無理だ

文字数 1,079文字

「あの、電話終わったんだけど、あっちで真面目な話をしてもいい?」
「う、うん」

 彼から、真面目な話? 珍しいな。何があったんだろう。

「俺に彼女がいるっていうことを報告する動画を、メインかサブかどっちかのチャンネルへ投稿したいと思う」
「......なんで?」

 たまにしか出ない彼が外で声をかけられるのは顔ファンと言われる層が居るからである。ファンから届くというお手紙やプレゼントを見ると、誕生日なんて特にアイドルと勘違いされてるなと思うくらい来ている。

「メンバーが俺の恋人を探す動画を俺に内緒で撮ろうとしてるみたいで。さすがにそれはまずいから。貴女が居るのに」
「……良いんじゃないかな? 動画撮っても」
「えっ?」
「私より良い人、見つかるかもよ」
「なんでそんなこと言うの」
「これから先もこの仕事をしている貴方と過ごせる自信がないの。私と付き合ってすぐの時、普通の会社員だったでしょ。だったら、私とは別れて最初からYouTuberの動画編集だってわかっている人と付き合うのが良いんじゃないかなって」

 そう言うと、彼はすごく悲しそうな顔をした。私の今の言葉は世間でよくいう「私と仕事、どっちが大事なの?」とほぼ同義だ。自分でもすごくひどい言葉を発したと思う。

「彼女に振られたから彼女探す企画しますってことにして貰ったら?」
「……俺が、そんな軽い気持ちで付き合ってると、思われてたの?」
「少なくとも結婚はすぐじゃないだろうとは思ってた。以前より収入は増えたと思うけど、貴方の仕事量を見る限り、1人で生きる前提って感じじゃない? 誰かと暮らすってことを想定してない仕事のやり方や日常の暮らし方って感じ」

 今、この人は私よりも仕事が大事だ。私はそれを理解して動いてるつもりだった。でも、いざ今までの出来事を振り返って真面目に将来を考えると、この仕事人間と過ごす日々が想像できない。そんな状態で彼女が居ますなんて動画を撮り公開してしまったら、簡単には別れられない、別れた動画も撮り、別れた理由なんかもカメラ前で色々話されてしまうだろう。

「転職してから急に誰か来ても良いようにって私のもの全部回収してたし、本とか貸しているものもないし、別れても問題ないよね」
「え、俺のこと嫌いなの?」
「好きだよ。でも、今の貴方は結婚相手ではないかな」
「じゃあ」
「私、結婚したいから。ごめんね。今までありがとう」

 合鍵とさっきまで読んでた彼の好きな小説をテーブルに置いて鞄と上着を持って玄関へと向かう。彼は追いかけてこない。やっぱり仕事が大事なんだ。

 ……訂正、貴方のこと好きじゃない。大嫌いだ。
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