第1話 憧れの女性はおばあちゃん?

文字数 1,512文字

 ひとによって好みはあるけれど、若い頃の「憧れの女性」は、当然「綺麗な女性」だった。目はぱっちりで、スリムなボディに長い脚。「私もあんな風になりたいな」と、誰もが憧れたものです。
 私が40代の半ば頃、友人から、
「自分がこんな女性になりたいと思う人の写真を、飾って毎日見るといいよ」と言われた。誰だろうと考えてみたところ、思い浮かんだのは、樋口可南子さん、風吹ジュンさん。
 よっしゃ、頑張るぞ!40代半まできたんだから、美しくいられる残り時間は限られている。子供にお金かけるばっかりじゃなくて、自分にもお金、かけたっていいじゃない。それからはストレートパーマをかけ、1人密かに化粧品もグレードアップ。お肌の張りを取り戻す作戦も開始した。
 ところがその後、40代の終わりから50代の間に私が経験したのは、姑の死を皮切りに、半年後夫が早逝、娘たちは次々に独立し、舅も亡くなり、たった5年で6人家族から一気に「お一人様」に。
 平凡なパート勤めの主婦。家族のために働くことしか知らなかった私。
「こ、こんなはずじゃなかった」何度思ったかわからない。煩わしいくらいに家族の世話に明け暮れていた毎日。もう2度と戻ることはない。
 自分が食べるためだけの料理を作り、ひとりで何日も同じおかずを、テレビの声が鳴るリビングで黙々と食べる。なんとも味気ない食事だった。たまに娘たちが来てくれる時は楽しい!でも見送る時の寂しいこと。私は家族を失い、心の張りを失ったのだ。
 数ヶ月荒れた主婦をして、穴の底で気づいた。よく考えてみろよ、親は歳をとれば死んでいくし、子は成長すれば自立する。歳をとれば定年の日は来るし。働き続けていても何らかの理由で、いつかは現役を退くもの。わたしだけじゃないんだ。誰しも老いの坂を、ひとりぼっちの道を歩く日が来る。
 誰しもが通る道なら、そんなものに負けたくない。健康で過ごせる日々だって、これから先、決して長くあるわけじゃない年齢だ。今まで私、よく頑張ってきたよね、残りの人生、自分のために楽しく生きてやりたい、そう強く願うようになった。
 あれから10年。私はやりたいことを見つけ、平凡だけど、明るく笑って暮らしている。
 でもよくわかった。ひとりぼっちの寂しさは、これからきっとゼロにはならない。死ぬ時まで自分の傍らにそれはいて、いよいよ死ぬ時には、ひとりで死んでいくもの。
 そう気づいてから、還暦を前に、今の私が憧れる女性像が変わってきた。
お肌の張りに躍起になるだけじゃ駄目なんだ。老いゆくことに萎むことなく、心の張りを保つ努力を忘れず、誰もみていない時だって、平凡な日常を明るく楽しい気持ちで過ごせる女性。マウントに立とうとしなくてもいい。誰に認められる必要もない。寂しさを傍に、何歳になろうとひとりでしゃんと立つ。同じく老いゆく同世代の仲間とは、楽しさも寂しさも分かち合いながら、同じ時代を過ごしていきたい。
 樋口加奈子さんも風吹ジュンさんも、相変わらずお綺麗で憧れるけど、還暦を前に今の私が憧れるのは、若い頃から老け役を多く演じ、晩年は老いゆく世代の女性たちに、凛とした姿勢で、たくさんの励ましての言葉を残した樹木希林さんや、90歳を過ぎてから、詩作の楽しみに目覚め、老いゆく人のひとりぼっちに、あたたかい心で寄り添う詩をたくさん残された、柴田トヨさん。
アラカンにもなると、「憧れの女性もおばあちゃんになるのかねぇ」と、ちょっと笑えるけど、人はみな、見た目も気持ちも年老いていく生きもの。だからこそ、高齢の人生の大先輩に憧れる想いも、立派な心のアンチエイジング。明るい気持ちで暮らす、元気の源になるのではないかしら?
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