丸山短歌賞選考会

文字数 2,912文字

2020年8月29日土曜日。川子ホテルの一室にて、第66回丸山短歌賞選考会が実施された。

【選考委員】
北條法長 84歳 早慶大学文学部教授 歌誌「ことのは」主宰・編集長
韮本照美 76歳 歌誌「月と撫子」主宰・編集長
河野弘之 45歳 小説家 エッセイスト
あや乃  29歳 Webサイト「短歌 de ドキュン」運営委員長

【投票結果】
⑤存在の轍    北條◎
⑫しぐれの(とき)   韮本◎
㉒ぼっくまくん  河野〇
㉗知床へ     北條〇
㉞美咲の帽子   あや乃◎韮本〇
㊱回鍋肉殺人事件 河野◎あや乃〇
㊽一歩歩けば牛のうんこを踏む豁を俺様が通る 北條〇韮本〇河野〇あや乃〇


編集部 それでは、◎と〇が一票づつ入った㉞と㊱に絞って、選考を進めたいと思いますが、いかがでしょうか。

北條 ちょっと待った。㉞と同じような作品はこれまでもゴマンと読んできた。㊱に至っては短歌ではない。ミステリーの梗概をみそひともじにして並べただけのシロモノだ。どちらも、新人賞には相応しくない。

韮本 ⑤の作者は、「ことのは賞」を獲られた佐伯胤臣さんに作風が似ていますわね。

北條 佐伯はもっと下手だよ。⑫こそ、「月と撫子」の安斎有紀を髣髴とさせるがね。

韮本 まあ、北條先生。わたくしどもの会誌をよくご覧になってくだすってますこと。ほほほ。

編集部 え、㉞と㊱についてはいかがでしょうか。

あや乃 ㉞は、離婚し、一人娘を育てているお母さんの一連です。よくある母子家庭の、生活に疲れてじめっとした感じは微塵もなく、全体を明るいトーンでまとめているところに好感を持ちました。

北條 「『お花さん、ひやけするから』向日葵に帽子を乗せて美咲ふり向く」。こんなのは俵万智だけで十分だ。

韮本 あら、俵万智はもっと上手いですよ。俵万智はさらっと詠んでいるようで、高度なテクニックを駆使しています。わたくしも、この作品の明るさに未来を感じました。この作品が受賞すれば、一人親家庭へのエールになると思います。

河野 ㊱は確かに、これを短歌といっていいのか僕も迷いましたが、ちゃんとミステリーになっていて、作者の力量を感じました。50首読み終わるまで、誰が犯人なのか全くわからず、手に汗握りながら読みましたよ。僕は㊱に短歌の新しい可能性を感じました。

あや乃 「銃口を奴の額に定めつつ後ろから前から春香を犯す」。編集部さんよく残してくれたわよね。私も㊱は、ドンデン返しの連続に唸らされました。

北條 私は⑤こそが、この伝統ある丸山短歌賞に相応しいと思う。「雨。やがて街のねむりを眠らしめ夜の底に立つ我の混沌」。地方都市に住む孤独な青年の魂の叫びが、一連にただよっている。

韮本 全体として何が言いたいのか、よくわかりませんでしたわ。

河野 地方都市に住んでるってわかるんですか。

北條 あ、いや、なんとなく。ともかく、⑤の受賞ならば歌壇が納得するだろう。

あや乃 それですが、⑤の受賞なら今までと変わらないわけですよ。今や短歌は、俳句に大きく離されています。俳句は、テレビのゴールデンで芸能人が楽しそうに作っているためか、若い世代でも俳句を始める人がどんどん増えています。私のところでも、俳句に傾倒し帰ってこない人がちらほらいて、私は大きな危機感を持っています。短歌の未来を考えるなら、⑤ではなく、読者との身近さを感じさせる㉞や㊱の受賞が望ましいと私は思います。

北條 ㉞と㊱の作者は、結社に所属しているのかね。

編集部 それについては、申し訳ないのですが、現時点では公表できません。

あや乃 北條さん、結社とかもう意味がない時代になっているんですよ。一冊1,300円の歌誌なんて、一般の誰が買うもんですか。

北條 お嬢さん。そう仰るけどね、年寄りはインターネットを使えない者が多いんだよ。私も、改革をしてネット運営に切り替えようと何度も試みた。だが、大半が70を超える会員たちの大反対にあって、諦めた。短歌の未来のためには若者を大事にしなければいけないが、金を持ってる年寄りを邪険にするわけにもいかんのだよ。私のところでは今でも、毎月の歌を専用の原稿用紙に清書し、2枚にわたる場合は糊付してひとつにまとめ、郵送してもらっている。編集所は、私の家なんだが、その用紙の処分が大変なんだよ……。だから、佐伯くんが受賞してくれたら、若い会員が入り、「ことのは」の改革に大いに繋がるだろう。

河野 言っちゃってますね。

編集部 ⑫についてはいかがでしょうか。

韮本 「三月の窓を開けば一人居の卓に留れる羽虫のたぐひ」。日々の暮らしを丁寧に詠んでいます。自らの細やかな感情を、小さな生き物に託している。すぐれた、鋭敏な感覚の持ち主だと思います。

北條 腐るほどある、独身女の日常を並べただけのものだ。ま、その中でも水準は高いほうだけれど。

編集部 全員の票が入った㊽についてはいかがでしょうか。

あや乃 まさか全員が㊽に入れるとは思わなかったわ! あはは。

北條 駄目だ駄目だ駄目だ。こんなものが受賞するなら私は茂吉の墓の前で腹を掻っ捌かねばなるまい。

河野 茂吉も結構、ぶっとんだ歌を詠んでいますけどね。そこが愛される理由なんですけど。

韮本 北條先生だって、一票入れておられるではありませんか。

北條 私は⑤以外どうでもよかったので、絶対に票が集まらなさそうな㊽に捨て票を入れたのだ。さらっと読めたしな。

河野 さらっと読める。そこ、大事です。短歌の連作って、ほんと、読むの疲れるんですよね。こっちの想像力を総動員してかからないと、何が言いたいのかさっぱりわからない作品ばかりだ。あ、編集部さん、失礼。

あや乃 「これを読む選考委員の四大の()ることのはの馬鹿馬鹿しさよ」これってあたしたちのこと? ウケる~。

韮本 「ことのは」を入れこんでいます。お見事。

河野 この話って、その昔、審査員5人中4人の最高得票ながら落選した枡野浩一のパロディなのかな。たぶんそうなんだろな。しかも筒井康隆をパクってるけど、全然面白くないし。まあいいか。㊽が受賞したら、ちょっとした話題にはなるでしょう。雑誌も少しは売れるだろう。編集部さん、どうします。一応、全員の票が入っていますしね。

編集部 ええと、あの。

北條 駄目だ駄目だ駄目だ私は許さん。

韮本 わたくしは、面白いと思いますけれど。⑤が受賞するよりは。

北條 韮本さん、裏切るのか!

韮本 アラ裏切るって、どういうことかしら。

編集部 ㊽は無しです! 無しです!


侃侃諤諤。
選考は北條と韮本の一騎打ちとなった。両者一歩も譲らず。
河野とあや乃はパソコンを出し、自分たちの仕事をはじめた。


日付が変わるころ、ようやく、決着がついた。

【第66回丸山短歌賞・同時受賞】
  
「存在の轍」佐伯胤臣   結社「ことのは」所属。26歳
「しぐれの(とき)」安斎有紀   結社「月と撫子」所属。43歳


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