第6話 姫川葵の想い

文字数 9,228文字

「まずはレムリア嬢。王国魔法学校への転入許可書と、生徒手帳です。」

「なんでヴラムが……あ、そういえば、貴方は魔法学校の校長を兼任しているのだったわね」

「名前を貸しているにすぎませんよ。最初は人類と魔族の共存の第一歩として、魔族のトップが人を教えるというプロパガンダのはずだったのですが……いやはや、いつの間にやら立派な学校が建ったものです」

 そうか。この見た目で忘れがちだけど、ヴラムは以前の魔王に仕えていたってことは、もう100歳以上なのだ。

 ゲームでは100年以上前で表記統一されてたから正確な年数は知らないけど、この口ぶりからすると300年ぐらい昔の話なんじゃないだろうか。

 今度、しっかりとこの世界の歴史を見ておこう。

「それと、学校でレムリア嬢が自由に動ける体制は整えておきました。教師への根回しだけでなく、その生徒手帳に校長代理と同じ権利を持つ私の印を入れておきましたので、困ったら使ってください。校内での買い物からや授業特権、校内施設も出入り自由です」

 笑顔で、とんでもないものを渡してくるヴラム。

 いや、いくらテスタメントでの関係があるとはいえ、こんなの生徒に渡しちゃダメだろう。

 こんな不正アイテム手に入れちゃダメ! と天使の私が警告してくるが、私の手が受け取ることをやめてくれない。

 ああ。悲しきは人間の欲……

「それにしても、よく宰相と校長の兼任なんてできるわね。どちらも忙しいのではなくて?」

「宰相はともかく、校長はそうでもないですよ。魔法学校は国営施設ですから、校長はお飾りみたいなものです。今回みたいな、校長印が必要な仕事と、授業方針や臨時講師、あとは、色んな施設で演説させられるぐらいですね」

 いや、十分忙しいと思うけど。

 正直言うと、アオイさんから友達否定されるという、パーフェクトバッドコミュニケーションかました自分に、そろそろ新しい学校に行きましょうか? とかオニかこの人と思ったが、忙しいのに、私のためにここまでしてくれているとなると感謝しかない。

「ちなみに、すべての施設を出入り自由にしたのはなぜかしら?」

 学校の施設でそんなに行きたいところはないというか、早く帰りたいとしか思わないのだが。

「おや、ロナードから聞いていませんでしたか。学校が魔王様の居城だったことはご存知かと思いますが……おそらく、学校、もしくは敷地内に、魔王様が使っていた武具が隠されています」

 ……ああ、あれか!

 仮面の女(レムリア)が、勇者ちゃんを邪魔しながら集めてた、デスサイズと、なんかボディースーツに鎧つけたみたいな、厨二全開のカッコいい衣装!

 しかも、着たら体が魔族に近くなってカッコよさ倍増!

 あの格好のレムリアは見てるだけでテンション上がっ……え、あれ着るの? 私が?

「魔王様と共に消失したのですが、おそらくレムリア嬢が魔王の力を宿し、新たな魔王となりつつあるからでしょうね。武具も顕現したようです。テスタメントは今、この武具を探索しています」

 いやいやいや、要らないです、探さなくていいです、そっとしておきましょう!

 着ている人を見るのはいいけど、自分で着るのは絶対に無理!

 だってあれ、胸とか半分ぐらい出てるから! 現実だったら職質間違いなしだから!

「そ、それで、武具は見つかったの……?」

 見つかっていても絶対着ないけど!

 ひとつでも見つかっていて、笑顔で「さあどうそ、この胸も半分見えていて、際どい角度のいわゆるハイレグみたいになっていますよ♪」とかいって私の目の前に出してきたら、セクハラ・即・背負い投げで、地面に埋めるけど!

「すべての施設を探索しましたが……残念ながら、見つかりませんでした」

「あ、探索終わっているのね! それは残念! じゃあ別の……」

「ええ。レムリア嬢の想像通り、今は別の方法での探索をしています。常に移動、時間によって顕現などの可能性もありますので、魔道具で施設内を随時監視に切り替えました。他にも、別の形になっている、見えない状態になっているなど、あらゆる場合を想定して探索を続けています」

「そ、そう、すごいわね……」

 別のことをした方がいいかもしれないわね、と言おうとしたのだが、想定外の答えが返ってきた。

 まさか、ヴラムがここまでテスタメントの活動をしっかりやっているとは……ゲームでは、こういうシーンはカットだったのだろう。

(一応私はテスタメントの暫定トップらしいし、さすがに何か口だした方がいいよね)

 そう思いながら色々と考えてみるが、おばあちゃんから教わった、落とし物が見つかるおまじないでもやってみるぐらいしか……あ!

「もしかして、魔王の力を持つ私が近くにいかないと、現れないのではないかしら?」

 アニメや小説では、とにかくこういう展開が多い。

 いくら天才とはいえ、そういうコンテンツに無縁なヤミヒカ世界の住人であるヴラドには思いつかなかっただろう。

 よし、これでトップとしての威厳を……

「もちろん、そちらも想定済みです。全施設の出入りが自由にできる生徒手帳を渡した理由のひとつがそれですね。レムリア嬢には申し訳ないのですが、時間があるときで結構ですので、探索を手伝っていただけると助かります」

「わ、分かったわ……」

 ……普通に思いついていた。

「とは言っても、レムリア嬢は学校の方を優先してくださいね。せっかくの学校生活を楽しんでほしいというのもありますが、貴方はまだ、魔王の器として安定していない。無理をしたら、魔王の力が貴方を傷つけかねませんからね」

 しかも、こちらへの気遣いまでしてくれる。

「おっと、一度に話しすぎましたね。レムリア嬢も状況を整理したいでしょうから、小休止ということで、アオイさんの入れてくれたお茶を楽しみましょうか」

 さらに、私の脳の容量のパンクを見越したのか、休憩まで……

(なんというか……有能すぎる!)

 つい、心の中で叫んでしまう。

 私の知るラスボスの腹心みたいな立ち位置のキャラって、探し物を任されては先に主人公に見つけられ、策を考えては詰めが甘くて主人公に突破され、戦ったら強いのに慢心して主人公にボコられるようなキャラが大半だったが、ヴラムは違う。

 二手三手先を読んで行動する、まさに天才キャラだ。

 まあ、私のこと裏切るけど。

(それにしても……)

 お茶を楽しんでいるヴラムを、なんとなく見つめる。

 宰相や校長として働き、テスタメントの幹部としても動くヴラム……なんというか、ヴラムのイメージが変わった。

 勇者ちゃん側で見るヴラムは、勇者ちゃんを守る完璧な王子様だった。

 テスタメントの幹部、仮面の黒紳士として勇者ちゃんと出会い、戦いの途中で勇者ちゃんを気に入ってからは、わざと見逃したり、敵の弱点を遠回しに教えたりして陰ながら守り、学校でヴラムとして会うときは、勇者ちゃんを支える優しい謎の王子様(校長と気づくのはかなり後)。

 いつだって優しく、自分を守ってくれる……だが、こっち側から見るヴラムはどこか違う。

 まあ、私を裏切るってことは好かれていないわけだし、態度が違うのも、勇者ちゃんじゃない私にあの笑みを浮かべる理由がないのも分かる。

 だけど、あの余裕感がないというか、何かに満足していないというか……

「……なんだか、辛そう」

「辛そう……?」

「えっ、あっ!?

(やばっ! 声に出てた! ここは話を変えないと……)

「気にしないで。ただのひとり言よ。それより、聞いてほしいことがあるわ」

「おや、改まってなんでしょうか?」

「えっと……」

 ……やばい! 話を逸らすために別の話を始めようとしたまでは良かったけど、別の話の内容を考えてなかった!

「えーと……あ、昔の魔王はどんな人物だったのかしら?」

「なるほど。新たな魔王として気になりますよね」

 なんとなく思いついたことを聞いてみたが、思ったより食いつきが良かった。

 これなら話を逸らせるだろう。

 それに、思いつきで言ったが、考えてみるとちょっと気になる。

「魔王様は……そうですね。ひとことで言うと、まさに『魔王』でした。気に入らないものは敵も味方も消し去る……自分に逆らう者は死なないように、ひたすらいたぶってから処刑する……その悪逆非道ぶりは、言い出すときりがないです」

 えぐい……乙女ゲームの魔王なんだから、もう少し奇麗なというか、品行方正な魔王かと思ってたけど、普通のRPGよりよっぽど危険な魔王のようだ。

「今でも覚えているのは、とある都市を攻めたときですね。魔王様は一目見て、自分が直接滅ぼす価値もないと言い、近くを歩くネズミをその禍々しい魔力で魔獣へと変え、都市に放ちました」

 魔獣……そういえばゲームでもこの展開があった。

 勇者ちゃんが倒した魔獣は、その正体は実は、自分が助けた犬だったっていう鬱シーン。

 私も思いっきり泣いちゃったし、ゲームでもあれがきっかけで、ヴラムを含めて、魔族側の登場キャラが、一気に勇者ちゃん側に傾く感じだった。

 あれ以上に悲惨なことなんてないと思ってたけど……

「魔獣と化したネズミは、仲間を率いて人間たちを襲いました。人間からすれば恐怖でしょうね。邪魔者であり、弱者として追い回していた小さな動物が、自分たちを食い殺しにくるのですから」

 ……現実はもっと悲惨だ。

「そして都市から人が居なくなり、殺意が治まらない魔獣は仲間を襲う。そしてすべての仲間を食い殺した魔獣は、魔王の力に体が耐えられなくなり自壊……そして都市からは、『生物』が居なくなりました」

「……」

 ゲームでは語られてなかったけど、魔王ってそんなだったのか。

 アオイさん……レムリアさんは、このことを知っているんだろうか。

「レムリア嬢。これはあくまで以前の魔王の話ですが、貴方が宿した力は、そういうものだということだけは覚えておいてください」

 まただ……ヴラムは少しだけ、辛そうな顔をする。

 魔王のことが嫌い?

 どんな非道だろうと、仕えていた主には逆らわない忠臣?

 それとも、辛そうにしているけど、魔王の行動は問題ないと思っている?

「……なぜ、そんな魔王に仕えていたの?」

 だからこそ、聞いてしまった。

 さっきのように、なんとなく出てきた言葉ではなく、自分の意思で。

「……それを、魔王となる貴方が言うのですか」

 そして、私は後悔する。

 明らかに敵意の目を向けてくるヴラムを見て。

「あ、その……」

「……失礼しました。私が……いえ、魔族が魔王様に仕えた理由はすぐに分かりますよ。私たち魔族が、魔王様から受けた『祝福』をね」

「祝福……?」

「……」

 黙ってお茶を飲みだすヴラム。

 それ以上は聞くな、ということだろう。

「…………」

 私も、黙って冷めきったお茶を飲む。

 気まずい沈黙……

 だが、これは興味本位に人の心を覗こうとした私への罰。

 だからこそ受け入れていたが、この気まずい沈黙を破ったのは、以外にもヴラムだった。

「私も質問していいですか?」

「え、ええ」

「レムリア嬢。貴方はなぜ、魔王の器であることを受け入れ、新しい魔王になろうとしたのですか?」

「え……」

「魔王の力は先ほど話した通り、この世を乱すものです。貴方はその力で……いえ、魔王となって、何をしようというのですか?」

 いや、私に聞くな!

 ものすごいシリアスムードの中で申し訳ないのだが、心の中の第一声はこれだ。

 これはもう、当人(アオイさん)に聞くしかないのだが、こんなときに限ってお茶菓子を取りにいったままだ。

 とりあえず、ゲームでレムリアが言っていた目的を……いや、あんなダークヒーロー思想を私(姫川葵)が代弁できるわけがない。

 なら、私なりにかみ砕いて……

「えっと、この世界から……魔法至上主義を無くして………その……」

 いや、やっぱ無理!

 ただの高校生に、こういう思想系の説明とか無理だから!

 やろうとしたことは分かっている。

 魔法至上主義の破壊のため、魔法保持者の悪事を世間に晒し、魔法至上主義の象徴である魔法王城を破壊など、様々な形で、魔法使える人間であろうと万能ではないことを世に伝え、最終的には、一般人による統治を求めて革命を起こそうとしていた。

 でも、これはあくまでキャラ設定でしかなくて、どうしてその考えになったかは分からない。

 自分が魔抜けと呼ばれて迫害されたから?

 これ以上、自分のような存在を出したくないから?

 でも、なんだかんだいって優しいアオイさんが、それだけであんなことをする決意をしたとは思えない。

 ゲームだと、他にどんな設定が……あ。

(……私、アオイさんを『レムリア・ルーゼンシュタイン』としか見てないんだ)

 アオイさんのことを知ろうともしないで、『レムリア・ルーゼンシュタイン』だからって、イメージを押し付けていた。

 あの人はゲームで見たレムリアだから、私は知っている、分かっているなんて、勝手に思っていたけど、私は本当のレムリアを……アオイさんのことを見てすらいなかったんだ。

(私、最低だ……友達断られて当然だよね)

 私だって、自分の肩書しかみないで話しかけてくる人は嫌い。

 でも……

『私もこんな風になれたらな……』

 でも……

『……こんな理不尽な世界を変えたい!』

 ……私の想いも、あのとき思ったことも、嘘じゃない!

「やはり貴方は……」

「……ちょっとだけ、みんなが自分らしく生きられる世の中にしたいです」

「え……」

 私はレムリア・ルーゼンシュタインじゃない。

「今の世の中って、才能が無いからとか、生まれが平民だからとか、魔法が使えないからとか……人を殺そうとしてしまったからとか、何かが理由で、何もできない、何かすることすら許されない、諦めて当然って言われたりすること、結構あると思うんです」

 だからこれは、『私』の答え。

「それでも諦めたくない、やってみたいって、言える……例え結果につながらなくてもいい。自分なりになにかできるなら、そんな世の中になるなら……」

 そして、私が望んでいる世界。

「……誰よりも努力しているのに、誰にも認められないあの人が、少しでも報われ世の中になるなら……」

 そんな世界になったら……

「……私は、どんなことでもします」

 きっと、私も、アオイさんも、前に歩けるから。

「……レムリア嬢が考えていることは、概ね理解しました」

 理解はしたけど納得してないって感じかな。

 でも、さっきみたいな怖い顔じゃなくなって良かった。

「魔王となり、自分のなすべき道が見えているなら、今はレムリア嬢に『おイタ』するのはやめておきましょうか♪」

 前言撤回。

 おイタって、何しようとしてたんだこの人は。

 まあ、アオイさんを暗殺しようとしたって言ってる人だし、たぶんエグイこと考えてたんだろうけど……ロナード同様、地面に埋めといた方が安全な気がしてきた。

「ところで……敬語でいいのですか? レムリア嬢?」

「えっ……あっ!? こ、これはその……」

 やばっ!

 途中から素に戻ってた!

(こ、こういときは、えっと……え~っと…………)

「ふふっ、分かっていますよ。私への敬語が不要になったのは、私がテスタメントの幹部と知った今日。だから、慣れていなくつい出てしまったのですよね?」

「そ、そう! そうよ!」

 さすがヴラム!

 頼んでいないフォローが完璧! さすが天才!

「いやでも、レムリア嬢ほどの方が、そんな間違いをするとは思えませんし……ねえ?」

 第2回、前言撤回開始!

 これは絶対、こっちの喋り方が私の素だって分かってる!

 そしてそれをネタにからかっている!

 おかしい……ヴラムはもっと優しい王子様キャラだったはず。

 こんな爽やか腹黒どSキャラではなかったというか、それは変貌前の表向きのロナードの性格だったはず!

 というか、ロナードといい、なぜ私と関わるヤミヒカキャラは、性格がおかしくなるのだ!

「……次こういうことしたら、アポカリプスで動き封じてお尻叩きますよ」

 とりあえず、ここで素を否定したりすると絶対ボロが出て、最悪アオイさんとの関係を疑われそうなので、これ以上人を弄るなと警告しておく。

 私が家族の前でおばあちゃんにされた、最大級の屈辱を与えるぞという完璧な警告だ。

 決して、負け惜しみではない。

「それは楽しみですね。私はこう見えて甘えん坊なので、母親代わりにお願いします♪」

「……~~~~っ!」

 耐えて、レムリア・ルーゼンシュタインの心!

 この人ボコボコにしたいとか、アオイさんがこの世界の警察にあたる騎士は無能って言ってたから、地面に埋めてその上に岩置いとけばバレないかもとか、考えないで!

「おっと、これ以上は危険ですね。こわーい執事さんも見ていることですし」

「え……あ、アオイさん!」

「アオイ……さん?」

 や、やばっ!

 アオイさんはまだ、私が素で喋っていいことを知らない……あれ?

 というかこれ、私がレムリアになり切れていないというのがバレたのでは?

 さっきアオイさん怒らせカウントが3アウトだったのだが、ルールを無視した、4通り越しての6アウトぐらいなのでは?

「ああ、大丈夫ですよ。おふたりの関係、なんとなく理解しましたから。私の前ではいつも通りで喋ってください。私は、おふたりの敵ではありませんからご安心を」

「…………」

 あ、やばい。

 アオイさんが、「貴女、何やらかしるの? 死ぬの? ていうか何こいつにフォローまで入れてもらってるの? 消えるの? ていうかどんだけやらかせば気がすむの? 今すぐ死んでみる?」みたいな顔してる。

 とりあえず、見ていたら石化しそうなので目を逸らす。

「おっと、もうこんな時間ですか。今日はこれで失礼しますよ。次来るときは、是非このお茶の入れ方を教えていただきたいですね」

 立ち上がり、いつものスマイルに戻り、

「では、失礼します」

 そう言うと、体が無数の蝙蝠になり、気が付けば消える。

「すっご! さすが吸血鬼ですね。去り際までカッコいい」

「……どこがよ」

 今のイリュージョン帰宅でちょっと場が和んだが、やはりアオイさんは機嫌が悪い。

「昔から思っていたけど、本当に面倒でいけ好かないやつね」

「え、昔から嫌いだったんですか?」

「当たり前じゃない。あんな上から目線で、私は有能ですよって顔に書いてあるように接してくるくせに、私はそんな器じゃないみたいな態度をとる……肝心なところで強者の責任から逃れるなんて、最低なやつよ」

 ボロクソ言われているが、なんかちょっと分かる。

 テスタメントのトップなら、ロナードでも私でもなく、ヴラムがやばいいのにって思うし。

 だけど……

「そうかもしれませんけど……なんだかんだ言って、いい人だと思いますよ」

 私がかなり素を出してしまっているのに、『私』のことを聞いてこない。

 さすがに体の入れ替わりは想像できていないだろうけど、問い詰めようと思えばいろいろできたはずだ。

 どうせ何か思惑があるんだろうけど、こっちのことを察してくれている感じがする。

「…………」

 え、なんだかアオイさんの怒りゲージ的なものが明らかに上がっているんだけど。

 また私のこと、ゴミ……いや、ギリギリ残念な人を見る目ぐらいで見てくるんだけど。

「あ、あの……?」

 とりあえず土下座しといた方がいいかなと、席を立とうとした瞬間に、アオイさんが盛大に溜息をつく。

「はぁ……貴女、程々にしないといつか刺されるわよ。というか、刺すわよ」

「何を!? というか何で!?

「自分で考えなさい、お馬鹿」

 そう言いながら、手に持っていたお茶菓子の置かれたトレイを机に置く。

 上にはお煎餅。

 そして……!

「あっ! プリン~♪ もしかして、もしかして! これって、ラズリーさんが作ってくれたやつですか?」

「……ええ、そうよ」

 ラズリーさん。

 一応、私のお付きのメイドさんで、魔力のこととか気にしないで仕えてくれている。

 不愛想に見えるけどとっても優しく、料理も上手……というか、私の大好物のプリンを用意してくれるので、大好きなのだ。

 ちなみに、この人にもちょっとだけ素がバレている。

 といっても、ほんのちょっとだけだから、全然問題ないけど。

「えへへ~美味しいんですよね~、ラズリーさんのプリン。さあさあ、アオイさん! お茶会! お茶会しましょう!」

 そう言いつつ、机を軽く叩く。

 我ながら子供みたいだと思うのだが、それぐらい楽しみだからしょうがない。

 呆れた顔をしながらもスプーンの用意をしたアオイさんは、それを私に……

「……残念だけど、このプリンは私のよ」

「えっ……あ~~!」

 渡さず、自分でプリンを食べ始めた。

「え……あ、え? なんで、なんで~!」

「貴女はさっきまで日本茶を飲んでいたでしょう。だったら、それにあう煎餅を食べなさい。それ、再現するの大変だったのだから」

 それは知ってるけど……醤油まで作ってくれたし、いつでもご飯とおみそ汁用意してくれるから、ご飯派の私はありがたいけど……このお煎餅とってもおいしいけど……

「うう……アオイさんの鬼……悪魔……」

「悪役令嬢として、誉め言葉として受け取っておくわ。んっ……へえ、中々おいしいわね。」

 勝ち誇ったどや顔。

 くそう、そういうところ本当にかわいい!

「まあでも……」

「え……はむっ!?

 口にスプーンを突っ込まれる。

 卵と砂糖の甘さと、カラメルソースのほろ苦さ……完璧な味が私の中に広がっていく。

「どうやら、私がいない間にヴラムと何かあったみたいね。よくひとりで乗り切ったわ。褒めてあげる」

「あ、あをぃさぁん……」

 プリンおいしい。

 アオイさんに褒められてうれしい。

 プリンおいしい。

 プリンおいしい。

 いろんなものが私を癒してくれる。

 そんな幸せにひたっていたら、アオイさんが顔を近づけてくる。

 相変わらずの距離感だが、今は幸せいっぱいなので気にならない。

「その口の中のプリンを食べたら、聞かせて頂戴」

 そう、今の私は大変、大変気分がいいのだ。

「私と貴方の関係がどこまでバレているのか……いいえ、貴女が無意識にどれだけ『やらかした』のかをね」

 さようなら、私のいい気分。

 こんにちは、今すぐ死にたくなる私。

(……今日のお茶会は長くなりそうだ)

 そんなことを思いながら、正座と土下座の準備をする。

 いつもならここで、どうやって逃げようかを考えるところだが……

「アオイさん」

「何よ」

「プリン、持ってきてくれてありがとうございました」

「……お馬鹿」

 こんな説教でも、アオイさんと一緒に過ごす時間が……アオイさんを見て、知る機会が増えたと思えばいつもよりマシかな。

 こうやって、一緒に過ごして、ちゃんとアオイさんと向き合えるようになったら……

(そのときはもう一度、友達になってほしいって言ってみよう)

 正座の体勢をとりながら、そんなことを思った。
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