第9話

文字数 3,853文字

十二月、第三土曜日の夜、マンションの一室に僕たちはいた。1LDKの鉄筋コンクリート造、僕の家よりも広い。大きな丸いローテーブルを囲んで6人が座っている。
忘年会の店探しは難航したようで、常松から僕と奈須に提案があったのは先々週の金曜日だった。
「すみません、会社の近くのお店、よさそうなところが全滅でした」
パーティション越しに奈須と僕の二人に向けられた声は元気がなかった。探してもらっただけありがたいと思い、じゃあ今年は忘年会はなしにしようかと言おうとしたところ、
「なのでクリスマスパーティをしませんか?」
と明るい声が続いた。
「クリスマスパーティ?」
奈須の声色からは怪訝な表情が容易に想像できる。
「そうです、門前の家で私と寺脇でやろうって言ってたんですけど、門前に忘年会のこと話したら、皆でうちに来ればよくない? って言ってました。なのでいかがでしょう?」
「え、いいの? 門前さんの家にお邪魔するのは迷惑じゃ……」
僕がそう言ったのが聞こえたのか、それともたまたま近くを通りかかったのか、門前さんが近づいてきて
「全然! 全然迷惑じゃないですから遠慮しないでくださいね! あ、もし先約がなければですけど!」
そう言って去っていった。と思ったら戻ってきて、
「あと守本も誘っときましたから!」
と付け加えて去っていった。
「え、守本来るの?」
と常松は知らなかった様子だったが、僕としては、一気に参加意欲の高まる一言だった。守本が来るのだったらいってみようかなと思っていると
「じゃあ、お言葉に甘えてそうしますか!」
と奈須が言ったので、僕もそれに乗っかったのだった。
というわけで、今僕の隣から時計回りに、常松、奈須、門前さん、寺脇さん、守本、がたこ焼き器を囲んでいる。たこ焼き以外にもローストビーフ、いろんなチーズ、生ハムでくるまれた何か、パン、フルーツ、サラダが置かれていて、奈須と守本がビール、残りはワインを手に持っている。
「はい、では今年もお疲れさまでした、メリークリスマス!」
門前さんの声に続いて「お疲れー」「メリークリスマスー」とバラバラな声が響いて忘年会兼クリスマスパーティが始まった。
「さて、たこ焼き焼いてこ」
そう言うと門前さんは一式を守本に渡す。
「このたこ焼き器、守本のなんです」
そう紹介された守本はすでにスイッチが入っていた鉄板の温度が上がるのを見計らっているようだった。
「うちになかったんで、近所だし守本に借りればいいやって思って」
「そんなに近所でもないけどな、二駅って」
油をひきながら守本が言う。
「守本って、たこ焼き焼くの得意なの?」
ボトルのビールを飲みながら奈須が聞くと
「別に得意とかじゃないですけど、うち両親が大阪なんで。俺も9歳まではあっちでしたし」
生地を流し込んでいく。
「えー大阪出身だったんだ! 知らなかった。お前ら知ってた?」
そう奈須に聞かれた常松や寺脇さんは知ってましたと頷いている。
「同期なんで、新入社員研修の時の自己紹介から知ってます」
穏やかな口調で寺脇さんが答える。
「あーそっかー、同期だもんなー。ひょっとして仙川さんも知ってました?」
「いや、知らなかったよ」
僕はたこ焼き器を見たことがなかったのでまじまじと見ていた。本体に貼られたシールを見るとプレートを交換してホットプレートとしても使えるらしい。
 それにしても広くて綺麗なリビングだ。営業部門と間接部門で給料がまったく違うのは知っていたが、こんな家に住めるとはさすが若手のホープなだけある。たこ焼きの匂いがつくの大丈夫なのだろうか、とか考えてしまう。料理はどれもおいしくて、特にローストビーフがすごくおいしかった。
「ローストビーフ、すごくおいしいね」
思わずそう言うと、
「それ私が作ったんですよ!」
と常松が答える。奈須も一口食べて「うめえ!」と言っていた。
「常松ってローストビーフとか作れる人だったんだ……」
と感心した。一緒に仕事をしていてもわからないことがたくさんあるんだなとしみじみ思う。
「はいできましたよ、召し上がれ。ソースとかはお好みで」
守本は一仕事終えたようにビールを飲む。わーっと皆子供のようにたこ焼きを眺める。
「実は私たこ焼きパーティって初めてなんです」
と寺脇さんが言うと
「私もだよ」
と門前さんがフーフーとたこ焼きを冷ましながら言う。
「え、そうなんだ、てっきりタコパやるの門前の発案だと思ってた」
常松がワインを飲みながら言うと、門前さんはハフハフと口を動かしつつ、手を横に振りながら首も横に振る。
「……、あーおいしい。熱いけど。タコパは守本発案で、だからうちにたこ焼き器ないから持ってきてもらったの。近いから」
「近くはないけどな」
守本はキッチンで冷蔵庫のビールを取り出しながら返事をしていた。大阪出身だということを知った後だと、こうやって律義にツッコむのもひょっとして癖なのかもしれないと思った。
「てかなんで守本居るんだっけ?」
常松が門前さんに聞くと、守本はたこ焼きを食べながら一瞬常松を見たが何も言わなかった。
「え、ほら、仙川さん来るし、守本と仲良さそうだから呼んだら楽しいんじゃないかなーって思って、それで呼んだの」
門前さんの視線が一瞬寺脇さんの方を見た気がした。
「あー、そういうことかー!」
急にはしゃぐような声で常松が言うので、びっくりしてしまった。よくみたらボトルがもう空だ。
「常松もう酔ってんの? ペース速いなー」
奈須が感心するように言う。寺脇さんがキッチンから新しいワインと、グラス一杯の水を持ってきて水を常松の前に置く。
「ありがと、寺脇ー」
抱きつく常松の頭を寺脇さんがポンポンと撫でて、自分の席に戻る。
「たこ焼きおいしい。守本くん焼くの上手なんだね」
微笑む寺脇さんに言われると、守本もまんざらでもないのか
「まあね、結構家によって違うと思うけど俺はうちのが好きかな」
と優しく答えていた。
 その後、一年の振り返りをそれぞれが話して、売り上げ達成率一位を表彰された門前さんを祝って乾杯などをしていたら、あっという間に時間が過ぎて、結構皆酔いが回ってしまった。常松はすでにソファで寝ているし、奈須は明日の予定があると言ってさっき帰ったところだ。守本はたこ焼きの材料がなくなるまで焼き続けている。「食べられなくて余ったの冷凍しといたらいいよ」と守本が言うと門前さんが「天才じゃん!」と褒めていた。僕は皿を片付けている寺脇さんを手伝おうと思いキッチンに向かったが、この家には食洗機があり「入れるだけだから大丈夫ですよ」と笑顔で言われてしまったので特に何もすることがない。ソファに座って皆を眺めていると、なんだか若者の中に自分だけ混ざってるような気がして急に居心地が悪くなってきた。そんな僕に気を使ってくれたのかわからないが寺脇さんが会話を振ってくれた。
「仙川さんって、猫派ですか? 犬派ですか?」
「えー、どうだろう、どっちも飼ったことないからなあ。なんで?」
「さっき、奈須さんと話してて、買ってる猫ちゃんの写真見せてもらったんです。すごい可愛がってるみたいで、それで仙川さんにも聞いてみました」
「へー、奈須って猫飼ってたんだ。知らなかった。」
「奈須さん実家住まいで、子供のころから飼ってるらしいですよ」
その後、寺脇さんが実家で犬を飼っていたことを話してもらったりして、ふと時計を見ると23時を過ぎていた。片付けもあらかた終わったし、そろそろお暇しようかなと思い、仕度をしていると
「あれ、仙川さん帰ります?」
と守本が言うので、
「うん、そろそろ終電だし」
と答える。
「あ、俺も一緒に帰るんで、このたこ焼き終わるまで待ってください」
そう言われたので、またソファに腰を下ろした。とはいえ、見たところまだ材料が残っていて、すぐに全部焼きあがるのかどうか不安だったが、急かすのも何だか大人気ないので黙って待つことにした。

「はい、できあがり、あとは冷まして冷凍したらいいよ」
という声がうっすら聞こえたころには半分眠ってしまっていたようで、
「お待たせしました」
と守本に体を揺すられて目を覚ました。門前さんにお礼を言って家を出る。寺脇さんは泊まるようで門前さんと一緒に玄関で見送ってくれた。
マンションを出たところでスマホを見ると、0時を過ぎていた。
「あれ、あれあれ」
電子タバコを吸っている守本が振り向いて僕を見ながら、
「ひょっとして終電なくなっちゃいました?」
と言ってきたので、僕は頷いて頭の中でタクシー代を計算していた。
「んじゃうちに来たらいいですよ」
ここからタクシーで帰ると諭吉が飛んでいくことを考えたら、それはとても魅力的な提案だったのだけど、一方で自分の中の良心が、それはよくない、というアラートを発していた。アラートの理由は下心だ。
「え、でも悪いよ」
「でもタクシーだとすごいお金かかっちゃいません? もったいないですよ」
僕の返事を待たずに、近くの広い道路に向かって歩き出してしまった。
「とりあえずうちまでタクシー拾いますか」
「え、ほんとにいいの?」
「はい、ほんとにいいですよ。うち客用の布団もあるんで」
正直なところ、同じベッドだったらどうしよう、それは困るなとか、とはいえ床で寝るのは辛いな、とか勝手なことを考えていたので、それを見透かされたような気がして恥ずかしい気持ちになった。
「タクシー来なさそうですね、歩きますか」
そう言うとまた歩き始めてしまった。
「え、でも二駅あるんじゃないの?」
「二駅なんて近いですよ。行きましょう」
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