第13話

文字数 4,156文字

 僕の向かいには常松と寺脇さん、僕の右側には守本、そして左側に古橋が座っている。
「仙川さんのお友達に会えるなんてラッキーです」
守本が笑顔で古橋に話しかける。
「いや私も、なんとか今年の仕事納めしたから昨日もクリスマスできなかったし、一人でもいいから打ち上げするかって思って来たんだけどなんだかお邪魔しちゃってすみませんねえ。ていうか本当は仕事納め一昨日だったんだけど客がうるさくて。あ、私フリーランスでデザイナーやってるんですけどね」
すごく饒舌なところを見るに、一杯ひっかけてきている可能性があるな、と思った。
「んじゃとりあえずかんぱーい」
古橋の音頭での乾杯というのがよくわからないが、僕も笑顔で乾杯した。
「お二人は大学のご友人とかなんですか?」
寺脇さんがなんの違和感もなく古橋を受け入れてくれているところに懐の深さを感じる。
「いや、前の職場が一緒で。私は独立したんだけど、仙川くんは転職したの」
いくつかの料理とワインを注文していた僕の代わりに、古橋が答えてくれた。
「そうだったんですね、同じ職場で仲のいいお友達がいるっていいですよね」
ニコニコとしている寺脇さんに、古橋も癒されているのか満面の笑みだ。
「そうなの、もうひどい会社でね、サイアクのブラック企業だったから、お互い身を守るためにさ、仲良くなったんだよね」
そう同意を求められて、ワインを飲みつつ、うんうんと頷いた。
「だから、当時は私と仙川くんとあともう1人――」
と続けて言ったのでグラスを置いて左を振り向くと、おっと、という顔をして話すのを止めた。
「えー、なんかわくわくする、仙川さんの過去の話とか聞いたことないから」
常松がなにを聞こうとしているのかを察して身構えてしまう。
「さっき、仙川さん、結構な間彼女がいないって言ってたんですけど、前の職場のときはいたんですか?」
ほらきた。皆に動揺を悟られないように気をつけながら、自然な素振りで古橋を見ると目が合った。常松から死角になるように、片目を動かして合図を送る。古橋は小さく頷く。
「あー、いなかったよね。全然いなかった」
やや棒読みだったが、意図が通じたようでよかった。
「ほんとですかー? じゃあもうずっと、1人なんですね」
常松の言葉には、疑いというよりも、そんなに長い間恋愛をしていない人間がいるのかという驚きのようなものが含まれていて、それはそれで居心地が悪い。
「古橋さんは、よく仙川さんと飲んだりするんですか?」
訊いたのは守本だった。
「うん、結構飲むよね。守本くんのことも聞いてたから、今日実際に会えてよかった。聞いてたとおりイケメンだね」
「イケメン? って仙川さんが言ってたんですか?」
守本が訊き返す。やっぱり古橋は今日結構酔っ払ってるのかもしれないと思った。
「いや、古橋がさ、会社にイケメンいるかって訊いてくるからさ、たまたま思いついたのが守本だったから、それで答えたんだよ、な」
そう言って古橋の方を見ると、こちらを無視してメニューを見ている。
「えー、イケメンかなー」
常松が訝し気に言うと
「じろじろ見るなよ」
守本が手で払う仕草をした。ワインを選んでいた古橋が
「イケメンでしょ、ねえ?」
と寺脇さんに同意を求めると、
「はい、そうですね、かっこいいと思います」
まっすぐに守本を見ながら答える。それに対する守本の「ありがとう」というリアクションはとても紳士的だった。
「ところで皆、仙川くんと同じ部署なの?」
頼むものが決まったのか、メニューから顔を上げて古橋が訊ねる。
「いや、守本は開発で、寺脇さんは経理、一緒の部署なのは常松だけだよ。あと奈須ってのもいて、いつもは3人で仕事してる」
「へえ、部署違っても飲みに来たりするの、いいね」
「この3人は同期なんだよ」
「あ、そうなんだ。え、いま皆いくつ?」
「私と寺脇は24で、守本は、26だっけ?」
常松の問いに、守本が頷く。
「守本くんは、大学院出てるから少しお兄さんなんです」
寺脇さんがフォローすると、
「皆若いねえ、だって私達が中学生のとき、まだ幼稚園だよ?」
古橋が僕の肩を叩いて、いつもの年齢比較をする。
「そういえば、奈須さんの猫ちゃん大丈夫だったんですかね」
「猫?」
寺脇さんの問いかけに、常松、守本、僕の返事がハモった。
「今朝、銀行に行くときエレベーターに乗ったら、奈須さんが走って飛び込んできて、どうしたんですか? って聞いたら実家の猫ちゃんの病気が急変したって言ってたんです」
「あー……」
また3人の返事がハモる。
「そういうことだったんだ」
右側で守本が言うと
「え、なにどういうこと?」
左側で古橋が訊ねる。常松がやや身を乗り出して
「今日、奈須さんが担当してた仕事でトラブルがあったんですけど、てかトラブルというより奈須さんのミスなんですけど、それで私達バタバタしちゃって。でも奈須さん居ないからどういうこと!? ってなってました」
とひと息で言い切った。
「あ、皆知らなかったんだ……」
寺脇さんが手を縦にして口を押さえている。まずいことを言ってしまったかな、という様子だ。常松が続ける。
「でも実は私、奈須さん転職活動でもしてるんじゃないかって思ってたんです。頻繁に半休取るし、仕事中もイライラしてる感じしたから。今日もひょっとして面接かなにかに行っちゃったんじゃないかと思ってて。……疑って悪かったなあ」
それは僕も少し考えていたことだった。
「でも今朝、突然居なくなったんだろ? 有休とればよかったのにな」
守本が言うので、僕が答える。
「有休申請出てたんだけど、それに気づかなかったんだ」
「いや気づかないですよ、当日急に申請して、しかもアラート飛ばないし」
常松がフォローしてくれた。
「アラート飛んでないの?」
チーズをかじりながら守本が訊く。
「そう、宮口さんに頼んだけどまだ直ってないの」
「じゃあ俺が直しとくよ」
即答する守本に僕が
「おお、それは助かる」
と言うと、守本がグラスを口につけたままこちらを見て、ニッコリ笑う。つられて僕もニッコリしてしまった。
「守本、ほんとに仙川さんにだけあからさまに態度違うよね」
常松が肘をついて僕らを見ていた。寺脇さんが頷いている。
「そういえばさ、門前に聞いたんだけど、社員旅行のエレベーターで守本が仙川さんに告ったってほんと?」
常松が突然ぶっこんできたので、急に体中が緊張して、口の中のワインを飲みこむときに、ゴクリと音をたててしまった。
「……そんなことあったっけ?」
僕はとぼけてみたが、
「寺脇も一緒に居たんでしょ?」
常松の追撃が止まらない。
「どうだったかなあ……」
寺脇さんもとぼけてくれている。視線を感じて左を向くと、古橋が見ていたのは僕ではなかった。
「そうだよ、好きって言った」
守本がそう言った途端、僕は一気に顔が火照るのを感じて、胃がキュっとつかまれる感じがした。常松も自分で訊いた癖になんのリアクションもなくて、ただ僕たちを交互に見ている。寺脇さんはじっと、僕を見ている。両手でグラスを抱えて、まるで祈っているような感じだ。さっきまで守本に向いていた古橋の視線は、今僕の左頬に刺さっている。守本の顔は前をまっすぐに向いているような気がするが、視線がどこを見ているのかはわからない。守本の口がもう一度開いた。
「だって好きだからさ」
思わず喉がゴクリと鳴った。今ここで、次の言葉を発することができるのは自分だけだとわかっているのだけど、頭の中では出口を見失った感情がぐるぐるとめぐるだけだった。膝の上の拳を一層強く握り、息を吸ったところで
「え、2人ってゲイなんですか?」
そう常松が言った瞬間、とっさに作り笑いをして
「いや、そんなわけないだろ」
と答えてしまった。常松は「びっくりしたー」と笑っていたが、無意識に古橋の方を見ると、目元は冷ややかなまま、口元に少し笑みを浮かべて常松を見ている。守本が「ふふっ」と笑いながら水の入ったグラスを傾けると、氷がカランと鳴った。
「ほんとに違うんですか?」
そう聞いてきたのは寺脇さんだった。
「え?」
僕はつい聞き返してしまう。
「寺脇、いいって」
守本が氷をガリガリと噛みながら言う。
「よくないよ、守本くんはずっと好きだったじゃない。仙川さんのこと」
少しずつ、寺脇さんの目と耳が赤くなっていくのがわかった。テーブルの上の拳が震えている。
「仙川さんは、守本くんがずっと仙川さんのこと好きだったこと、気づいてますよね?」
寺脇さんがすがるような表情で僕を見る。常松が、「え? なに? なんの話?」と守本と寺脇さんを交互に見た後、僕に答えを求めるように
「え、仙川さん、これなんの話ですか?」
と訊いてきた。僕はなにか答えたかったけれど、なにを言っていいかがわからない。
「私、ずっと守本くんの相談にのってたんです」
「寺脇ー、もういいよ」
守本の制止は届かず、寺脇さんは話を続ける。守本はため息をつくと、お金を置いて店を出ていってしまった。常松が「あたしのせい? まずいこと言った?」と言いながら慌てて追いかけていく。古橋は腕を組んで寺脇さんを見つめている。
「守本くん、仙川さんのことが大好きで、初めて2人で飲みに行けたとか、お昼休みに散歩に誘ったら一緒に行ってくれたとか、嬉しそうに話してました、ひょっとしたらって。でも」
「でも?」
古橋が続きを促す。
「……、守本くんは仙川さんが、その……ゲイの人なんじゃないかって思っていて、もしかしたら自分のこと好きになってくれるかもしれないと期待してたんです。でも、最近、自分の思い込みかもしれないって言ってました」
「どうして?」
僕が訊くより少し早く古橋が口を開いた。
「それは、理由は訊いていないからわからないです」
ワインを一口飲んでから、古橋が僕の方を向く。
「私たちと同じだね」
寺脇さんが怪訝そうな顔で古橋を見る。
「守本くんも寺脇さんに話聞いてもらったんだね、仙川くんみたいに」
「え……? 仙川さんも?」
僕たちを交互に見ながら、徐々に寺脇さんの表情が穏やかになっていく。そのとき、上着も着ずに出ていった常松が自分の両肩をさすりながら、凍えて戻ってきた。
「あー寒いー!」
ハンガーからとった上着を肩にかけて椅子に座ると常松が言う。
「仙川さん、守本たぶん泣いてたんで追っかけてあげてください」
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