第5話 雪ちゃんの過去(2)
文字数 2,255文字
放課後。図書室で『三人の魔法使いと悲しみの悪魔』をちょっと読んでから帰ろうと、もう一度隣の校舎へ。人間界の本を読むのは初めてだから楽しみで、できるだけ早く読みたかったの。
図書室の扉を開けて、中を見渡すと、真ん中のテーブルに雪ちゃんがいた。
塾の宿題かしら? テーブルの上には、見たことがないテキストが乗っかってる。勉強の邪魔しちゃ悪いかな……と思って、ちょっと離れた席に行こうとしたけど、雪ちゃんの顔に涙のあとがあるのに気付いてしまった。
「雪ちゃん、隣座ってもいい……?」
こういうとき、なんて声をかけていいか分からない。わたし、悲しくなってるときに「どうしたの?」って聞かれても、すぐには答えられないもの。
「勝手にすれば?」
ため息まじりに雪ちゃんが言った。これは、座ってもいいってことよね……?
どれくらいの間、何も言わずに座ってたかな……。雪ちゃんにかける言葉を考えるのに忙しくて、『三人の魔法使いと悲しみの悪魔』には手を付けていない。
雪ちゃんの方を見ると、五時間目の授業の前に落とした〈写真〉を手に取ってながめていた。
「すごく、仲良しだったんだね」
「もう、友達じゃないから」
雪ちゃんの声は震えていた。
喧嘩とか、したのかしら……?
「雪ちゃんは、まだその子のこと、好き?」
「好きでいたとしても、意味がないの」
「意味がないって、どういうこと?」
「わたしのせいで、陽菜 は……」
声をつまらせて、雪ちゃんはまた涙を流した。
「前の学校にいたとき、あの子とわたしはずっと一緒だった」
雪ちゃんも、わたしと同じ転校生だったんだ。
「小学校に入ったばかりの頃、クラスに馴染めないわたしに、あの子は『友達になろう』と声をかけてくれた。それから毎日学校から一緒に帰ったり、あの子に誘われてお料理教室に通ったり、お料理教室で作ったお菓子を持って帰って一緒にお茶したり……ときには、誰にも言えない悩みを話したりもしたわ。――あの子はわたしにとって、光のような存在だった」
そんな特別な関係だったのに、どうして……。
「去年の夏休み、わたしはこの町に引っ越すことになって、あの子ともお別れをしなければならなかった。でも、わたしのせいでもう二度と会えなくなるなんて思ってなかった……。前住んでた町で過ごす最後の日、あの子との別れのとき、あの子はわたしのことを忘れてしまったの……わたしの魔力のせいで。『ずっと一緒にいたい』、『離ればなれになりたくない』という思いが、それと対になる魔法を起こした」
そう。悲しいときや怒ってるとき、魔力が抑えられなくなると、強すぎる魔法になっちゃったり、反対の魔法がかかったりすることがあるの。雪ちゃんは陽菜ちゃんに、忘れさせる魔法をかけてしまったのね……。
「『放して! あなた誰なんですか? 急に抱きつくなんて、ひどい!』そういって、あの子は走り去っていったわ」
そんな……。
「もう、魔力のせいで人を傷つけたくない。だから、わたしは友達なんか作ってはいけないの」
休み時間にいつも教室にいないのも、クラスの子と話さないようにするためだったのかな?
雪ちゃんは優しすぎるよ。でも……
「こんなに大切な存在なのに、今のままなんて絶対にだめ!」
ガッターン!と、椅子が床にぶつかる音がした。いけない、勢いよく立ち上がりすぎちゃった……。様子を見に図書準備室から出てきた司書さんに謝ってから、椅子を元に戻して座りなおす。
「今さら何ができるっていうのよ……」
諦めきった声で、雪ちゃんは呟いた。
でもね、何か方法はあるはずなの。
「陽菜ちゃんに、思い出させる魔法をかけるの!」
雪ちゃんだけに聞こえるように、声を抑えた。
「わたしとあの子はもう離ればなれなのよ? それに、わたしは思い出させる魔法を使ったことがないし……そもそも、人間の前で魔法を使っちゃだめでしょ」
「決まりを破ることになるかもしれないけど、雪ちゃんと陽菜ちゃんが一生離ればなれなんて、わたしは絶対に嫌」
つい、自分の気持ちを口走っちゃった……。
「お料理教室に行けば、陽菜ちゃんに会えるかもしれないよ。陽菜ちゃんがまだそこに通っていればだけど。あと、雪ちゃんが陽菜ちゃんに会いたければだけど……」
お料理教室でどんなものを作ってるのか、さっきから気になってたのよね……って、今はそんなこと考えてる場合じゃなくて!
「今までどんなに会いたいと思っていたか……でも、わたしにはあの子に会う資格はないわ」
会いたくないはず、ないわよね。「会う資格がない」なんて、言わないでほしい。
「そうだ! 思い出させる魔法、一緒に練習しない?」
「でも、どこで? さっきも言ったけど、人間の前で魔法を使うなんて、許されるはずがないでしょ」
昨日の朝、魔力が漏れちゃったこと、まだ気にしてるんだろうな……。
「わたしの家なら、人間にばれないから、大丈夫だよ!」
多分ね……。
「雪ちゃんは、陽菜ちゃんの記憶、取り戻したい?」
「取り戻したいわよ! でも……」
「なら、もし明日予定がなかったら、朝十時に校門の前に来てくれる? そこから、わたしの家に行こう」
あ~……さっき、雪ちゃんが何か言いかけてたのにさえぎっちゃった。
「あ、ごめんね、雪ちゃんの気持ち考えずに勝手に話進めちゃって。嫌なら、いいのよ」
「……考えとくわ。――じゃあ、わたしこれから塾があるから」
考えとくってことは、もしかしたら来てくれるかもってことよね! 嬉しい……。
「ありがとう! わたし、待ってるから!」
図書室の扉を開けて、中を見渡すと、真ん中のテーブルに雪ちゃんがいた。
塾の宿題かしら? テーブルの上には、見たことがないテキストが乗っかってる。勉強の邪魔しちゃ悪いかな……と思って、ちょっと離れた席に行こうとしたけど、雪ちゃんの顔に涙のあとがあるのに気付いてしまった。
「雪ちゃん、隣座ってもいい……?」
こういうとき、なんて声をかけていいか分からない。わたし、悲しくなってるときに「どうしたの?」って聞かれても、すぐには答えられないもの。
「勝手にすれば?」
ため息まじりに雪ちゃんが言った。これは、座ってもいいってことよね……?
どれくらいの間、何も言わずに座ってたかな……。雪ちゃんにかける言葉を考えるのに忙しくて、『三人の魔法使いと悲しみの悪魔』には手を付けていない。
雪ちゃんの方を見ると、五時間目の授業の前に落とした〈写真〉を手に取ってながめていた。
「すごく、仲良しだったんだね」
「もう、友達じゃないから」
雪ちゃんの声は震えていた。
喧嘩とか、したのかしら……?
「雪ちゃんは、まだその子のこと、好き?」
「好きでいたとしても、意味がないの」
「意味がないって、どういうこと?」
「わたしのせいで、
声をつまらせて、雪ちゃんはまた涙を流した。
「前の学校にいたとき、あの子とわたしはずっと一緒だった」
雪ちゃんも、わたしと同じ転校生だったんだ。
「小学校に入ったばかりの頃、クラスに馴染めないわたしに、あの子は『友達になろう』と声をかけてくれた。それから毎日学校から一緒に帰ったり、あの子に誘われてお料理教室に通ったり、お料理教室で作ったお菓子を持って帰って一緒にお茶したり……ときには、誰にも言えない悩みを話したりもしたわ。――あの子はわたしにとって、光のような存在だった」
そんな特別な関係だったのに、どうして……。
「去年の夏休み、わたしはこの町に引っ越すことになって、あの子ともお別れをしなければならなかった。でも、わたしのせいでもう二度と会えなくなるなんて思ってなかった……。前住んでた町で過ごす最後の日、あの子との別れのとき、あの子はわたしのことを忘れてしまったの……わたしの魔力のせいで。『ずっと一緒にいたい』、『離ればなれになりたくない』という思いが、それと対になる魔法を起こした」
そう。悲しいときや怒ってるとき、魔力が抑えられなくなると、強すぎる魔法になっちゃったり、反対の魔法がかかったりすることがあるの。雪ちゃんは陽菜ちゃんに、忘れさせる魔法をかけてしまったのね……。
「『放して! あなた誰なんですか? 急に抱きつくなんて、ひどい!』そういって、あの子は走り去っていったわ」
そんな……。
「もう、魔力のせいで人を傷つけたくない。だから、わたしは友達なんか作ってはいけないの」
休み時間にいつも教室にいないのも、クラスの子と話さないようにするためだったのかな?
雪ちゃんは優しすぎるよ。でも……
「こんなに大切な存在なのに、今のままなんて絶対にだめ!」
ガッターン!と、椅子が床にぶつかる音がした。いけない、勢いよく立ち上がりすぎちゃった……。様子を見に図書準備室から出てきた司書さんに謝ってから、椅子を元に戻して座りなおす。
「今さら何ができるっていうのよ……」
諦めきった声で、雪ちゃんは呟いた。
でもね、何か方法はあるはずなの。
「陽菜ちゃんに、思い出させる魔法をかけるの!」
雪ちゃんだけに聞こえるように、声を抑えた。
「わたしとあの子はもう離ればなれなのよ? それに、わたしは思い出させる魔法を使ったことがないし……そもそも、人間の前で魔法を使っちゃだめでしょ」
「決まりを破ることになるかもしれないけど、雪ちゃんと陽菜ちゃんが一生離ればなれなんて、わたしは絶対に嫌」
つい、自分の気持ちを口走っちゃった……。
「お料理教室に行けば、陽菜ちゃんに会えるかもしれないよ。陽菜ちゃんがまだそこに通っていればだけど。あと、雪ちゃんが陽菜ちゃんに会いたければだけど……」
お料理教室でどんなものを作ってるのか、さっきから気になってたのよね……って、今はそんなこと考えてる場合じゃなくて!
「今までどんなに会いたいと思っていたか……でも、わたしにはあの子に会う資格はないわ」
会いたくないはず、ないわよね。「会う資格がない」なんて、言わないでほしい。
「そうだ! 思い出させる魔法、一緒に練習しない?」
「でも、どこで? さっきも言ったけど、人間の前で魔法を使うなんて、許されるはずがないでしょ」
昨日の朝、魔力が漏れちゃったこと、まだ気にしてるんだろうな……。
「わたしの家なら、人間にばれないから、大丈夫だよ!」
多分ね……。
「雪ちゃんは、陽菜ちゃんの記憶、取り戻したい?」
「取り戻したいわよ! でも……」
「なら、もし明日予定がなかったら、朝十時に校門の前に来てくれる? そこから、わたしの家に行こう」
あ~……さっき、雪ちゃんが何か言いかけてたのにさえぎっちゃった。
「あ、ごめんね、雪ちゃんの気持ち考えずに勝手に話進めちゃって。嫌なら、いいのよ」
「……考えとくわ。――じゃあ、わたしこれから塾があるから」
考えとくってことは、もしかしたら来てくれるかもってことよね! 嬉しい……。
「ありがとう! わたし、待ってるから!」