆が息を飲むのが分かった。樺倉望。彼の祖母の葬式に告白してきた女の子。その次の日に氾濫した川に落ちて亡くなった子だ。よく考えてみたら、涼佑は彼女の通夜にも葬式にも行ってない。それで恨まれてるのかと彼は思った。

「どうしてそう思うの?」
「…………あの日、ばあちゃんの葬式の日に、樺倉に告白されたんだ。でも、オレ断って、そのまま……」

 後は皆の知ってる通りだと言外でしか言えない涼佑の背中を、直樹が擦ってくれた。泣くつもりなんて無かった彼の目には後から後から勝手に涙が出てくる。それを手で拭いつつ、涼佑はあの日のことを詳しく説明する。

「オレ、樺倉が亡くなったって聞いたその日に、あいつと何度か遭遇して、そのまま真奈美達に相談したから、通夜にも葬式にも行ってなくて、それで……」
「じゃあ、涼佑に憑いてるのって、マジで樺倉?」

 重い沈黙が流れる。それはそうだろう。涼佑に憑いている厄介な霊がもしかしたら、亡くなった同級生かもしれないなど、取り憑かれている彼自身もどう反応していいか分からない。しかし、いつまでも押し黙っている訳にもいかないので、気を取り直した直樹が言い出した。

「巫女さんは何か分かんねぇの? そいつが誰とか」

 直樹の質問に隣に出てきた巫女さんが答えた。

「私を下ろす前に死んだ奴のことなんて、分かる訳無いだろ」
「巫女さんがいない間のことは分かんないって」
「あー。まぁ、そりゃそうか」
「ただ、そいつ、いつもお前のすぐ近くにいるぞ。涼佑」
「は?」

 聞こえてきた不穏の塊に、涼佑は思わず巫女さんを見る。彼の顔色がさっと変わったのを見て、直樹達はすかさず食いついた。一瞬、そちらに気を取られた涼佑だったが、それに構わず、巫女さんは続ける。

「お前、最近姿が見えないからって油断してるだろ。見えなくてもいるんだよ。今は私が近くにいるから姿を見せないだけで、ずっとお前を見てる」

 真奈美の家で見た、あの生気の無い真っ黒な目がフラッシュバックして、涼佑はそれを振り払うように耳を塞ぎ、精一杯声を張り上げた。

「やめろよっ!!」

 突然、大声を出した涼佑に全員驚いたのが彼には気配で分かったが、頭の中はそれどころではないので、構っている余裕が一気に失われる。緊張と恐怖、ストレスで早くなる呼吸を整えようとしている彼に、巫女さんは死刑宣告のように淡々と告げた。

「そうやってお前が逃げている限り、この地獄は続くぞ」



 巫女さんは守護霊として憑いた人物に害をなす霊を斬って祓ってくれる。逆を言えば、具体的な害をなさない霊には手を出さない。しかも、姿が見えないとなれば、尚更手を出せないのだ。望が何故、涼佑に付き纏っているのかは分からない。否、もっと正確なことを言えば、涼佑自身いくつか原因は知っているが、どれもまるで確信が持てないのだ。
 一つは望が彼に対する恋心が原因で成仏できていない説。涼佑は彼女の告白を断ったが、望が諦め切れず、彼に取り憑いているのだとしたら解決方法は簡単だ。涼佑が彼女の告白を受け入れれば良い。しかし、言うは易しだが、実行するのは簡単ではない。何より、涼佑自身にそんなことするつもりは一切無い。もし、これが原因だった場合は何とかして諦めてもらうしかない。
 もう一つは望が涼佑を恨んでいる説。涼佑は彼女が亡くなったと聞いたあの日、死んだ望と至近距離で遭遇したせいで真奈美達に殆ど飛び入りで相談しており、当然、通夜も葬式も行っていない。この説が正解なら、恐らくそれが原因で彼女は涼佑を恨んでいるのだろう。もし、そうであれば、彼は望にちゃんと謝りたいと思う。行けなかった理由を今更並べてみたところで意味は無く、彼が行かなかったのは紛れもない事実だからだ。
 最後は涼佑の中の何かに望の霊が反応してくっついてしまっている説。巫女さんの話が本当なら、霊というものは金属に引かれる磁石のように、何かに反応して憑依してしまうこともあるのだという。起きていること自体は単純だが、その単純さ故に引き剥がすのに苦労する、と彼女は言っていた。
 涼佑個人としては最後の説を推したいところだが、実際の理由は望本人にしか分からない。昼休み後の授業中、授業そっちのけで考えうる限りの対策を絞り出している涼佑に、見兼ねた様子の巫女さんが助言した。

「涼佑が悩んで意味あるか? そんなに気になるなら、本人に直接訊きゃいいだろ」
「……………………ええっ!?」

 授業中といっても、丁度静かにしていた時だったので、周りからの視線が痛い。突然一人で奇声を上げた涼佑へ教師が言った「なんだ? 新條。寝ぼけてたのか~?」という一言に彼は乗っかり、「すいません! 寝ぼけてました!」と堂々と開き直って笑いを誘って誤魔化した。周囲の注目が散った頃合いに筆談で巫女さんに詳しい話を聞こうとした涼佑だったが、「授業が終わってからな」とすげなく返されてしまう。先に話を振ってきたのは向こうなのに、と少々不満に思いながらも彼は授業に意識を戻した。
 その後も学校が終わるまでなんだかんだと理由をつけて、巫女さんは教えてくれなかった。その間、真奈美達にも連絡した方が良いと思った涼佑は、授業の合間にグループトークで簡単に報告する。その流れで放課後、彼らは弁当を食べた空き教室に集合することになった。

「――そういう訳で、樺倉に直接訊けるんなら、オレは訊いてみようと思うんだ」
「大丈夫なの? それ」

 涼佑の宣言の直後、ほぼ同時に全員からそう言われる。その点については宣言した本人も同意する。同意はするが、やってみないと分からないのも事実だ。今のところは、それくらいしか望に対抗できる手段が無い。あちらはいつでも一方的に涼佑の前に現れて危害を加えることができるが、こちらは彼女が何かしてきた時には怯えるばかりで対抗手段が無い。ならば、ここは思い切って先手を打った方が良いと涼佑は思ったのだった。いつまでもやられっぱなしではいられないというプライドもある。
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