第1話
文字数 1,595文字
『今日の午後七時に、ここで待ってる』
これでよしっと。
震える指でメッセージを入力し、店の地図のリンクを貼り付けると、「えいやっ!」と、いつにない気合の声とともに送信ボタンを押す。
ほどなくして既読マークがつくと、『OK』 『楽しみ』という二つのスタンプが返ってきた。
明日7月2日は、大学時代にサークルで知り合ってから5年の付き合いになる奈都の誕生日。
そこで俺は、プロポーズをする決意をした。
周囲から——それも、大学のサークル仲間からの結婚報告がここのところ立て続けに届き、そのたびに口にはしないが『そろそろわたしもしたいな』という雰囲気を彼女が醸し出しはじめたのと、『これから先も一緒にいるなら、奈都しかいないな』と俺がぼんやりと思いはじめたのが、この一大決心をするきっかけだった。
要はお互いのタイミングが合ったってことだ。
奈都の誕生日を選んだのは、他でもない。
プロポーズ記念日を忘れないためだ。
誕生日、付き合った記念日、初デート記念日、初キス記念日……これ以上記念日が増えたら、本当にお手上げだ。
だったら、奈都の誕生日とプロポーズ記念日を一緒にすれば、さすがに忘れることもないんじゃね? と思ったのだ。
いや、マジで。記念日覚えるの、ほんとムリなんだって。
歴史の年号みたいに、誰か語呂合わせでも考えてくれと言いたい。
「あーおいしかったぁ。いいお店知ってるんだね、悟」
食事を堪能したあと、食後のコーヒーを一口含むと、幸せそうな表情を浮かべる奈都。
「ふふん、まあな」
種明かしをすれば、なんのことはない。
職場の先輩に『雰囲気のいい店、知りませんか?』って聞いて、教えてもらっただけなんだけど。
ダークブラウンの床と真っ白な壁に囲まれた店内は、暖色系の照明にあたたかく照らされ、それぞれのテーブルは、お互いのプライベートタイムを邪魔しないよう、広めに間隔を取って置かれている。
たしかに、プロポーズをするにはうってつけの、雰囲気のいい店だ。
いくつか教えてもらった店の中から、悩みに悩んだ挙句、ここに決めた一か月前の自分を目一杯褒めてやりたい。
さて、そろそろ、か。
食後のコーヒーと同時に、例のアレが出てくるはずなんだけど……。
と思っていたら、店内の照明が落とされ、五本のロウソクに火を灯した小ぶりのケーキが、ワゴンに乗せられ運ばれてきた。
「え……」
そのケーキを見て絶句する奈都。
そこには、『Happy Birthday』の文字の代わりに、『結婚しよう』と書かれたチョコプレートが飾り付けられていて。
「奈都、結婚しよ」
改めて俺がそう言葉にすると、唇をキュッと引き結んで、涙をこらえるような表情で、奈都が何度も何度もうなずいた。
「ほんとびっくりしたよー、あのサプライズには」
店を出ると、夜の街を駅に向かって手をつないでゆっくりと歩いていく。
「普段しないヤツがすると、余計にびっくりするだろ」
「もうっ、それ自分で言う?」
そう言って奈都がクスクス笑う。
「絶対わたしの誕生日を一日間違えて、誕生日パーティーをしてくれてるんだと思ってたよー」
…………は?
「ねえ、明日のわたしの誕生日、わたし行きたいお店があるんだ。そこでもいい?」
「あ、ああ、うん……もちろん」
戸惑いながらも、俺はこくりとうなずいた。
ウソだろ……?
7月2日だから『奈都』だって……。
いやちがう。7月2日が予定日だったんだけど、結局生まれたのが7月3日の0時0分だったって……言ってなかったか?
「7月2日(奈都)の日がプロポーズ記念日かー。これは絶対に忘れないね」
そう言って、奈都がうれしそうな笑みを浮かべた。
やべえ。今日が誕生日だと思って間違えたとは、口が裂けても絶対言えねえ。
そして、誕生日とプロポーズ記念日を間違えて怒られる未来しか見えない俺は、密かに頭を抱えるのであった。
(了)
これでよしっと。
震える指でメッセージを入力し、店の地図のリンクを貼り付けると、「えいやっ!」と、いつにない気合の声とともに送信ボタンを押す。
ほどなくして既読マークがつくと、『OK』 『楽しみ』という二つのスタンプが返ってきた。
明日7月2日は、大学時代にサークルで知り合ってから5年の付き合いになる奈都の誕生日。
そこで俺は、プロポーズをする決意をした。
周囲から——それも、大学のサークル仲間からの結婚報告がここのところ立て続けに届き、そのたびに口にはしないが『そろそろわたしもしたいな』という雰囲気を彼女が醸し出しはじめたのと、『これから先も一緒にいるなら、奈都しかいないな』と俺がぼんやりと思いはじめたのが、この一大決心をするきっかけだった。
要はお互いのタイミングが合ったってことだ。
奈都の誕生日を選んだのは、他でもない。
プロポーズ記念日を忘れないためだ。
誕生日、付き合った記念日、初デート記念日、初キス記念日……これ以上記念日が増えたら、本当にお手上げだ。
だったら、奈都の誕生日とプロポーズ記念日を一緒にすれば、さすがに忘れることもないんじゃね? と思ったのだ。
いや、マジで。記念日覚えるの、ほんとムリなんだって。
歴史の年号みたいに、誰か語呂合わせでも考えてくれと言いたい。
「あーおいしかったぁ。いいお店知ってるんだね、悟」
食事を堪能したあと、食後のコーヒーを一口含むと、幸せそうな表情を浮かべる奈都。
「ふふん、まあな」
種明かしをすれば、なんのことはない。
職場の先輩に『雰囲気のいい店、知りませんか?』って聞いて、教えてもらっただけなんだけど。
ダークブラウンの床と真っ白な壁に囲まれた店内は、暖色系の照明にあたたかく照らされ、それぞれのテーブルは、お互いのプライベートタイムを邪魔しないよう、広めに間隔を取って置かれている。
たしかに、プロポーズをするにはうってつけの、雰囲気のいい店だ。
いくつか教えてもらった店の中から、悩みに悩んだ挙句、ここに決めた一か月前の自分を目一杯褒めてやりたい。
さて、そろそろ、か。
食後のコーヒーと同時に、例のアレが出てくるはずなんだけど……。
と思っていたら、店内の照明が落とされ、五本のロウソクに火を灯した小ぶりのケーキが、ワゴンに乗せられ運ばれてきた。
「え……」
そのケーキを見て絶句する奈都。
そこには、『Happy Birthday』の文字の代わりに、『結婚しよう』と書かれたチョコプレートが飾り付けられていて。
「奈都、結婚しよ」
改めて俺がそう言葉にすると、唇をキュッと引き結んで、涙をこらえるような表情で、奈都が何度も何度もうなずいた。
「ほんとびっくりしたよー、あのサプライズには」
店を出ると、夜の街を駅に向かって手をつないでゆっくりと歩いていく。
「普段しないヤツがすると、余計にびっくりするだろ」
「もうっ、それ自分で言う?」
そう言って奈都がクスクス笑う。
「絶対わたしの誕生日を一日間違えて、誕生日パーティーをしてくれてるんだと思ってたよー」
…………は?
「ねえ、明日のわたしの誕生日、わたし行きたいお店があるんだ。そこでもいい?」
「あ、ああ、うん……もちろん」
戸惑いながらも、俺はこくりとうなずいた。
ウソだろ……?
7月2日だから『奈都』だって……。
いやちがう。7月2日が予定日だったんだけど、結局生まれたのが7月3日の0時0分だったって……言ってなかったか?
「7月2日(奈都)の日がプロポーズ記念日かー。これは絶対に忘れないね」
そう言って、奈都がうれしそうな笑みを浮かべた。
やべえ。今日が誕生日だと思って間違えたとは、口が裂けても絶対言えねえ。
そして、誕生日とプロポーズ記念日を間違えて怒られる未来しか見えない俺は、密かに頭を抱えるのであった。
(了)