第1話

文字数 1,434文字

甘い 辛い 甘じょっぱい

甘じょっぱいは照れ臭くて不恰好で(ぬく)い……色で表すと茶色や。

昌彦のお母さんは薄いピンク。上品で優しそう。
友樹のお母さんは紺色かな。キリッとして厳しそう。

おれの母ちゃんは……茶色やねんなぁ。


弁当箱のふたを開けたら、ご飯におかずの汁が染みて茶色くなってる。
おかずも唐揚げとか煮物で、全体的に茶色っぽい。
甘じょっぱい玉子焼きはちょっと焦げて、いっつも弁当箱の端でひしゃげてる。でもおれの大好物やねん。


「早よ寝〜やぁ!」

母ちゃんは中3にもなったおれに毎日同じことを言う。

「あんた、明日試合やろ。爪切ったん?」

はい、はい。わかってるって。

小学一年で始めた野球。
泥で汚れた練習着を洗い、弁当を作り、当番の日はグラウンドで手伝いをし、試合の日は応援してくれた。

勝っても負けても母ちゃんは笑顔で

「ようがんばったな、おつかれさん」

と、おれの背中を叩く。その手が鬱陶しくて振り払った時期もあった。でも最近はおれも大人になったんかなぁ。息子として、母心を受け止めてる。

明日の試合は活躍して勝って母ちゃんを喜ばせたいなぁなんて、親孝行なことも思ってる。おれっていい息子やなぁ。


試合は負けた。
最終回。1点差で追いかけるワンアウトランナー1塁の場面。打席はおれに回ってきた。負ければ引退の大事な試合。おれは思い切ってバットを振った。
結果はダブルプレー。
おれの中3の夏は終わった。

スタンドの母ちゃんはどんな顔して見てたんやろ。


晩飯(ばんめし)の時
「ようがんばったなあ。おつかれさん」
ってジュースで乾杯しようとコップを持ち上げる母ちゃんはいつもの笑顔やった。

おれは
「うざいねん」
と言いながら、コップのコーラを飲み干した。
ほんまはありがとうって言いたいのに。


父ちゃんはおれが小3の時に突然家を出て行った。それから母ちゃんと二人、父ちゃんがおらんさみしさや悔しさをはねとばすように笑って暮らしてきた。

母ちゃんの口から父ちゃんの悪口を聞いたことがない。
なんでなん? 腹立たへんの?
って一回聞いたことがある。
そしたら母ちゃんは
「そら腹立つけどあんたのお父さんやろ。そう思たら許してしまうねん」
笑ってそう言うた。

ヒット打って母ちゃんを喜ばしたかってんけどな。どこでなにしてるか知らん父ちゃんにも「おれは立派に育ったぞ」って言うたる気持ちでバット振ったんやけど。


「めちゃくちゃかっこよかったで」

母ちゃんの目に涙が滲んでた。

「当たり前やろ」

おれはたまらんくなった。
あかん。泣いてまう。

「アイス買うてくるわ」

おれは自転車を漕いだ。泣くとこを母ちゃんに見られたくなかった。


昌彦のお母さんみたいにシュッとしてへんし、上品そうでもない。たまにはもうちょっとおしゃれしたら? って息子のおれからも言いたくなるぐらい、いっつもおんなじような服着てる。こないだなんて、おれが着いひんようになったTシャツ着て仕事行ってたからな。
髪の毛も短くて、ずーーーっとおんなじ髪型。
「シャンプー代が安く済むねん!」
って笑ってた。

友樹のお母さんみたいに、バリバリ働くかっこいい女の人! って感じでもない。いつもひっしでよれよれや。

弁当はSNSに載せて自慢したくなるような凝った弁当でもしゃれた弁当でもない。

でもなぁ……。

(ぬく)いねん。

おれの母ちゃん、めちゃくちゃ(ぬく)いねん。

母ちゃんの好きなラムネアイス買うて帰ろ。

ほんで、ちゃんと母ちゃんに言わなな。

「ありがとう」って。


おれの母ちゃんは色で例えたら茶色や。
でもその茶色がおれは大好きやねん。
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