第1話

文字数 686文字

 おろしたてのシーツの中。すずめの鳴き声。
 起きたらコーヒーを淹れよう。
 眩しい光が差し込んできて、はやく起きたらと優しく促すみたい。
 ほら、素敵な一日が始まる。

**

 携帯電話が鳴った。
 目を開いて伸びをする。真っ白なパジャマ。髪の毛が胸元に落ちるのを片手でかきあげて、しつこく鳴る電話を取る。

 「はい、どなた……」
 「かえして」

 地の底から響くような声だった。

 「それは、わたしのもの」

 えっ、何。聞き返そうとした時、電話は切れていた。

 なんだろう。
 立ち上がり、ベージュのラグを素足で踏む。繊細な模造宝石で飾られた白い鏡台。気にしてなんかいられない。

 約束がある。
 10時に、彼と。

 ブラシで髪の毛をとく。鏡の中にはわたしがいる。
 色白のうりざね顔。おおきな瞳。唇は赤い。

 「ほんとに可愛いわ」

 幼いころから耳元で繰り返された言葉。
 可愛い、きれい。

 にこっと微笑んでみる。
 白い歯がこぼれ、えくぼができる。長いまつげはビューラーを使わないのに、くるんと上向き。

 可愛い、きれい……。
 呪文のように呟くと、鏡の中の綺麗な子も唇を同じように動かして微笑む。

 だけど。

 「違うわ。あなたは、これ」

 一瞬のまたたき。鏡の中の顔が入れ替わる。
 一重。色黒。にきび跡。
 誰だ、知らない。何、この顔は。


 すぐに鏡の中は元通りになった。
 そうよね気のせいだ。わたしの顔はやっぱり綺麗。

 「ねえ、かえしてよ」

 知らない。聞こえない。いくら囁いたって、そんなの、何の力も持たない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み