【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第04話「現実の現実」

エピソードの総文字数=6,382文字

 朝と言うにはもう遅い午前10時。

 半開きの窓から差し込む光の中、太陽の光とは違う藍色の光で描かれた魔法陣が天蓋付きのベッドの中で輝くと、クリスタルのグラスを弾いたような澄んだ音とともに布団が人の形に盛り上がりはじめる。


 やがて魔法陣が消え、レースのあしらわれた布団をはねのけて現れたのは、透けるような白い肌に所々血をにじませ、ゴスロリ風の衣装も所々破れてはいるものの、その美しさに微塵の陰りもない愛らしい少女の姿だった。


 現実世界では痩せすぎて顔色も悪く背の低い男、本山英一のGFO世界での姿[もえ]。

 彼女はベッドの上にぺたんと座ったまま大きく息を吐くと、震える口元で小さく笑った。

(……よし! [双子の水晶]もやっぱり使えた! ポーションも効果あったから大丈夫だとは思ったけど、魔法系はやっぱこえーな)

 ポケットから香水瓶のような小瓶を取り出すと、テキーラをショットグラスで煽るように一気に飲み干す。

 体の中心でオレンジ色の光がポウッと弾けると、体中に有った擦り傷や衣装の破れ目が一瞬で消えた。

(しっかし服まで治るなんて思わなかったな、ポーションマジ便利だわ。これでやれる準備は全部やった)

 空になったガラス瓶が見る間に手の上で消えて行く。

 それを見送ったもえは、繊細なレースと銀細工で飾られたヘッドドレスを整えると、柔らかな黒髪をふわりと舞わせながらベッドから飛び起きた。


(後はこの世界を楽しむだけだ!)

 軽やかな足取りで部屋を横切り、つややかな木製のドアを開けると、彼女はリズミカルに階段を駆け下りる。

 もう下の階に集まっているはずの仲間たち、[もえと不愉快な仲間たち]のメンバーの元へと。


  ◇  ◇  ◇

おはようございまーす!

 元気良く階段の最後の三段を飛び降りると、メンバーの数人がパイプと歯車の集合体のような赤銅色の機械を前に、ワイワイと話し合いをしているのが見えた。


おそよう! もえちゃん
もえさん、はよっす
なになに? なにか面白いものあったんですか?

 機械をいじる手を休めること無く挨拶を返してくれる仲間たちの中へ、もえはわざと少し触れるようにして体を滑りこませる。

 彼女の体からふんわりと香る甘い香りに、周囲のメンバーは鼻の下を伸ばした。


これはですな、倉庫の中にあった家具アイテム[蒸気ラジオ]なのですな。URLを登録すると、リアルのwebラジオが聞けるっと言う代物なのですな

 もえのスキンシップにまんざらでもない顔をしながら、革製のベルトとバックルが不必要に体中に付いた服に、同じ革製のトップハットをかぶった青年が、単眼鏡の位置を直しつつ自慢気に語る。

 彼は大雑把な性格のギルドマスター[シェルニー]を補佐する形で、このギルドの実務を統括しているサブギルドマスター、[コロスケ伯爵]だった。

まぁ動かねんすけど
電池切れかもな

 得意げなコロスケ伯爵の言葉へかぶせるように、ケンタとシェルニーがため息をつく。

 コロスケ伯爵の腕に寄りかかるようにして[蒸気ラジオ]を覗き込み、「え~、残念」と表情を曇らせるもえに、シェルニーも顔を寄せた。

……まぁ電源入ってもどうせデフォルトの[週刊GFO放送局]しか登録されてねぇけどな

 シェルニーの言う[週刊GFO放送局]とは、毎週の定期メンテ前に生放送でアップデート内容やイベント内容を語るGFO公式webラジオで、優先接続権を課金しないとなかなか聞けないほどの人気webラジオ番組の事だ。

 この[蒸気ラジオ]自体は複数のアドレスを登録できるのだが、ギルドホールに居る間は駄弁って無駄話をするだけの彼らにとって、余計な音を出すラジオはただの飾りであり、わざわざ別のアドレスを登録するような者は居なかった。

たとえ[週刊GFO放送局]だけだとしても、聴く事ができればリアル世界の情報も手に入って有用かと思ったのですがな。まぁ一方通行の情報ではありますが

 コロスケ伯爵は腕にもえの髪の毛が触れているのを気にしながら、つまみやスライダーをガチャガチャ動かしてみるが、ラジオに反応はない。

 ふと、もえはそこに気になるものを見つけた。


あれ? ねぇコロちゃん、これって――

 もえが丸い懐中時計のようなメモリを指さしてコロスケ伯爵を見上げる。


――圧力計だよね? ゼロになってる
えっ?
あっ
そうか、ここはGFOの中だもんな、電気じゃねぇわ蒸気で動くんだ

 シェルニーが得心したように左掌を右拳でポンとたたく。

 見た目はピンク色の髪をしたアニメキャラのような少女だが、やはり仕草はおっさんだ。


……じゃあ、あれっすかね? あそこの壁にあるパイプ、取っ手ひねると蒸気出るんすけど――

 ケンタがおずおずと壁を指さす。

 その指の指し示す壁に全員が視線を向けると、そこには巨大なビールサーバーのようなパイプが美しく輝いていた。


――昨日ビールでも出るかと思ってひねったら、超アチー蒸気出てきてマジ火傷するかと思ったっすよー

 言葉を続けるケンタを無視し、数瞬の間皆で顔を見合わせたが、コロスケ伯爵がラジオを持って壁に向かう。

 壁の真鍮製フレキシブルパイプをラジオのパイプに差し込みバルブを開くと、コォーっと言う蒸気の充填される低い音とともにキン、キン、キン……と言う金属音が鳴る。

 そして、その音の間隔は少しずつと長くなり、やがてメモリが最大の位置まで来ると止まった。

……ケンタはドアホウですな

 バルブを締め直し、メモリを確認しながらコロスケ伯爵は単眼鏡の位置を直す。

 もちろんコロスケ伯爵も本気で(けな)しているわけではないし、それを分かっているケンタも笑顔で頭を掻いた。


だって関係あると思わなかったんすよ
それがドアホウだっつーの!

 シェルニーの前田日明ばりのキックがケンタの尻を直撃する。


ひっどーい、ケンタさんが見つけてくれたのにー
いいっすよ、俺アホっすから! それよりラジオ聴きたいっす!
ケンタさんはいい子だねー。私もラジオ! 聴きたい!

 ずっと笑顔のケンタは尻をさすりながらコロスケ伯爵を急かす。

 その頭を背伸びして「いいこいいこ」となでながら、とにかくラジオを聴こうという意見にもえも同意した。


 コロスケ伯爵が周りを見回すと、ギルドメンバー18人も全員集まっている。

 彼は聞き逃すものが居ないことを確認すると、アナログなダイヤルスイッチをONへと回した。


 入り組んだパイプを蒸気が駆け巡り、小さな歯車が勢い良く回転すると、くすんだグリーンの小さなディスプレイに「TUNE」の文字がじわりと浮かぶ。

 その表示は何度か明滅すると、唐突に「週刊GFO放送局」の表示に変わった。

……ています。皆様、もしご友人、ご家族でGFOをプレイしていた方と連絡がつかない場合、速やかに安否をご確認くださいますようお願いします

 webラジオから聞こえたのはいつものお抱え声優の声だったが、少し震えていてギルドメンバーに緊迫した空気を伝える。

 ギルドメンバーは誰も一言も言葉を発せず、ただジッとラジヲを見つめていた。


この放送は1時間間隔で同じ内容をリピート放送されています。新しい情報が分かり次第、情報を追加いたします

 ラジオはそんな言葉を残して沈黙する。

 何が起こっているのかは分からなかったが、何かが起こりつつあることはみんな理解した。

 そもそも今はGFO放送局のやっているような時間ではなかったし、内容もまるで災害時の緊急ラジオのようだった。

 ラジオのディスプレイによれば、次の放送は12時。あと30分ばかりすればリピート放送されるだろう。

 放送を全て聞けば何かわかるに違いない。そんな淡い期待を持ち、皆は放送が始まるのをジリジリとした気持ちでただ待ちつづけた。

(何も音も出てないラジオまでそんなに真剣に見てること無いだろ。どんだけマジなんだよ)

 息をするのも(はばか)られるようなラジオの前をそっと離れたもえは、腰から[レアリティ4]懐刀カラスマルを抜いて台所に立つ。


(よし。第一次『胃袋をつかむ作戦』開始だ)


 キョロキョロと周囲を見回し、麻袋に詰めてあった玉ねぎ、じゃがいも、にんじんや、吊るしてあった干し肉などを慣れた手つきで刻むと、クミン、ナツメグ、コリアンダー、ターメリック、黒胡椒、カルダモン、ローリエなどをコーヒーミルで適当に粉末にする。

 本来ならGFOのような中世の世界では粉として保存されることの少ない小麦粉も、ギルド倉庫の中では劣化すること無く保存されている。

 細かくふるいにかけられた真っ白な小麦粉と上等なバターを炒め合わせ、もえはいかにも日本風なカレールーを作り始めた。


 ふんわりと、辺りに食欲をそそるいい香りが漂う。


 それは倉庫に積んであった交易用のアイテムの成れの果てなのだが、大きな鍋の中には、予想外にいい香りの物体が出来上がっていた。

(交易なんかレベル上がってからやってなかったけど、GFOって思った以上に香辛料の種類が豊富なんだな。しかしまさかリアルでやってた『俺様カレー研究』がゲームでも役に立つとは思ってなかったわ)

 スープ皿にもったりとした具材たっぷりのカレーをよそい、その横に固く焼いてある携行食品の薄いパンを添えて、最後にフレッシュバジルを載せる。

 両手に皿を持ったもえがギルドホールへ向かって歩き始めると、キッチンの入り口からこちらを覗いている数人のメンバーと目が合った。

 香辛料の香りにつられてやって来たのだろう。まるで壁から生えてでも居るかのように並ぶ顔は、もえと湯気を上げる皿を凝視していて、その顔は真剣そのものだ。

 誰かが「ごくり」とつばを飲んだ音がもえの耳にもはっきりと聞こえる。

 その迫力に一瞬気圧されたように半歩下がったもえが、気を取り直してにっこり微笑み手元の皿を彼らに向けると、崩れるように廊下へ倒れ込んできたメンバーたちから大きな歓声が上がった。

もっ、もえさん俺手伝うっす!
うっわぁぁ! おっ! おんなのこのっ! うっわぁぁぁ! てっ手料理っ!

 宝箱でも運んでいるかのように、もえの手から、キッチンから、大切そうにカレーが運ばれてゆく。

 先程まで蒸気ラジオに顔を寄せるようにして集まっていたメンバーは、同じように一言も発せず、それでいて先ほどとは全く違う楽しげな雰囲気でテーブルを囲み、行儀よく椅子に座っていた。

 全員の前にカレーの皿が置かれていることを確認し、最後にもえの顔を見たシェルニーが小さく咳払いをする。

……では! もえちゃんいただきます!
いーたーだーきーます!

 シェルニーの号令に全員で声を合わせて幼稚園児のように唱和すると、彼らは飢えた獣のようにカレーとパンを口の中に詰め込み始めた。


うめぇぇぇぇぇぇ!
もえさん(がふっ)……これっ(むぐむぐ)……っはっ! うっ(ごくっ)……売れるっす!
やばいこれ! 写メってSNSにアップしたい!

 決して店で売っているような素晴らしい味のカレーではない。

 それどころか市販のカレールーで作ったものより味が劣る事はもえもわかっている。

 それでも彼らからこんな反応が返ってくるのは「可愛い女の子が作った」と言う事実、ただそれ一つの味付けだ。

 ワイワイと賑やかにカレーを頬張るメンバーを見回しながら、もえは『胃袋をつかむ作戦』の成功を喜んだ。


(可愛いは正義ってのは世界の真理だな。しかしこいつら基本的に皆「いい人たち」なんだよなぁ。俺にそういう趣味はないけど、本当になんつうか……可愛くなってくるわ)
いっぱいあるからどんどん食べてくださいねー……って……あれ? もうちょっとしか無い……?

 もえの言葉に反応したメンバーが動きを止め、一瞬の間をおいて鍋に群がる。

 壮絶なカレーの奪い合いの中、テーブルに置かれたwebラジオから荘厳なGFOのオープニングテーマが流れ、12時のGFO放送局が始まった。


 それぞれに勝ち取ったカレーを手に持ったまま、メンバーは慌てて席に戻る。

 雑談はやみ、一言一句逃さずに、誰もがただ静かに聴き入ったwebラジオは30分ほどで終わった。


 ラジオの内容はリアル世界の事柄に終始していた。

 昨夜発射された北朝鮮の大陸間弾道弾、及びそれを無効化するための米軍イージスBMDによる何らかの空間干渉により、日本中のコンピュータが様々な影響を受けている。

 GFOサーバについては、7つのサーバの内3つが停止、2つが正常、残りの2サーバに接続していたユーザーが意識を失う事象が発生していた。

 意識を失う人が多数確認されているサーバの人口は約200万人だが、当時接続していたのは約30万人。運営からのメールアンケートによると、何かが起こる前に停電などで電源が切れた人が20万人。無事だが返信をしない人も考えると約5~7万人が接続していたと推測されている。

 現在、意識を失っている所を発見された人の数は1万人~2万人と思われるが、正確な数は不明。


 GFOサーバは件の2つのサーバを残して現在切断中。この2つのサーバについては、意識を失った人の所有キャラクターがゲーム内で今もプレーを続けているログが書き続けられているため、調査のために稼働を続けている。

 今のところ意識を回復した人は居ないが、プレイ中だったGFOの電源を落とした途端にショック症状に陥り死亡した人が数名確認されているため、PCやゲーム機の電源は切らず、配線は外さないように注意して欲しいとラジオは告げた。


 一人暮らしなどで意識を失ったままで居るのは危険であるため、安否の確認を行ってほしいこと。

 その他、詳しい内容は公式HPにリアルタイムで更新するので、逐次確認をお願いしたいこと。


 そんな説明が、淡々と流されていた。

この放送は1時間間隔で同じ内容をリピート放送されています。新しい情報が分かり次第、情報を追加いたします

 ラジオもメンバーもただ一様に黙り込み、ギルドホールを沈黙が支配する。

 予想はしていた事だったが、現実世界の状況は芳しくないようだ。

 GFO世界に居る我々は、現実世界では意識を失って居るのであろうことは今の放送で分かった。

 しかし本当に我々がどうなっているのかは現実の世界では把握していないようだし、各個人が現実でどのような状況に居るのかも分からない。

 もし一人暮らしでGFOをしている英一(もえ)のようなプレイヤーが、発見もされずに意識を失ったままであれば、一週間も経たずに脱水か何かで死んでしまうだろう。

(俺は早くても週明けに無断欠勤する事になる会社が気付くまで、誰にも発見されないだろうな。問題はその後会社が家族に連絡をしてまで安否確認するかどうかだが……)

 無意識に首を傾け、頬に手のひらを当てながら、可愛らしくもえは考える。


(くそっ、リアルの体が死んだらたぶん終わりだろうな……PCの横にコーラとポテチ置いてあんだろうが、飲めよ俺……)

 眉間にしわを寄せていても、美しいその顔が損なわれることは無かった。


……聴いたか?

 シェルニーが腰に手を当てて立ち上がる。

 何も出来ずにただ衝撃を受けていたメンバーたちは、可愛らしいピンクツインテールのギルドマスターへと、一斉に視線を向けた。


時間的には余裕はないようだ。だが今の放送で俺たちは重要な情報を得ることが出来た

 左手は腰に据えたまま右掌で髪をかきあげる。


運営は俺達の行動をログで把握している。ログを介して運営と相互通信出来るかもしれん

 髪をかきあげた手をテーブルに叩きつけると、ギルドマスター[シェルニー]は作戦を告げた。


ギルドホール内の行動でログに残る情報は少ない。外に出て、ログに残る情報で運営と連絡を取るぞ!
 その声は幾度も本当の死線をくぐり抜けた消防士らしく、力強い行動力に溢れていた。

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