第6章 満月の夜に③

文字数 2,568文字

 満月が天高くに昇った頃。
 チビの身体が尻尾の先から光り出した。それは一回目と二回目の脱皮の時と同じだ。しかしその光が全身を覆った時、今までとは違うまばゆく、神々しい光が辺りを照らした。チビの傍にいた三人はその眩しさに立ち上がる。
 満月の光を浴びたチビの身体は神秘的な雰囲気を纏っていた。

 その光が収まる頃、最後の脱皮を終えたチビが姿を現した。
 大きさは魔導図書館で調べたとおり変わっていない。しかし、顔周りと背中に立派な毛が生えており、顔には二本の立派な髭まで生えている。
 月明かりを受けたチビの身体は、全体が淡く光っている。そんな神秘的な龍の姿に、三人は圧倒されていた。

「チビ……。もう、本当に立派な龍になったのね……」

 ベルはチビの足にゆっくりと手を伸ばした。チビは静かにその手に顔を近づける。
 ベルの行動にヴィンダーとシャルロットもゆっくりとチビの顔へと手を伸ばした。

「俺さ、魔導院を卒業したら、真っ先にチビに会いに行くよ。西の砦まで」
「私も」

 ヴィンダーの言葉に、目に涙を溜めながらシャルロットが言う。ベルは何も言えなかった。今までチビと過ごしてきた九ヶ月間が脳裏をよぎり、言葉にならない。
 これで本当にお別れになってしまう。
 ぐっと下唇を噛んで涙を堪えているベルと、涙をたっぷり両目に溜めたシャルロットへ、ヴィンダーが声をかけた。

「おいおい、二人とも。今日はチビの新しい出発の日だぜ? そんなシケタ面してていいのかよ」

 呆れたように言うヴィンダーに向かって、シャルロットが鼻をすすりながらだって、と答える。

「新しいチビの出発、笑顔で見送ろうぜ!」

 ヴィンダーはそう言うと、ベルの肩を叩いた。

「ベル。チビに渡すもの、あるだろう?」

 ベルはヴィンダーに促されて、三人で作ったネックレスを取り出した。

「チビ。これね、三人で作ったの。私たちのブレスレットとお揃いよ」

 ベルはそう言うと、チビの首にネックレスをかける。

「魔法石が良く似合っているわ」

 チビの姿を見たシャルロットが言う。

「俺が選んだ魔法石がいちばん綺麗だな!」

 ヴィンダーは、にしし、と笑った。

「さぁ、三人とも。そろそろ時間じゃよ」

 いつの間にか傍にいたヴァンじいさんに促されて、三人はチビの傍を離れる。チビはゆっくりと西の空を見上げた。

「チビ! 俺、お前がいなくなっても、もっともっと強くなって、それから、みんなを守れるようになるからな!」

 ヴィンダーがチビに向かって叫んだ。
 それを聞いたシャルロットも、

「ヴィンダーだけに格好つけさせないわ! 私も、もっと勉強して、みんなを助ける魔法使いになるから!」

 シャルロットはもう、感情の制御が出来ないみたいだ。顔を涙でぐちゃぐちゃにしながらも、必死に自分の思いをチビにぶつけた。

「ほら、お前も最後に何か言えよ」

 ヴィンダーはベルの背中を押す。
 ベルは、すっと息を吸うと思いっきり大きな声で叫んだ。

「チビ! ありがとう! 四年後、みんなで絶対に会いに行くからね!」

 ベルの言葉を聞いたチビは、静かに頷いたように見えた。それからチビは西の空を見据えると、ゆっくりと空へ舞い上がる。
 三人はその姿を目に焼き付けるように、しっかりと見据えていた。
 そしてチビが天高く舞った時、三人は自然とチビのウロコで作ったブレスレットをしている手を天に掲げる。
 チビにもそれが見えたのか、月明かりの下、チビも一周ベルたちの上を旋回し、西の砦へ向けて飛び立ったのだった。



 チビが西の砦に飛び立ったその日からの三人の生活は、再び魔法の修行で過ぎていった。
 魔導院とヴァンじいさんからの修行をこなしていく日々。
 その日々の中で、三人がチビのことを話すことはなかった。ただ、共通して三人の中にある思いは、チビと交わした最後の約束を絶対に果たすと言うことだった。

 三人はチビが旅立った日に誓い合った。
 魔導院を卒業した際は、一番最初に西の砦へと旅に出よう、と。そしてチビに会いに行こう、と。

 そのために、シャルロットは難しい本をたくさん読んで、ドラッヘン村の外の世界を勉強していた。
 ヴィンダーは、ヴァンじいさんの教えの通りに新しい魔法を次々と覚えていった。
 そしてベルは、ヴァンじいさんからの新しい魔法に加えてシャルロットと共に勉強もしていた。
 全ては、四年後にチビに三人で会いに行くための、三人なりの努力だった。



 その結果、ヴィンダーは魔導院では誰も横に並ぶものがいないくらいの魔力を誇ることになった。元々ヴィンダーは魔力が高く、魔法使いとしての素質が高かったのだ。それがヴァンじいさんの教えによって、メキメキと伸びていき、結果、魔導院を卒業する頃には誰もヴィンダーに敵うものはいなくなっていた。

 シャルロットは必死に勉強をして、その知識量だけなら誰にも負けないくらいになっていた。筆記試験でも常にトップを誇り、魔力の力ではヴィンダーには敵わなかったものの、知識では魔導院一位になっていた。そしてそれは卒業するまで変わらなかったのだった。

 ベルはそんな二人の背中を見て、追いつこうと必死に努力した。努力だけならベルは他の二人よりもはるかにしていた。その結果、魔力の量はヴィンダーには劣るものの、魔導院を卒業する頃には『落ちこぼれの魔法使い』と呼ばれた過去が嘘のようになっていた。
 そして、知識量もシャルロットと共に勉強していたため、魔導院ではシャルロットに次いでの知識量となっていた。



 三人は、ドラッヘン村の精鋭魔法使いとして、四年後に魔導院を卒業することとなる。
 


 そんな卒業式の当日。

「いよいよ、約束を果たす時だな」

 少し声が低くなり、背も高くなったヴィンダーがシャルロットとベルに話しかけた。

「チビ、元気かな」
「元気に決まっているよ」

 シャルロットの言葉にベルが答える。

「二人とも、準備は出来ているな? 今夜、出発だ」
「任せておいて!」

 ヴィンダーの言葉に二人は胸を張って答えた。
 いよいよ今晩、三人は村を出て初めて外の世界へと旅立つことにしていたのだ。
 そのための努力と準備を、この四年間してきたのだ。
 三人は絶対にチビのいる西の砦へ旅立つことを再度誓い合う。



 三人の手首にはお揃いの、白く濁ったウロコのブレスレットがひっそりと存在していた。
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