第29話 ミルキーウエイ④
文字数 1,773文字
wi-fiが通じる公民館の中に入るとすぐ、スマホから通知音が鳴り出した。
スマホを開くといくつものメールや電話が来ている。
それらは無視して、秀一 は歩きながら手早く正語 にメールを打った。
『懐かしい人とご飯を食べることになったから、昼に待ち合わせできなくなった。ごめんなさい。西手 で待ってて』
やっと正語に連絡ができた。
あとは由美子に正語のことを話し、一緒に『西手』に行けばいい。
秀一は岩田について歩きながら、安堵した。

岩田は公民館のエントランスホールに設 た、テーブルセットに腰を下ろした。
秀一も岩田の正面に座る。
吹き抜けになっている階上からは子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。
秀一はふと顔を上げた。
二階の集会室には涼音 と夏穂 がいるはずだ。
「真理子さんが、まだいらしてないんですよ」と岩田。
秀一は岩田に顔を向けた。
「坊ちゃん、お昼はどうなさるんですか?」
岩田は尋 ねながら、秀一の肩越しに目をやり、小さく会釈した。頬が微かに緩んでいる。
誰がいるのかと、秀一は振り返ったが、受付事務所のドアが閉まるのを見ただけ。
人の姿は見えなかった。
「真理子さんがいらしたら、三人で食べましょう。お二人に聞いて欲しい話があるのです」
「オレ、野々花 さんの所で食べるよ」
何気なく言ったら、岩田が眉を吊り上げた。
「パンケーキなんぞを食べるんですか!」
ドギマギした。日本人なら米を食えと言われそうだ。
「……大事な用があるんだ……終わったら、すぐまた戻ってくるよ……」
約束だから、由美子と賢人が来ている事を、岩田に話すわけにはいかない。
納得してもらえるか不安だったが、意外にも岩田は大きくうなずいた。
「なるほど、そういうことですか。せいぜい叱っておやりなさい」
「へっ?」
「智和さんも困ったものですな。娘ほど年の離れた女に入れ上げるとは、町中のいい笑い者です」
父が一体どうしたのかと、秀一はポカンとした。
「痛くもない腹を探られて、野々花さんもいい迷惑でしょう。東京から一人でこの町に来て、やっと店が軌道に乗ったというのに、『西手』の後妻を狙っているだのと噂が立ってしまい、あの店に行く者も減ってしまいました」
秀一は理解した。
凛が言っていた『野々花が秀一のお母さんになろうとしている』の意味もわかった。
「……うちの父さんが、野々花さんを困らせているんだね……」
「坊ちゃんの口からはっきり言っておあげなさい。今頃もきっと野々花さんの店に入り浸っていますよ」
(……父さんったら、なにやってんだよ……)
野々花といえば、東京から来たおしゃれなお姉さんという印象が強い。
亡くなった秀一の母親とも親しかったし、由美子も野々花を頼りにしているようだ。
身内が世話になっているというのに、秀一の父はその野々花に迷惑をかけているのか……。
「……わかった。オレから父さんに言っておく」
岩田は頼もしげにうなずいた。
「真理子さんが来てからと思ったのですが、坊ちゃんに先にお見せしましょう」と岩田は立ち上がった。「今、持ってきます」
古い写真が出てきたんですと、岩田は珍しく笑った。「驚きますぞ」
「オレ、ちょっと集会室に行ってくる」と秀一も立ち上がった。
やはり涼音の様子が気になる。
「どうぞごゆっくり。写真を持って行くのに何か包むものが入り用でしょうから、探しておきます」
岩田はそう言って、受付事務所に向かった。
その時、秀一のスマホから電話の着信音が鳴った。
急いでスマホを開く。
正語かと期待したが、それは正語の父親、正思 からだった。
『秀ちゃん、正語ったら、ひどいんだよ! 僕の車、勝手に乗って行っちゃったんだ! 何度電話しても出ないしさ!一輝 くんのスマホデータが、復元出来たんだよ。光子さんに車借りて、僕も今そっちに向かってる』
正思の早口を聞きながら秀一は、岩田が受付事務所に入っていくのを見ていた。
岩田は入口で一瞬立ち止まった。
小さく頭を下げて、後ろ手にドアを閉めた。
——それが、秀一が生きている岩田を見た最後となった。
正思の言葉は続く。
『音声メッセージが残ってたんだけど、一輝くんが亡くなった日、秀ちゃんは、みずほにいたんだね。その事、正語に話した方がいいよ。捜査に役立つと思うから、亡くなる直前の一輝くんの様子、教えてあげて』
スマホを開くといくつものメールや電話が来ている。
それらは無視して、
『懐かしい人とご飯を食べることになったから、昼に待ち合わせできなくなった。ごめんなさい。
やっと正語に連絡ができた。
あとは由美子に正語のことを話し、一緒に『西手』に行けばいい。
秀一は岩田について歩きながら、安堵した。

岩田は公民館のエントランスホールに
秀一も岩田の正面に座る。
吹き抜けになっている階上からは子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。
秀一はふと顔を上げた。
二階の集会室には
「真理子さんが、まだいらしてないんですよ」と岩田。
秀一は岩田に顔を向けた。
「坊ちゃん、お昼はどうなさるんですか?」
岩田は
誰がいるのかと、秀一は振り返ったが、受付事務所のドアが閉まるのを見ただけ。
人の姿は見えなかった。
「真理子さんがいらしたら、三人で食べましょう。お二人に聞いて欲しい話があるのです」
「オレ、
何気なく言ったら、岩田が眉を吊り上げた。
「パンケーキなんぞを食べるんですか!」
ドギマギした。日本人なら米を食えと言われそうだ。
「……大事な用があるんだ……終わったら、すぐまた戻ってくるよ……」
約束だから、由美子と賢人が来ている事を、岩田に話すわけにはいかない。
納得してもらえるか不安だったが、意外にも岩田は大きくうなずいた。
「なるほど、そういうことですか。せいぜい叱っておやりなさい」
「へっ?」
「智和さんも困ったものですな。娘ほど年の離れた女に入れ上げるとは、町中のいい笑い者です」
父が一体どうしたのかと、秀一はポカンとした。
「痛くもない腹を探られて、野々花さんもいい迷惑でしょう。東京から一人でこの町に来て、やっと店が軌道に乗ったというのに、『西手』の後妻を狙っているだのと噂が立ってしまい、あの店に行く者も減ってしまいました」
秀一は理解した。
凛が言っていた『野々花が秀一のお母さんになろうとしている』の意味もわかった。
「……うちの父さんが、野々花さんを困らせているんだね……」
「坊ちゃんの口からはっきり言っておあげなさい。今頃もきっと野々花さんの店に入り浸っていますよ」
(……父さんったら、なにやってんだよ……)
野々花といえば、東京から来たおしゃれなお姉さんという印象が強い。
亡くなった秀一の母親とも親しかったし、由美子も野々花を頼りにしているようだ。
身内が世話になっているというのに、秀一の父はその野々花に迷惑をかけているのか……。
「……わかった。オレから父さんに言っておく」
岩田は頼もしげにうなずいた。
「真理子さんが来てからと思ったのですが、坊ちゃんに先にお見せしましょう」と岩田は立ち上がった。「今、持ってきます」
古い写真が出てきたんですと、岩田は珍しく笑った。「驚きますぞ」
「オレ、ちょっと集会室に行ってくる」と秀一も立ち上がった。
やはり涼音の様子が気になる。
「どうぞごゆっくり。写真を持って行くのに何か包むものが入り用でしょうから、探しておきます」
岩田はそう言って、受付事務所に向かった。
その時、秀一のスマホから電話の着信音が鳴った。
急いでスマホを開く。
正語かと期待したが、それは正語の父親、
『秀ちゃん、正語ったら、ひどいんだよ! 僕の車、勝手に乗って行っちゃったんだ! 何度電話しても出ないしさ!
正思の早口を聞きながら秀一は、岩田が受付事務所に入っていくのを見ていた。
岩田は入口で一瞬立ち止まった。
小さく頭を下げて、後ろ手にドアを閉めた。
——それが、秀一が生きている岩田を見た最後となった。
正思の言葉は続く。
『音声メッセージが残ってたんだけど、一輝くんが亡くなった日、秀ちゃんは、みずほにいたんだね。その事、正語に話した方がいいよ。捜査に役立つと思うから、亡くなる直前の一輝くんの様子、教えてあげて』