第1話

文字数 992文字

 ベッドに転がり腕だけ上にあげて、スマートフォンをヘッドボードに置こうとしたとき、トゥルルッと電話が鳴った。メッセージではなくて電話なんて、珍しい。スマホを握り直して画面をのぞき込む。翔太だ。
「おー、久しぶり。え、時間? 大丈夫だよ」と、答えつつ、相手が翔太じゃなかったらスルーしてるなと思った。深夜の電話なんか、不吉な予感しかしない。
「それで、なんかあった?」と言いながら、あくびをかみ殺す。
 翔太の声に耳を傾けながら、これはしばらく寝られそうにないなと思った。枕をクッションがわりに背中にあて、ヘッドボードに寄りかかる。
 明日は大事な会議がある。正直言って、早く寝たい。一緒にゲームをしながら、徹夜していた学生時代とは違うのだ。
 でもあの時は楽しかったな、とふっと頬がゆるむ。
 申し訳なさそうな翔太の声に、「あー、うん、明日も仕事」と控えめに答えつつ、(だから、早く要件を言ってくれ)と念力を送ってみる。
 次の瞬間、俺は叫んでいた。
「えっ! マジで?」
 一気に目が覚めた。翔太は卒業間際に俺たちと同じゼミの子と付き合い始めた。就職して丸二年、そろそろ結婚か、と思っていたのに。
 電話の向こうから、ズズッと鼻をすする音が聞こえた。あ、泣いてしまった。こういうとき、なんて言えばいいんだろう。泣くな、と言うべきか、泣いていいぞ、と言うべきか?
「なんで・・・・・・」
 やっとのことで俺の口から出たのは、頭の中を回っていた疑問だった。理由なんて聞かずに寄り添ってやるのが、たぶん正解なんだろう、ってわかっているのに。
「彼女、仕事が面白いって? 付き合っていても仕事は出来るだろ」と、言ったら、翔太はプロポーズしたんだと答えた。
「え? 家事手伝うって言ったのが、ダメだったのか? あー、助手的感覚が嫌だ、っていうこと? でも、言っちゃうよなあ」と思わずしみじみ答えてしまった。
「なあ、今週末、俺ん()に来いよ。飲んだくれて、徹夜で遊ぼうぜ。そんな気分じゃないか? ははっ。とにかく今日はもう寝ろ。俺も明日、大事な会議が・・・・・・。え? 元気玉? いや、俺に送る元気があるなら、自分のために使えよ」
 電話を切って思う。翔太を振るような見る目がない女には、あいつはもったいない。
 俺は脳内予定表に、明日、翔太の好きな銘柄のビールを大量に買う、と書き込んだ。会議よりもちょっと重要、という場所(ポジション)に。



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