第1話

文字数 1,994文字

「加藤さん!ダメ!」

私は屋上の柵の向こうに立つ同級生に言った。

「ほっといて。あっち行って」
「ダメだよ!加藤さんが死んじゃったりしたら悲しい!」


加藤さんは陰気なクラスメイトだ。
前髪は目が隠れるか隠れないかのギリギリで、いつも教室の隅っこで黒魔術やタロット占いの本を読んでる。

「わ、加藤と目合っちゃった」
「ヤバいヤバい、呪いかけられるー」

「ねぇ、加藤さんてさ、不潔だよね」
「うん、近くに行ったらなんか匂うしー」

男女問わず加藤さんに近づく人は誰もいない。

いつも通りのクラス。
だけど今日の加藤さんは耐えきれなかったのか、教室から走って飛び出した。
私は思わずそれを追って屋上まで来たのだ。

私はああいう空気が嫌い。
同じ年でせっかくこうして出会えたのに。
死ぬまでに出会えないたくさんの人がいる中で出会えたこと。
それってすごい確率なんだから。
みんながみんなを認め合おうよ。
そしたら世界はすごく素敵で平和。

「加藤さんは私の大切なクラスメイトだよ。これからはもっと仲良くしよう」

加藤さんは無言だったけれど柵を越えて戻ってきた。
加藤さんの命を私は救ったんだ!
人助けは自分の心を満たすことなんだ!

それから加藤さんは私にくっついてくるようになった。
みんながジロジロ私たちを見てる。

…ああ、こんな人と仲良しだと思われるなんて…ちょっと…嫌かも。

ううん、そんなこと思っちゃダメ。
私がいないと加藤さんはひとりぼっちになってしまうんだから。

「めぐちゃん、なんで加藤さんと一緒にいるの?やめなよ」
「そうだよ、めぐちゃんまで変なコだって思われちゃうよ?」
「みんな加藤さんのこと誤解してるよ。加藤さんてね、本当はすごく面白いコなんだから。話してみたらみんな好きになるよ」


みんなが加藤さんのこと好きになってくれたらいいな!

…そしたら私だけがおかしな目で見られることはないし。

だけど私と加藤さんに近づいてくる人なんていなくて、私たちはあっという間に孤立した。

…加藤さんだけじゃなく、私までがヒソヒソと悪口を言われるようになった。


だけど大丈夫!
きっと大丈夫!
私には加藤さんがいるし、1人じゃない!


…おかしい。
…どうしてこんなことになったの?
…こんなはずじゃなかったのに。
…私の平穏な毎日を返して。


…加藤さん、いなくなってくれないかな。


昼休みに屋上で加藤さんと二人、景色を見る。

「加藤さん、もう飛び降りたり…しないよね?」

…死んでくれ。

「…したいよ、本当は。だってちっとも幸せじゃないんだもん。だけど、めぐちゃんがいるから」

やっぱり私の存在が加藤さんをこの世に繋ぎ止めているんだ。

…じゃあ、私がいなくなったらどう?
…今度こそ絶望だよね。
…ここで加藤さんを突き放せば、私は前の私に戻れるはず。

「めぐちゃん、私を1人になんかしないよね?」

私の心を見透かしたみたいに加藤さんが言った。

「も…もちろんだよ」

「めぐちゃん、じゃあ私とここから飛び降りようよ」

「え?」

「これはめぐちゃんのためなんだよ。めぐちゃん、私と仲良くしてるから他のコから陰口言われるようになっちゃったよね。あと、めぐちゃんのお父さんは同じ職場の看護士と不倫してるし、お母さんはギャンブルにはまってるし、お姉ちゃんは引きこもりでお兄ちゃんは万引きの常習犯だもんね。そんな中でめぐちゃんはよく真っ直ぐ育ったよね、偉いよ、私ならもう死んでる。だからめぐちゃんを一緒に連れてってあげる」

「…なんで…なんでそんなこと知ってるの?」

「調べたに決まってるじゃない、私たち友達だもん。仲良しだもん。めぐちゃんもしかして私の命を救った、って思ってる?私はね、めぐちゃんみたいな偽善者に救われるような簡単な人間じゃないんだ。…この前はね、クラスの奴らに呪いをかける絶好の日だったの。あの日のあの時間、この場所で!ずっっ…と準備してきたんだよ!クラスの奴らの髪の毛を1本1本集めて、この手であいつら全員まとめて復讐する絶好の機会だったんだよ!それを邪魔しやがって!…ああ、ごめんね。だけどね、もっと見たいもの思いついちゃったの。それはね、キラキラしためぐちゃんが絶望してくとこ。私がいなくなれば、もとのキラキラな毎日に戻れるって思ってる?…そんなワケないじゃん。そんなのぜっっ…たいにムリだから!もう、あんたは私と同じ。どう頑張ったって、お・な・じ・な・の。私といて、心が真っ黒になったでしょ?私がしたの。めぐちゃんと私の髪の毛を交ぜてね。私が救ってあげるんだよ、めぐちゃんを」

…そうか、もう私、加藤さんと同類なんだね。
…じゃあ、ほんと、生きてても仕方ないかな。

私は加藤さんと一緒に柵を越え、宙を一歩踏み出した。

なぜだろう。
最後の最後に見た加藤さんの目は、今までで一番嬉しそうに、キラキラ輝いていた。


加藤さんが笑ってる。


ああ、良かった。


やっぱり私、加藤さんを救ったんだね!


人助けって、満たされるー!


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