第2話 夢枕に立つ人影

文字数 8,377文字

陰陽師を自称する女性に日本刀を突きつけられた状態で、僕が何か釈明しなければと必死に考えていると、背後から聞き覚えのある声が響いた
「あらあらあら、またお客さんにそんなことをして」
オーナーの老婦人が様子を見に来て、僕たちの状況に気付いたのだ。
「こいつが、つやつやした血色のいい顔をして不眠に悩んでいると言うから問いただしていたのです」
陰陽師を自称する女性は冷たい声でオーナーに事情を説明する。
「コスプレ系の風俗店と間違えて袴を脱がそうとしたおやじがいたからと言って、皆が皆そうとはかぎらないよ」
「あのオヤジが今度現れたら首と胴体をサヨナラさせてやる」
彼女の眼差しは鋭いままだが、とりあえず刀をさやに収めた。
「すいません。実は調査を頼まれていたのです」
僕はこっそり調べていたことがばれたからには、正直に話して許しを得るしかなさそうだと思い、自分が請け負った調査の説明を始める。
「調査だって。まさか税務署じゃないだろうね」
僕が使った調査という言葉に反応して、今度はオーナーの眼光が鋭くなった。
「違います。僕の大学で文化人類学の研究をしている准教授にいざなぎ流の祭祀を調べてこいと言われて現地調査に来たのです」
仕方なく僕は、依頼主である栗田准教授のことも白状する。
「客を装って隠し撮りをするのがおまえ達の調査の流儀なのか」
彼女は僕が写真を撮っていたことにも気づいていたらしい。
僕は辛辣な陰陽師の口調に何か言い訳しなければと焦るがとっさに気の利いた受け答えができない。
「まあまあ、大学の調査だったら、宣伝になるかもしれないからいいじゃない。この子にいざなぎ流のことを教えてあげなさいよ」
陰陽師は、僕から目をそらすと、つまらなさそうにつぶやいた。
「オーナーがそういうなら仕方がない」
僕はどうにか彼女に許してもらえたようだった。
「お店はもう閉めたから、店のテーブルで話すといいわ」
気がつけば時刻は既に午後九時を回っている。
僕は、オーナーのとりなしに密かに感謝しながらバックヤードの和室から店の中に戻った。
カフェのテーブルに座ると陰陽師を名乗る女性は名刺をくれた。「いざなぎ流 別役山葉」と書かれている。
「名字が「べっちゃく」、名前は「やまは」と読む。君は名刺持っていないだろうから、学生証を見せてくれないか」
彼女は僕が話した内容をあまり信用していないようだ。僕はやむなく鞄から学生証を出して彼女に渡した。山葉さんは子細に確認してから学生証を僕に返して質問する。
「名前は内村徹、文化人類学科というのは本当のようだな。一体何を調べようとしていたのだ?」
僕は刑事に尋問される犯人のようだった。口を開こうとした時に、オーナーがトレイにナポリタンスパゲティーの皿を載せて僕たちの前に現れた。
「もう時間が遅いから、これを食べて行きなさい。怖い思いをさせたからお代はいらないよ」
「細川さんこんな奴にそこまで気を遣わなくても」
山葉さんは僕を軽くにらみながらオーナーに話すが、オーナーは微笑を浮かべたままで首を振る。
「いいんですよ。学生さんなら今度は友達を連れてきてくれると思うし、若い子はよく食べてくれるから作り甲斐があるわ」
オーナーが作ったナポリタンスパゲティーは、大きめの洋皿に小山のように盛りつけてある。
僕の前にいる山葉さんの前にも同じ量のナポリタンスパゲティーが置いてあった。
「あなたもそれを全部食べるのですか」
「そうだ、悪いか?」
僕の質問に彼女は不機嫌に答える。
「いいえ悪くないです」
僕は答えながら、彼女の機嫌を直す方法はないものかと表情を窺うが、彼女はそう簡単には打ち解けてくれそうにない。
「せっかくの細川さんのご厚意だ。君も食べなさい」
「はい」
僕は勧められるままに食べ始めた。具材はベーコンと玉ネギ、ピーマンにマッシュルーム。普通の具材と調味料を使った何の変哲もないナポリタンスパゲティーだがそれはおいしかった。きっと火の通し方や調味料のバランスが絶妙にいいのだろう
僕は昼間、道に迷って歩き回り、お腹が空いていたので勢いよく食べ始めたが、山葉さんもそれに劣らぬ勢いで食べている。
「山葉さんは、お家が神社をされているのですか」
僕は片手にフォークを持ったままで尋ねる。
「私の父はいざなぎ流の太夫をしているが、いざなぎ流は神社のような建物を持たない。集落の中で皆と共に働いて、必要なときだけ祭祀を執り行うのだ」
彼女は意外と、僕の質問に答えてくれる。僕は食べながらいろいろ聞いてみることにした。
とはいえ、彼女は未だに僕に対する警戒心を解いてはいない。整った顔立ちで鋭い視線を僕に向ける様は、うかつに触ると指が切れてしまう研ぎ澄まされた日本刀を思わせた。
「ご出身はどちらなのですか」
「高知県の草薙市だ。いざなぎ流の調査に来ているのに知らなかったのか」
彼女はフォークでナポリタンスパゲティーを巻き取りながら僕の顔を見て訝しむ。
僕はいざなぎ流が伝承される地域さえ知らなかったのは失敗だったと悟った。
「あなたも陰陽師なのですか」
「私の住んでいた地域では太夫と呼ばれているが、私はまだ修行中だから太夫と名乗ることは許されない。陰陽師という呼称を使うのは一般の人が理解しやすいからだが、厳密に言うといざなぎ流の実情とは違う」
言われてみれば、僕は太夫という呼び方は歌舞伎や浄瑠璃に関連して聞いたことがあったが、それ以外では花魁に敬称として付けられていたことくらいしか思いつかない。僕は次第に彼女に興味をそそられていく自分に気付く。
「修行ってどれくらいの期間が必要なのですか」
「さあね。口伝で全ての祭文や必要な準備の仕方を教わるから十年以上かかる人もいる。私は父の元を離れてしまったから全てを教わることはできないかもしれないな」
話すうちに、彼女は本物の陰陽師一族の末裔に違いないと思えてきた。
陰陽師というネーミングとコスチュームで客を引こうとしているなら、ここまでディテールを話すことは不可能だ。
僕と彼女が大量のナポリタンスパゲティーをあらかた食べ尽くした頃に、オーナーがコーヒーを持って来た。
彼女はこのカフェのオーナーで細川さんというらしい。
「調査に来たのは本当のようだから、明日、逗子に行くときに連れて行ってあげなさいよ」
コーヒーを僕たちの前に置きながら話す細川さんに、山葉さんは食べるのを止めて答える。
「荷物持ちが来てくれたら助かるのは確かです。先方に失礼がないように余計なことを言わないなら連れて行きましょうか」
言葉の後半は、僕の方にも向けられていたようだ。
「本当ですか。是非連れて行ってください」
僕は個人的な興味もあって、彼女が祭祀を行う姿を見たいという気持ちが強くなっていた。
翌日の土曜日。約束していた朝十時の少し前にカフェ青葉を訪ねると、細川さんがカウンターの内側から僕を手招きする。
「山ちゃんが待っているからこっちにお入り」
言われるままに僕がバックヤードに通じる扉からはいると、山葉さんが、赤い袴と白衣の巫女姿で何かの荷物をトランクに入れていた。
「おはよう、早いな。今日は見習いとして連れて行くからこれに着替えてくれ」
彼女は濃紺色の袴と白衣のセットを僕に手渡した。コスチュームまで用意してくれたらしい。
「先方の許可もとらずに取材の人間を連れて行くわけにはいかないから、うちのアルバイトとして来てもらう。その代わり、今日見知った個人情報は一切他言するな」
他言したら、ただではすまない気がして僕は慌ててうなずいた。
「今日は、日本刀は持って行かないのですか」
「あれを持ち歩いていて警察に見とがめられたら銃刀法違反で捕まる。それに、依頼先で時間がかかりすぎるのも具合が悪いから、今日使う式神は作ってある」
昨日紙を切って作っていたのを式神というらしい。
僕は彼女に銃刀法を気にするだけの常識があることを知り、少し安心して袴姿に着替えた。
「貴重品以外はそこに置いといていいよ。このケースを持ってついて来てくれ」
彼女は言い捨てると、先に立って僕を建物の奥へと案内した。そこは二階まで吹き抜けの空間になっていて大きな機械が設置してある。
「コーヒー豆の焙煎機だ。これぐらいのサイズでないと安定した味が出せない」
その横には店舗部分の上に当たる二階のフロアに続いている階段があり、更に奥のドアを開けるとそこはガレージとなっていた。
「今日はこれで行くから乗ってくれ」
そこにあったのはBMW M3、ドイツ製の高級車だった。濃紺のボディカラー、トランクルームのM3のバッジは三色にぬってありスペシャルな雰囲気を醸し出している。
「このBMW M3、山葉さんの車なのですか」
「オーナーの車を借りたのだ、こっちに置いてあるのが私の単車だ、タンデムで乗っていきたいならそうしてもいいぞ」
「いいえ結構です」
先日店舗の前に置いてあったのは彼女のバイクだったのだ。彼女はバイクで行ってもいいと言うが僕と荷物を全て積めるとは到底思えない。
彼女がBMW M3のトランクを開け、僕が荷物を積み込みんだ後に山葉さんは宣言した。
「それでは、いざなぎ流の祈祷をするために出発しよう」
彼女は僕が調査のために同行するのを意識してことさらに言ったようだ。
BMW M3が動き始めると、どこかにセンサーがついているのか、ガレージのシャッターは自動で開いていく。
「細川さんってお金持ちなのですか」
僕の単刀直入な質問に山葉さんは苦笑した。
「お金持ちなのは確かだね。あの人は、下北沢の母と呼ばれていた有名人で、占いで財を成したのだ」
「何で占いをやめてカフェをはじめたのですかね」
僕は、BMW M3が通り過ぎていく下北沢の町並みを眺めながらつぶやく。
「彼女はコーヒーを自家焙煎するカフェを開くのが長年の夢だったらしい。あの店も大型の焙煎機が置ける物件を探していて見つけたそうだ」
気がつけば、彼女は混雑する下北沢界隈を抜けて玉川インターチェンジから第3京浜に乗っていた。
BMW M3はスムーズな加速でスピードを増していく。
3シリーズをベースに大排気量のエンジンを積んだスポーツモデルは日本の交通法規の下では実力を発揮できないにちがいない。
僕は質問するネタが尽き、車内をしばし沈黙が支配すると、彼女は気を使ったように僕に尋ねた。
「文化人類学とか勉強して、将来は何になれるのだ?」
彼女の質問はありきたりのようだが、僕は答えに窮した。
僕は将来何になるつもりだろう。先輩の西村さんも商社系を目指していると言っていた。
「大学に残って研究を続けるのが夢です」
僕の口を突いて出たのはそんな答えだった。それだって、日頃から考えていたと言うよりは思い付きに近い。
「いいな。好きな分野の勉強を続けられて、それが仕事になるなんて」
彼女が嫌みで言っているのではないとわかるが、僕は何だか肩身が狭い気がする。
僕は話題を変えようと無難な話に振ってみた。
「山葉さんは交際している男性とかいるのですか」
 さりげなく聞いたつもりだが、彼女はあからさまに不機嫌な表情に変わる。
「なぜ私が初対面に近い君にプライベートな話をしなければならないのだ」
「いえ、当たり障りのない話題にしようと思って」
彼女は分かっていないというように首を振ると諭すように僕に言う。
「妙齢の女性と二人きりの時にその質問をするのは当たり障りがないとは言えないよ」
「すいませんその辺に疎くて」
僕が恐縮していると、山葉さんはしばらくしてから口を開いた。
「いざなぎ流は式神や式王子と呼ばれる存在を使役する形で祭祀を行い、私は時々それらの存在の気配を感じる時がある。男性と親しく付き合うとそのような能力が失われるのではないかと思い、深く付き合うことはしていない」
 ぼくは伊勢神宮や加茂神社では未婚の内親王が巫女として神に仕え、斎王と呼ばれていた故事を思い出した。
 もしかしたら彼女は生涯いざなぎの神に仕えるのかもしれないと思うと妙に胸がふさぐような気分になり、僕は彼女に尋ねていた。
「いざなぎ流の巫女は、独身で神に仕える存在なのですか」
 彼女は、ステアリングを握ったまま軽い雰囲気で答えた。
「いいや、私の祖母はいざなぎ流の博士まで務めたが、子を設け孫の私もいる。宗教的な理由ではなく私のこだわりと思ってくれていい。それに私は中高一貫の女子校を出て、大学も女子大に行ったから、男性との接するのが苦手な部分もあるのだ」
 僕は思わず彼女の横顔を見た。僕にとっての彼女は日本刀を振り回す神懸かりな巫女の印象が強いが、神道を奉じる家に育ち、中学校からずっと女子校に通ったという彼女はとんでもないお嬢様かもしれないと思ったからだ。
 鼻筋の通った横顔は気品を感じさせるが、僕の視線を察知したように彼女は言う。
「なんだ、可笑しいのか」
「いいえ、そんなことないです」
彼女は助手席の僕に顔を向けて、問いただす。
「いや、今笑ったような気がした」
「そんなことないです。お願いだから前を向いて運転してくださいよ」
僕が哀願すると彼女はやっと目線を前に戻す。
運転を続ける彼女ととりとめのない事を話すうちに、彼女の口調が良く言えばジェンダーにとらわれない話し方で、時代劇のお武家様のような雰囲気を醸し出していることに気づく。
それが彼女の出身地による特徴なのか、いざなぎ流の継承者であるためなのかは僕にはまだ判別できない。
やがて、僕たちは逗子に到着し、彼女はカーナビの指示にしたがって逗子の市街地を抜けて三浦半島の西海岸を南下した。
幹線道路を外れて、なだらかな丘の上に登るとそこには病院のような施設があった。
「ここは、病院ですか」
「ホスピスだ。癌患者の終末ケアをする施設だよ」
彼女は駐車場に車を留めながら簡潔に答え、僕はホスピスという施設と彼女の仕事の関連性を考える。
「それでは今日の仕事というのは?」
「治療法が尽きたら神頼みをしたい人もいる。私のお得意様的な施設だ」
僕はどう返したらいいかわからなくて口をつぐんだ。
施設の入り口はこぎれいなロビーになっており、そこで依頼者の女性が僕たちを待っていた。
「お忙しいでしょうに無理を言ってすいません。今日はよろしくお願いします」
「別役と申します。こちらは助手の内村です。本日はご依頼ありがとうございます」
二人が名刺を交換するときに僕も名刺をもらった。彼女の名は谷脇由佳さんで、司法書士事務所に勤務していることがわかる。
由香さんは僕たちが質問するのより先に、自分が依頼した理由を話し始めた。
「私の父が末期の肺ガンでここに入院しています。父は剛胆な性格で神仏などおよそ信じない人だったのですが、最近おかしなことを言うようになったのです」
「ほう。どんなことを言われるのですか」
山葉さんは、興味を惹かれた様子で由香さんに質問する。
「亡くなった伯母が夢枕に立つというのです。そのようなことを口走る人ではなかったので心配で、気休めでもいいから何かして上げようと思って」
そこまで言って由佳さんは口を押さえた。
「ごめんなさい。私失礼なことを」
「いいんですよ。気休めになれば来た甲斐があります」
ビジネスに徹しているのか、山葉さんはソフトに対応している。
「病室で祭祀をすることはできますか」
山葉さんが尋ねると、由香さんは少し思案して答えた
「ええ、個室なので大丈夫だと思いますよ」
由香さんは周囲に音漏れしないか心配する様子だったが、山葉さんに答えるとソファから立ち上がり、僕達を病室へ案内した。
病室は海側に面し個室で、入り口のドアには谷脇義男と名前が表示されている
谷脇さんの父親、義男さんはベッドの上で半身を起こして海を眺めていた。
「お父さん、いざなぎ流の太夫さんに来ていただいたわよ」
義男さんは僕たちを見回して言った。
「私の戯言につきあわせて済まないね」
「いいえ。大切なことだと思いますよ。本日はお呼びいただきありがとうございます」
山葉さんは義男さんに挨拶すると僕を促してトランクから式神をはじめとする必要な品々を取り出した。
そして、僕に部屋の中央に祭壇のようなものを置くように指示する。
「それは「みてぐら」というのだ。祈祷で取り払った「すそ」と呼ぶ穢れの類を封じ込めるために使う」
山葉さんがボソボソとつぶやいた。僕は自分に教えてくれているのだと気づき少しうれしくなる。
山葉さんは「みてぐら」に向かって一礼すると御幣を手に取り祭文の詠唱を始めた。彼女は詠唱しながら緩やかに舞うような動きを始める。
部屋の中に彼女が祭文を唱える声が響き、彼女の動きにつれて白衣の衣擦れの音がそれに重なる。
舞のようなしなやかな動きにつれて山葉さんの黒髪がふわりと宙に舞い、僕は魅せられたように彼女の動きから目が離せなかった。
義男さんはベッドの上で目を閉じ、山葉さんが唱える祭文を聞いていた。
山葉さんは祭文の詠唱を終えると御幣で義男さんの頭上を祓い、一礼して祭祀を終えた。
「あなたのお姉さんが夢枕に立つことはないでしょう。何か気になることが起きたら対応しますので連絡してください」
山葉さんが静かに告げると、義男さんは黙って頭を下げた。
再び、トランクに荷物を詰めて帰ろうとした時、山葉さんは立ち止まって僕の方を見つめた。
正確には僕の背後の辺りを見ている様子だ。
僕は思わず、後ろを振り返って何もいないのを確かめてから聞いた
「どうかしたんですか」
「すまん、何でもないから気にしないでくれ」
彼女はそう答えると心なしか急いだ様子で部屋を後にした。
山葉さんはロビーまで見送ってくれた由佳さんから謝礼を受け取って一礼すると、僕を促してホスピスを後にした。
帰り道、彼女は来た道を通らず横浜を経由するルートを選んだ。
「他に用事があるのですか」
「いいや、違う道を通りたかっただけだ。この格好で町を歩こうとは思わないが、車から景色は見られるから」
僕自身も、横浜界隈に来ることはあまりない。彼女とドライブしていると思えば気分は悪くない。
「今日はありがとう。やはり一緒に同行してくれる人がいると心強いものだ」
彼女に礼を言われて僕は意外な気がした。
「でも、僕はせいぜい荷物を持つ程度であまり役には立っていませんよ」
「内輪の人間が同行してくれるだけで、ずいぶんと気分が楽なことがわかった」
僕が彼女の言葉の意味を計りかねていると彼女は言葉をつづけた。
「出張でご祈祷する場合は、私はちょっとした好奇の目にさらされる。自分のやっていることは正しいと信じていても時に疲れることもあるが、仲間が一緒にいるからすごく心強かったのだ」 
「そうだったのですか。役に立てたならうれしいです」
 僕は彼女が、宗教上の事柄なら何の躊躇もなくやってのけるタイプの人だと思っていたが、意外と普通の感覚を持っていることがわかりうれしくなった。
しかし、彼女が時折眉間にしわを寄せてこちらを見ていることが気にかかっている。
彼女がそんな仕草を見せるのは祈祷が終わって病室を後にする時以来だという気がする。
「僕に何か気になることでもあるのですか」
僕が彼女に尋ねると、彼女は慌てて目をそらして、小声で答えた。
「大丈夫だ。問題ない」
彼女が問題ないと言う以上、僕もそれ以上追及はできなかった。
しかし、その夜になってはじめて、僕は彼女のしぐさの意味を正しく理解したのだった。
自宅に帰った僕は、昼間の疲れが出たみたいで、早めに就寝したが、寝入りばなに、うとうとしながら夢を見た。
夢の中で、僕は田園風景の中、和建築の縁側に腰掛けており、目の前の庭を誰かが近寄って来るのに気がつく。
その女性は作業用らしいズボンの上に割烹着を羽織っており、僕の目の前まで来ると穏やかな表情で何か話しかけてくる。
そこで僕は目を覚ますとガバッと起きあがった。
今の夢は一体何だろうと自問する間も心臓は速いペースで鼓動を刻んでいる。
そして、気を取り直してもう一度眠りについた僕は、再び同じシチュエーションの夢を見てしまう。
割烹着姿の女性は先程より心なしか近寄っており、同じ言葉を話しかけてくるが相変わらず、僕には何と言っているのか判別できない。
目を覚まして起きあがった僕は、部屋のライトを付けて、ヘッドボードの時計を見たが、時刻はまだ夜の十時過ぎだ。
少し非常識な気もしたが、僕は昼間会った由佳さんにメールを送った。
メールの文面は昼間のお礼に付け加えて、祭祀に使うので義男さんの夢枕に立ったという伯母さんの写真を送ってくれというものだ。
僕はどうせ返事が来るのは翌日だろうと思っていたが、予想に反して十分もたたないうちに返事が届いた。
挨拶とともに送られてきた写真を見た僕は、首から背中にかけて冷たい感覚が走るのを感じた。
その写真の顔は、紛れもなく先ほど夢に現れた女性の顔だった。
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