第1話 君といた日々

文字数 1,981文字

小学三年生の二学期に転校してきた男の子。
目つきが鋭くとても挑発的で、そのせいで転校生は『不良』扱いされた。
実際、転校生はよくケンカ騒ぎを起こしていた。前の学校でもそうだったらしく、それが問題になって転校してきたのだった。
ケンカの理由を知るまでは、私も関わり合いたくないと思っていた。私は優等生でいる必要があったから余計に。
私には、母親がいなかった。少しでも羽目を外したら、
「これだから、片親の子は」
そう悪く言われることを知っていたから。
片親家庭はひと学年に一人か二人ほどしかいない時代。
せっかく仲良くなったクラスの子たちと、遊ぶことすらできなかった。
「お母さんのいない子とは、遊んじゃダメって言われたから」
みんな正直に、親の言葉を再現してくれた。
その度に私は強がった。悔しくて悲しくて泣きそうになったけれど、平気な顔をしていた。
 
あの日もそうだった。
四年生の冬、クラスで一番人気の女の子が誕生日で、日曜日にその子の家にみんな集まってお祝いパーティーをすることになった。主役の女の子から、直々に誘ってもらえた。
嬉しかった。本当に嬉しかった。ささやかなプレゼントを用意して、当日を楽しみにしていたら、金曜日になって、
「パーティーは中止になった」
と告げられた。中止の理由は、よく分からなかった。
よせばいいのに、私は他の子たちに聞いて回った。こんな直前になぜパーティーが中止になったのか、と。聞かれたみんなは一様に下を向いて、
「中止って聞いただけだから」
と言った。
落胆を抱えたまま日曜日になり、せめてプレゼントだけでも渡したいと思い、その子の家に行った。
そして、知った。
パーティーは開かれていた。玄関の外にまで、楽しげな笑い声が聞こえてきた。小学四年生の、男女ともに子供特有の高音が響いていた。
私抜きで開かれていたパーティー。私を来させないようにつかれていた『中止』という嘘。
心が張り裂けそうなほどショックだった。持っていたプレゼントをその子の庭先に投げ捨てて、私は泣きながら走って帰った。
その帰り道で、あの転校生と出くわした。ボロボロに泣いている私を見て、転校生は初めて表情を変えた。驚いたような、怒ったような、それでいて少し優しい顔だった。
転校生は、まだ涙が収まらない私の手をいきなり掴んで公園まで引っ張っていった。ブランコに並んで座って、
「なんで泣いてるん?」
と聞いてきた。普段の私なら、絶対言わない。特に『不良』と言われている転校生には絶対言わない。
でもこの時の私は、みんなに嘘をつかれたこと、結局パーティーに呼んでもらえなかったことがあまりにもショックで、全部転校生に話した。なぜこんな仕打ちを受けるかも含めて。
転校生は、
「俺と一緒やな」
と言った。
「俺んち、父親がおらん」
そう言った。
転校生の家は母子家庭で、お母さんは生活費のためにホステスをしているから、余計に差別されると言った。転校生はお母さんのことを悪く言われることが許せず、その度に暴れてしまうと言った。
私も同じ気持ちで、悪く言われたくないから良い子でいるようにしていると言った。
「俺ら、同じやな。仲間やな」
そう言って、転校生は初めて笑った。そう言われて、私は嬉しかった。初めて本当の友達ができたと思った。
その日以来、私は転校生と仲良くなった。一緒に帰って、お互いの親が帰ってくるまで、夜になっても公園で遊んだ。砂場でトンネルを作った。穴を掘り進めて、互いの手が触れ合うと、照れながら笑い合った。
いつも二人でいたために、六年生になるころには、私も転校生と同じように『不良』と見られるようになってしまった。
私はそれでもかまわなかった。このままずっと転校生と一緒にいたかった。たった一人の、心を分かち合える友だちだから。
それは多分、転校生も同じだったと思う。いやもしかしたら、それ以上の感情があったかもしれない。お互いに。
だからこそ、一緒にいてはいけなくなってしまった。
私は父から転校生のことでひどく叱られ、学校の中でも完全に孤立してしまった。そんな私を見て、転校生は突然告げてきた。
「もう俺に近づくな」
と。
六年生の秋だった。いつの間にか、私より身長が高くなっていた転校生は、何も言えずにいた私にいきなりサッとキスしてきた。
驚いている私を一瞬見つめたあと、背を向けて、片手を上げて去っていった。
そして翌日、まさかの転校をしていった。あと数ヶ月で卒業だったのに、転校していった。
初めてのキスは、たった一度の、別れのキスだった。
涙が枯れて、喪失感に蓋ができるまでに随分と時間がかかった。
 
今でも夜の公園を見るたびに、秋空を見上げるたびに、胸が疼いて、唇が熱い。
時どき、心のなかで呼びかけてみる。
「ばんちゃん、いま、どうしていますか?」
整った顔立ちの、目つきの鋭いその顔は、小学六年生の時のままだ。   <完結>
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