第3話 君といつまでも

文字数 797文字

「ちょっと、あなた。何ぼーっとしているの」
 妻の恵子が、せっかちな声をかけてきた。

 旅先の漆器店で、美しい塗りの夫婦腕を眺めなら、思い出に浸っていた所だったのに。

「いや、これなんか良いと思うんだけれど」
「旅のお土産にしては、高価過ぎるわよ。それに、食洗機に入れられないでしょ」
 切って捨てる妻。
 洗い物は僕の担当なんだから、別にいいじゃないか。そう言いたくなったがここはグッと堪える。

「旅の土産というより、結婚40年の記念にどうだろう」
「あなた、40年目は、ルビー婚式なの知っているかしら」
「見てご覧よ。手に馴染むいい品物だ。記念なんだから、たまには君と揃いののものも素敵じゃないかい」
「あなたって、たまにロマンチックなこと言うわよねぇ」
 仕方ないと、ため息を吐く妻からお許しが出たところで、僕は店の主人に声をかけた。


 あれから50年。
 僕は、大人になり、結婚して、今では孫もいる。
 あの日の理想はどこへやら。
 僕が好きになってしまった女性は、華やかで逞しい人だった。

 なんでこんな気の強い女と結婚してしまったのだろう。そう思った日も幾らかはあるけれど、今日があるのは彼女のおかげだ。

 この年代で、管理職まで勤めあげた精力的な妻は、今もダンスや歌のサークル活動、まちのなんとか委員やらボランティア活動で忙しい。
 たまに巻き込まれるが、出不精な僕には丁度良い。

 彼女によく似た快活な2人の娘に恵まれ。
 彼女の血を色濃く受け継いだ元気な孫に囲まれて、僕の周りはいつも賑やかだ。

 幼い日の、苦くも温かい夫婦茶碗の思い出は、僕に思いやりと、愛の基本を教えてくれた。
 周囲におしどり夫婦と揶揄される僕の、夫婦円満の原点はそこにあるのかも知れない。

 君といつまでも一緒にいたいから、美味くて栄養のある味噌汁のレシピでも研究してみようか。 
「お待たせ」
 僕はで包みを受け取り、出口付近で待つ君に微笑みかけた。
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