第1章 落ちこぼれの魔法使い

文字数 2,066文字

 ドラッヘン魔導院。
 そこは六歳から十三歳までの子供たちが魔法を学ぶために通っている学校だ。この魔導院では八歳までの子供たち全員に、不安定な魔力を安定させるための指輪を配っていた。

 そんなドラッヘン魔導院に通う九歳の少女がいた。名をベルと言う。
 ベルが魔導院への通学路を歩いている時だった。

「やい! 落ちこぼれのベル!」

 クラスでいちばんの魔力を持つ同級生の少年、ヴィンダーが声をかけてくる。

「ちょっと、ヴィンダー! 止めなさいよ!」

 ヴィンダーとベルの間に入ってきたのは、ベルの親友のシャルロットだった。

「出たよ、仕切り屋シャルロット」

 ヴィンダーは露骨に嫌な表情をする。

「ちょっとベル! ベルも嫌なら嫌ってはっきり言わないとダメだよ!」
「でも……、私が落ちこぼれなのは、本当だから……」

 ベルは弱気な声を漏らす。

「ベルは落ちこぼれじゃないよ!」
「落ちこぼれだろ? こいつだけだぜ? まだ指輪を付けてるヤツ」

 シャルロットの言葉にヴィンダーがベルの両手を指さして答える。

 そうなのだ。ベルはまだ魔力が安定しないため、九歳になっても指輪をしていた。それがヴィンダーの言う『落ちこぼれ』に繋がっていたのだ。
 ベル自身、そのことを気にしていた。九歳になっても指輪をしているのはもうベルしかいない。

「ま、今日もせいぜい、指輪の力に頼って頑張るんだな!」

 ヴィンダーはそう言い捨てると、魔導院へ向けて駆けていった。残されたベルとシャルロットは、ゆっくりと歩き出す。

「ベル。あまりヴィンダーの言うことを気にする必要はないよ」
「うん」
「ヴィンダー、自分がいちばん魔法が使えるからって、いい気になっているだけなのよ」

 シャルロットは鼻息を荒くして言う。そんなシャルロットの気遣いが、ベルには嬉しく感じるのだった。




 魔導院に到着したベルは鞄の中から教科書やノートを取り出す。
 今日も確か、指先に火を灯すレッスンから始まる。初歩的な魔法ではあったが、この魔導院では基本を疎かにしない、がモットーとなっていたため、毎日欠かさずに基礎レッスンから始まる。
 ベルはこの基礎レッスンさえも指輪の力なしでは満足に行えなかった。そのため、ヴィンダーには毎回馬鹿にされている。

 一日のレッスンが終わると、ベルは一目散に帰宅していた。それは自宅で魔法の自主練習を行うためだ。
 魔導院ではヴィンダーのようにからかってくる生徒も多く、集中して練習が行えない。それに、家に帰ると祖父のヴァンじいさんが迎えてくれるのだ。このヴァンじいさんはベルの父方の祖父に当たる。旅商人をしている両親の代わりにベルを育ててくれているのだ。ヴァンじいさんはかなり強い魔力を持っており、風魔法が特に得意だった。ベルにとってヴァンじいさんは自慢であり、そして憧れの魔法使いだった。

 ベルはヴァンじいさんに教えを請いながら、日夜自主練習を行っている。
 この日もベルは指輪を外してから指先に火を灯す練習を行っていた。

「ベルや。そろそろおやつにしないかい?」
「ん、もう少し頑張る」

 ヴァンじいさんの言葉にベルは返すと、んーっと魔力を込めながら指先を凝視する。しかし指輪がないベルの指先は一向に火が灯る気配がない。

「ダメ、かなぁ~?」
「ベル。力みすぎじゃよ。空間の魔力を意識するんじゃ」
「空間の魔力?」

 ヴァンじいさんの言葉にベルはじっと目を凝らし、耳を澄ませる。それでもベルには、ヴァンじいさんの言う『空間の魔力』が何を指しているのか分からない。

「ベル。あまり根を詰めても成果は上がらないものじゃよ? さぁ、クルミの焼き菓子をお食べ」

 ヴァンじいさんの言葉に、今度はベルも渋々と食卓へと座る。焼きたての香ばしいクルミの焼き菓子が、ベルの胃袋を刺激する。

「いただきます」

 ベルは手を合わせると大好物のクルミの焼き菓子を一口頬張った。甘すぎない生地の中に口当たりの良いクルミの味が広がる。それと一緒に飲むミルクもまた格別においしく感じられるのだった。

 一息ついたベルはもう一度、指先に火を灯す練習を開始する。ヴァンじいさんの言う『空間の魔力』をどうにか意識しようとするも、その真意が分からないベルはやはり指先に力が入りすぎてしまいどうしてもうまくいかない。

「ベル。一度指輪をしてみてはどうじゃ?」

 ヴァンじいさんの提案に、ベルは机の上に置いていた指輪をはめると指を鳴らして人差し指に火を灯そうとする。



 パチン!



 指輪をしている人差し指から小さな火が灯った。ヴァンじいさんはベルにそのままの姿勢で居るように指示する。
 ベルはその指示に従ってしばらく指に火を灯し続けた。しかし、



 ぼっ!



 指先の火は乱れ、最後には音を立てて消えてしまうのだった。

「何で?」

 ベルの疑問に答えたのはヴァンじいさんだった。

「ベルは魔力をずっと送り続けることが苦手なようじゃな。まずは、指輪をしたまま火を灯し続けられるようにしなさい」

 ベルはこの日、新たな課題を見つけた。
 この日から、ベルの指輪をつけたままの修行が始まるのだった。
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