監視する者
文字数 1,288文字
午後十時五十分。《名嶋巳之助大将像》前。おぼろげな明かりが、ひっそりと静まり返った駅前を照らしている。
電気の消えた百貨店。そこのショーウィンドーに立ったマネキンを眺めながら、煙草を吹かす。
「おう、早いな」
ふと背後から声をかけられた。顔だけで振り返れば、そこには普段と同じ格好に、笑みを浮かべた喜納が立っていた。
「ほれ、いくぞ」
喜納は周囲を見回しそういうと、ゆったりと駅内へと向かい歩を進めた。私は急いで煙草を揉み消すと、キャリーケースを手に、その後に続く。
「なんか、ヤバいことに巻き込まれちゃたみたいっすね」
私は喜納に並ぶと、声を抑えてそういった。
「どうした?」
「家を出てから、ずっとつけられてるんですよ。スーツ姿の二人組に」
私は背後にいるであろうスーツ姿の男、一人はスキンヘッドの中年男、もう一人は若い男、どちらも夜だというのにサングラスをかけた、いかにも怪しい二人組の姿を思い浮かべた。
「気味が悪いですよ。警察、それとも軍の人ですかね?」
「残念。二人組じゃなくて四人組だ」
喜納はどうということはないといった感じでそういうと、「まあ、警察か軍、それ以外なのかはわからんが」と続けた。
「監視……、ですよね」
「まあ、その方がこっちにとっても都合がいい。もしなにかあったとしても、今のように見られていたら、変に疑われることもなくなるだろ」
私はその意味をはかりかね、「なにかあったら?」と首を傾げた。
「俺たちが関わっている案件は、ようは国家プロジェクトなわけなのさ。それも超のつく極秘レベル。でだ、この世界には色々な国家や組織があるわけだ。どこから情報が漏れるとも限らない」
それを聞き、私は生唾を呑み込んだ。ふと偶然を装いながら背後を見れば、例の二人組が近すぎず、遠すぎずの距離にいた。その現実に、今更ながら背筋が震え、熱い汗がシャツを濡らした。
「スパイだと疑われてるってことですか?」
「ちゃうちゃう。もしものためだよ。奴らだって……、俺らと同じさ」
喜納はふっと息を吐いた。
「正直、断ればよかったです」
「お、後悔してる?」
「あたりまえですよ」
「でも、俺からあの話を聞いた後じゃ、断っても茨の道だと思うけどな」
「なるほど。意図的に巻き込んだわけですか」
「ああ、そうとってもらっても構わない。俺は、お前以上に適当な奴を見つけることができなかった。そう、それだけのことなんだ。現にお前は、恐いと感じながらも、今の状況を愉しんでいる。そうだろ?」
喜納の滑稽さを、気だるげさを装った奥深くにある冷たいものが、そっとこちらを見つめていた。
「なにいってるんですか。そんなことあるわけないでしょ。こんなヤバい、下手したら命だって危ういことに巻き込まれて……」
そう唇を尖らせる私の顔が、今にもニヤけだしそうで、それを押さえ込もうと下唇を軽く噛む。
「正直者が。ほれ、切符の用意」
視線を移せば、前には改札。駅員が一人、閑散とした駅内を見回していた。ささやかな話し声や足音に混じり、微かに夜汽車の音が聞こえていた。
電気の消えた百貨店。そこのショーウィンドーに立ったマネキンを眺めながら、煙草を吹かす。
「おう、早いな」
ふと背後から声をかけられた。顔だけで振り返れば、そこには普段と同じ格好に、笑みを浮かべた喜納が立っていた。
「ほれ、いくぞ」
喜納は周囲を見回しそういうと、ゆったりと駅内へと向かい歩を進めた。私は急いで煙草を揉み消すと、キャリーケースを手に、その後に続く。
「なんか、ヤバいことに巻き込まれちゃたみたいっすね」
私は喜納に並ぶと、声を抑えてそういった。
「どうした?」
「家を出てから、ずっとつけられてるんですよ。スーツ姿の二人組に」
私は背後にいるであろうスーツ姿の男、一人はスキンヘッドの中年男、もう一人は若い男、どちらも夜だというのにサングラスをかけた、いかにも怪しい二人組の姿を思い浮かべた。
「気味が悪いですよ。警察、それとも軍の人ですかね?」
「残念。二人組じゃなくて四人組だ」
喜納はどうということはないといった感じでそういうと、「まあ、警察か軍、それ以外なのかはわからんが」と続けた。
「監視……、ですよね」
「まあ、その方がこっちにとっても都合がいい。もしなにかあったとしても、今のように見られていたら、変に疑われることもなくなるだろ」
私はその意味をはかりかね、「なにかあったら?」と首を傾げた。
「俺たちが関わっている案件は、ようは国家プロジェクトなわけなのさ。それも超のつく極秘レベル。でだ、この世界には色々な国家や組織があるわけだ。どこから情報が漏れるとも限らない」
それを聞き、私は生唾を呑み込んだ。ふと偶然を装いながら背後を見れば、例の二人組が近すぎず、遠すぎずの距離にいた。その現実に、今更ながら背筋が震え、熱い汗がシャツを濡らした。
「スパイだと疑われてるってことですか?」
「ちゃうちゃう。もしものためだよ。奴らだって……、俺らと同じさ」
喜納はふっと息を吐いた。
「正直、断ればよかったです」
「お、後悔してる?」
「あたりまえですよ」
「でも、俺からあの話を聞いた後じゃ、断っても茨の道だと思うけどな」
「なるほど。意図的に巻き込んだわけですか」
「ああ、そうとってもらっても構わない。俺は、お前以上に適当な奴を見つけることができなかった。そう、それだけのことなんだ。現にお前は、恐いと感じながらも、今の状況を愉しんでいる。そうだろ?」
喜納の滑稽さを、気だるげさを装った奥深くにある冷たいものが、そっとこちらを見つめていた。
「なにいってるんですか。そんなことあるわけないでしょ。こんなヤバい、下手したら命だって危ういことに巻き込まれて……」
そう唇を尖らせる私の顔が、今にもニヤけだしそうで、それを押さえ込もうと下唇を軽く噛む。
「正直者が。ほれ、切符の用意」
視線を移せば、前には改札。駅員が一人、閑散とした駅内を見回していた。ささやかな話し声や足音に混じり、微かに夜汽車の音が聞こえていた。