第12話 キラキラネーム、やめーや(呆れ

文字数 4,392文字

「名前もう考えてくれたん?
十四日以内に出さんとあかんのよ」

ベビーベッドの横で嬉しそうに
赤ちゃんの顔を見つめていたおかあやんは、
横にいるおとうやんに問い掛ける。


  なんでやねん!
  ワイの名前、この男が付けるんか?
  お嫁ちゃんが付けてくれたらいいやんか!

  もしかして名前付けられたら縛られて、
  絶対服従みたいなことになるんと違うやろな?


おっさんがそんな和風ファンタジーモノみたいな
設定を知っていることの方が驚きだ。


  もしくはあれか?
  世紀末的なバイオレンスな荒野で
  トゲ付きバイクに乗った盗賊団の
  モヒカンヒャッハーに女を奪われて

  男の方は今日からワシの奴隷じゃ
  そうだなこれからはポチと呼んでやるわ
  今からお前はポチや!

  みたいな感じで名前つけられるんか?ワイ


おとうやんへの警戒心が強すぎて
被害妄想が凄過ぎる赤ちゃんの中のおっさん。
どうしてそんな世紀末覇王みたいな話になるのか。

おっさんの話が大袈裟なのは間違いないが、
ただ子供が大きくなるまでは
親の言うことを聞かなくてはならないというのもまた事実。

親がどんなに理不尽なことを言ったとしても
往々にしてにして子供は従わなくはならない。
子供は親を選べないのだから仕方ない。

おっさんからすれば、
嫁を寝取った男の言うことを
聞かなくてはならないのだから
屈辱的なことであるのも違いない。

おっさんに寝取られ属性やドM属性でもあれば
泣いて喜んだところであろうが
生憎(あいにく)おっさんにその類の性癖はない。

-

「名前な、ちゃんと考えてあるぞ」

おとうやんは若干ドヤ顔で
ニヤリと笑みを浮かべる。


「翔(か)ける馬と書いて……」

  ショウマやな……
  また随分と今時な名前やなぁ~
  まぁでも、今時はそんなもんなのかもしれんな


「ペガサス! 翔馬(ペガサス)」


  はぁっ?
  コイツ頭湧いてんのか?

  ペガサスってなんやねん?

  もはや日本人の名前ちゃうやん
  いや人間の名前かすらあやしいやん

  あれやろ、ペガサスって想像上の生物で、
  その上にさらに種族名やろ?

  実存の生物で例えたら
  名前にゴリラとかつけるようなもんちゃうんか?
  もうそんなんただのイジメやんけ
  田中ゴリラとか、今までそんな人に会(お)うたことあるか?
  芸人の名前やペーンネームならいざ知らず


  ほんで、ワイ、この先ずっと
  ペガサスさんとか、ペガサスくんとか呼ばれるんか?

  そんなん、呼ぶほうかて期待してしまうやろ
  ペガサスさんやぞ?

  ワイのこと知らん奴からしたら
  ペガサスってどんな奴なんやろうな~て
  そりゃもう期待値MAXやんけ
  
  名前呼ばれて出て行く度にワイ
  『人間ですいません』て言わなあかんようになるやんけ


  学校で後輩とか出来たらペガサス先輩呼ばれるんやろ
  そんなん空のひとつも飛ばれへんかったら
  後輩も納得せーへんやろ
  『チッ、名前だけかよっ』で態度豹変される奴やろそれ


  これはあかんな
  なんとしてでも阻止せんと……

  よっしゃっ!
  泣いたろっ!


「おぎゃぁぁぁぁぁ! おぎゃぁぁぁぁぁ!」

赤ちゃんの突然の泣き声に、
何かを敏感に察知するおかあやん。

「ほら、赤ちゃんもそんな名前嫌やて言うてるわ」

おかあやんの言葉に何故か対抗するおとうやん。

「いや、むしろ気に入ったっていう合図かもしれんぞ」


  あかん、あかんわ
  コイツ、めちゃポジティブやんけ
  ポジティブなキ○ガイとか
  一番厄介なパターンやつやんけ


「漢字はともかく、読みがあかんわ、
何て読むのかようわからへん」


  さすがや、さすがやで、お嫁ちゃん
  その通りなんやで


「そうか、そうしたら
『星』と書いて『スタア』ってのはどうだ?」


  はぁっ?
  コイツ、ホンマに頭湧いてんのか?

  なんで読みが英語やねん!
  それ読みちゃうやろ
  単なる英訳やろ
  読みと訳もわからんのかコイツは

  ああ、あれか、あれなんか?
  キラキラネームだけにスターとか、駄洒落か?
  オモロないんじゃっ!ボケェッ!

  ……

  まぁ、一旦空から離れよか?


「おぎゃぁぁぁぁぁ! おぎゃぁぁぁぁぁ!」

「そうだなぁ、そしたら、輝星(ベガ)、光宙(ぴかちゅう)、月(らいと)……」


  どんだけ星とか宇宙好きやねん!
  天文部かっ!
  空は一旦離れろ言うたやろっ!


「まだまだあるぞ……」

その後もキラキラネームランキングに出て来そうな名前を、
次々と列挙していくおとうやん。

「おぎゃぁぁぁぁぁ! おぎゃぁぁぁぁぁ!」

おっさん赤ちゃんはずっと泣き続けるハメになる。


  ボケェッ!
  いい加減、泣き疲れてきたわっ!

  あかんっ!
  ここでワイが泣き疲れて寝てもうたら
  知らんうちにキラキラネームつけられてしまうがなっ


「そうだなぁ、
皇帝(エンペラー)……
露西亜(ロシア)とかもいいな」


  もうそれ国の名前やんけっ!

  はっはぁーん、わかったで
  さてはコイツ、元ヤンキーやろ?
  『夜露死苦(ヨロシク)』とか壁に落書きしてたクチやろ?
  『露』の字がカッコイイとか思ってるんやろ?

  そういえば、キラキラネームて
  別名DQN(ドキュン)ネームだって聞いたことあるわ

  さてはコイツDQNか? DQNなんか?

  ワイの親DQNなんかっーーー!?

  あかんがなっ!


  そもそも『夜露死苦(ヨロシク)』の『露』ってなんやねん?
  『夜』『死』『苦』はダークなイメージで、悪そう、カッコイイ、まぁわかる
  『露』? つゆ? ……ロシア?

  ロシア、ディスっとるんか!? そうなんか?
  ロシアは美女多いって知っててディスとるんかっ!?


何故おっさんがそんなにロシア美女に思い入れがあるのかは知らないが、
その後もおとうやんがキラキラネームを口にする度に
全力で泣かざるを得ないことになるおっさん赤ちゃん。

-

「もういっそシンプルな感じで『二郎(ジロー)』とか」

おとうやんも名前を考えるのに若干疲れて来た模様で、
ようやく一般的な名前が出て来たのだが、
それでもおっさんは気に入らない。


  長男に『一』以外の数字入れたらあかんやん
  ワイ、長男と違うんか? 次男なんか?


そうした数字にこだわる人も
今はいないのかもしれないが
おっさんは昔ながらのおっさんであるため、
そういうところも気になって仕方ない。


  まぁでもワイ野球好きやしな
  ほら、似たような名前で
  ごっつい有名な野球選手がいるやろ?
  『一(イチ)』が付くやつやで


「サブロー」

  なんでそっち行くしー
  減らさなあかんのになんで増えてんねん

「四郎」

  アカン!

「五郎」

  アカン!

「六郎」

  アカン!

「七郎」

  アカン!

「八郎」

  アカン!

「九郎」

  アカン!

「十郎」

  イケるやん!
  渋いやんけ!


何故『二』から『九』がダメで『十』はOKなのか、
おっさんの基準もよくわからない。

-

そんな、おとうやんとおっさん赤ちゃんの攻防を
ここまで黙って見ていたおかあやんが、
部屋の中をぐるっと見渡した後に、突然口を開く。

「『タクミ』とかどうやろか?」


  お嫁ちゃんが付けてくれる名前なら
  どんな名前でもワイは大歓迎やで!

  こんなアホに名前付けられるよりは百倍マシやわ


「タクミかぁ……
ワシが大好きだったバイク漫画(暴走族)の
主人公もタクミって名前だったな……
うん、いいんじゃないかな」

よくわからない理由だが
おとうやんの同意も得たおかあやん。
ヤンキー漫画をバイク漫画と言っているあたり、
おかあやんには元ヤンキーであるとこは内緒なのだろうか。


「ほな、
あんたは今日からタクミやな、
これからは『たっくん』って呼ぶさかいな」


  『タクミ』
  まぁ普通の名前で安心したわ
  さすがお嫁ちゃんやで

  ……しかし、どっかで聞いたことある名前やな

  ……どこやったかな

  ……

  ……

  それ! ワイの前世の名前やんけっ!!


今のおかあやんことお嫁ちゃん、うっかり、
おっさん赤ちゃんに元旦那の名前をつけてしまう。

いや、うっかりなのか確信犯なのか、
真偽のほどは定かではないのだが。


「たっくんか、いい名前じゃないか、
この子にぴったり、似合ってるな」


  お前もお前やっ!
  嫁の元旦那の名前ぐらい知っとけよっ!
  どんだけゆるいねん!


「たっくん(はあと」

おかあやんは満足気に
おっさんおかちゃんを抱っこしながら
その名前を何度もつぶやく。


  前世のワイのこと気にしてくれるんわ、
  ホンマにありがたいんやけどな……

  お前ら、ホンマにそれでいいんか?いいのんか?

  なんかいろいろ間違っとる気がするんやけど、
  それはワイの思い過ごしなんか?

  嫁が元旦那の名前を子供につけるとか
  いろいろと問題あるんと違うんか?

  普通の夫婦だったら、
  なんでそんな名前にすんねん?とか揉めるやろ
  大喧嘩になるやろ?
  離婚になってもおかしない案件やろ

  いやワイとしては別れて欲しいところやけどもや
  それやとお嫁ちゃんとワイが路頭に迷ってしまうし……

  そういうこと抜きにしても
  なんかいろいろおかし過ぎるわっ!


そんなおっさんの心配を他所(よそ)に
おかあやんもおとうやんも
嬉しそうに我が子の名前を呼び続けている。

「たっくん(はあと」
「たっくん(はあと」


  ワイも薄々そうなんかなぁと思ってたんやけどな……

  この二人、二人揃ってポンコツやんけっ!

  お嫁ちゃんはそういうとこ天然で
  可愛らしいお茶目さんやとは思っとったけど

  この男もヤベー奴やんけっ!


  あかん、あかんがな

  これ、ワイがしっかりせなあかんパターンのやつや!

  これ、この先どないすんねんっ!


そうそうにおかあやんとおとうやんの
ヤベー奴具合を悟ってしまったおっさん赤ちゃん。
ただ、たっくんという名前に馴染むのは早そうではある。
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