頭狂ファナティックス

赤藤詩音VS間宮蘖①

エピソードの総文字数=3,623文字

 忍谷と詩音はほのかが寝そべっているベッドに飛び乗り、どこからの攻撃に対しても対処できるように構えた。
 詩音は小声で二人に言った。
廊下に接している壁を私の能力で開く。忍谷さんはほのかさんを連れて安全なところに避難しなさい。
一人で大丈夫か? 刺客はお前のコンプレックスにとって相性が悪い能力を持っている可能性が高い。
それはわかっているわ。けれども私と忍谷さんの二人でも、ほのかさんを庇いながらこの狭い部屋で戦闘をすることは難しい。ほのかさん一人だけを逃がしたら、刺客は当然、人質にするためにそちらを追う。三人でここから逃げ出せば、私たちの動向について、この部屋に大量の証拠を残していくことになる。
やはり赤藤に戦闘を任せるのが最善手らしいな。ここは頼んだ。戦闘に関してはお前の方が上手だが、逃げることに関しては俺の方が上手だ。黒塗さんのことは任せろ。
ええ、任せたわ。
 詩音がベッドの接している壁を殴ると、人が通り抜けられる大きさの窓が出現した。忍谷は拳で窓ガラスを叩き割り、ほのかを先に廊下に逃がした。そのあと自分も窓を抜け、ほのかとともに部屋から脱出した。
 詩音は二人が窓を抜けたのを確認すると、窓を消した。そこには四角い穴が残った。『月は無慈悲な夜の女王』は窓ガラスが割れていた場合、シンボルを消してもその傷跡は残る。忍谷が窓を壊さず、しっかり開閉していけば、壁に穴は空かなかったのだが、刺客がすぐそこに迫っている現状、そのように悠長な真似はできなかった。
 刺客がそもそも自分のコンプレックスを知っている可能性は高かったが、それでも詩音は暗殺者としての癖から、自分のシンボルを消した。可能な限り、相手に自分の能力を知られる危険は回避しなければならないからだ。
 詩音はベッドの上に居座り、刺客からの奇襲を待った。しかし刺客がこちらの位置を完全に把握できる場所に陣取っているならば、忍谷とほのかがすでに部屋を脱出していることに気がついている。
 その場合、刺客は忍谷たちの方を追う可能性もある。刺客がこの部屋から遠ざかっていると判断したならば、詩音は自分も壁に空いた穴から部屋を飛び出して、忍谷たちに合流するつもりだった。
 ところが刺客はまるで持て成しを受ける客人であるかのように、気楽な態度で詩音の前に現れた。
 バスルームに繋がっている扉が開き、一人の男が出てきた。その男は先日のオークションで司会を務めていた人間だった。
あら? 間宮さんですか。あなたが刺客として雇われたのですね。
黒塗の能力を知っている暗殺者など私の他にいるまい。いや、赤藤もその条件に当てはまるのか。それはまあいい。黒塗ともう一人の男はそこの穴から逃げたのか?
それはどうでしょう? この穴はフェイクで、実際はこの部屋のどこかに隠れているのかもしれませんよ。あなたに不意打ちを仕掛けるために。
黒塗に逃げられたのなら、逃げられたで今は構わん。次の機会を作ればいい。お前たちだって、いつまでも逃げ切れるとは思っていまい。宇津木と千ヶ谷、どこかで決着をつけなくてはならない。私にとっては赤藤が千ヶ谷についたのが意外だったが。お前が分の悪い方の味方をするのは珍しい。
今回は金やら信用やら、ビジネスだけが絡んだ仕事ではありませんからね。千ヶ谷の味方をするのは、私の私情もあるのですよ。それで、私たちは戦うのですか? 同業者が相手、というのは非常にやりにくいんですよね。お互いにある程度、手の内が読めてしまうから。
それはこちらも同じだ。私も本来ならば、いくら金を積まれても同業者を対象にはしない。それも今回の相手はあの赤藤詩音だ。私が死ぬ可能性も十分にある。
それならば、私を見逃して、二人を探してはどうでしょう? 今ならば、二人の居場所を教えますよ。間宮さんが受けた依頼はほのかさんの暗殺のはずです。ほのかさんが千ヶ谷家の保護下に入った以上、奪還、などという暢気なことをしている場合ではない。損切りとして、ほのかさんを殺さなければならないはずだ。彼女の能力が千ヶ谷の手元にある、というこの状況がそちらにとっては何よりもまずいからだ。
確かに第一の目的は黒塗の暗殺だ。だが権力、財力、人材の有利はこちらにある。お前たちがどこに隠れようと、何度でも見つけ出す。それこそ世界の果てに隠れてもだ。私たちは物事を急激には進めない。焦れば、こちらの足をすくう隙を与えるかもしれないからだ。もう一度言うが、情勢の有利はこちらにある。それならば黒塗の暗殺に成功するまで、じっくりと何度でも追い詰めればいい。少しずつ、少しずつ、千ヶ谷に味方をする人間を消していけばいい。
そして現状はここにいる、目の上の瘤を消したい、というわけですね。
そのとおりだ。赤藤、お前がそちらについたのは私たちにとって非常に頭の痛いことだ。消さなければならない人間が増えるのだからな。お前と千ヶ谷千一郎は特に消し去りたいコンプレックスを持っている。
 詩音は受け答えをしながら、相手のまばたきの癖を見ていた。間宮のコンプレックスについては考えを巡らせていなかった。間宮は『月は無慈悲な夜の女王』では対処できないコンプレックスを保持している可能性が高かったからだ。相手のコンプレックスを事前に見破ったとしても対抗策がないならば、奇策を練るために頭を使うべきである。
 詩音と間宮は同業者として顔見知りだった。同じ稼業につくものの礼儀として、オークションのとき、司会としてステージに現れた間宮を見ても詩音は忍谷にその正体を言わなかったが。
 間宮蘖も東京では腕の良い暗殺者として有名だった。しかし宇津木派の人間からの依頼しか受けず、「宇津木の犬」という汚名も着せられていた。反面、詩音は金次第でどの人間の依頼も引き受けたため、暗殺者としては詩音の方が認められていた。

 だが、どちらが殺し合いに長けているかはお互いにわからなかった。そもそも暗殺者は戦闘にもつれ込むへまをする時点で無能である。対象ですら気がつかないうちに殺すことが暗殺者の仕事である。
 そのことを十全に理解しているはずの間宮がゆっくりとバスルームから姿を現し、明確に戦闘の意思を見せることは暗殺者として奇妙な行動である。
 しかし詩音にはその意図が読み取れた。間宮はほのかの暗殺という第一の目的を捨て、第二の目的である千ヶ谷の戦力の切削に移ったのだ。そして戦闘という形を取ったのは、間宮が詩音のコンプレックスを知っており、かつ自分のコンプレックスの方に優位があると理解しているからに違いない。
 忍谷の警告どおり、刺客は詩音のコンプレックスにとって相性の悪いものを持っている。そのことを詩音はすでに理解している。
 しかし詩音に逃げる、という選択肢はなかった。オークションの司会を任されていたことからもわかるように、間宮は宇津木派の人間から多大な信頼を得ている。そしてほのかの能力も知っており、その暗殺などという大役まで引き受けている。宇津木派にとって、間宮は切り札に等しい暗殺者と見て間違いない。
 詩音が死亡すれば千ヶ谷にとって、大きな戦力の喪失となる。それは正しいことだ。しかし同時に間宮が死亡すれば宇津木にとって、大きな痛手となることも事実なのだ。
 詩音は今後も自分が千ヶ谷家の味方を続けるならば、ここで間宮蘖を葬り去らなければならないと把握した。この男が生き残るかここで死ぬかによって、自分が受ける利益、不利益は大きく変わる。
 間宮のまばたきの回数は極端に少なかった。戦闘能力に長けたもの同士の対決ではまばたきすら大きな隙となる。そのために数々の修羅場を潜り抜けてきた人間は必然的にまばたきの回数が少なくなる。
 詩音は間宮が12秒間隔でまばたきをすることを見て取った。それも一度に二回、目をまたたく。そのまばたきの癖は自分を誘う罠だと、詩音が考えなかったわけではない。二回連続のまばたきは戦闘において間違いなく致命的な隙だ。間宮が自分の癖に気がついているならば、とっくに治しているはずだ。
 しかし詩音は相手が罠を仕掛けている可能性も踏まえた上で、打ちかかった。
 ベッドからシーツを引き剥がすと、相手の目の前の中空に広げた。間宮が自分をシーツのどちら側から抜けてくると判断するか、それは詩音にはわからない。しかし間宮が自分が抜けた側と逆方向に注意を払っていたならば、致命傷を与えるだけの有利を取ることができる。
 間宮が自分のコンプレックスを負かせる能力を持っていることは疑いがない。だから詩音は相手がコンプレックスを発動する前に殺さなければならなかった。
 詩音はシーツの左側から間宮に突っ込んだ。間宮の目線は詩音とは逆方向を向いていた。僥倖だった。詩音は自分が二分の一の賭けに勝ったと確信して、相手の喉に拳を伸ばした。
 しかしその瞬間、間宮の上半身が消滅した。そのように詩音には見えた。

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