第2話 魔女の自己紹介(2)
文字数 3,491文字
一時間目の〈国語〉の授業で自己紹介の作文を書いて、それを二時間目の〈学級活動〉の時間に発表することになった。
一時間目の始まりのあいさつの後、黒崎先生がクラスのみんなに〈原稿用紙〉を配り始めた。
わたし、まだ漢字あんまり書けないのよねぇ。一年生で習う漢字なら、少しは分かるかもしれないけど。
書きたいことはたくさんあるのに、正体がばれないようにしないといけないし、日本語は難しいし、なかなか進まない。
『――アリスらしくがんばっておいで』
わたし、らしく……。
正体がばれないように――だとしても、話したいことが話せないのはもう嫌。
クラスのみんなはびっくりしちゃうだろうけど、怖がらせたくないってことを伝えれば、きっと大丈夫よね!
――できた!
でも、漢字がなかなか思い出せなくて、ほとんどひらがなになっちゃった。
二時間目。学級活動。
作文を発表する時間になって、わたしは六番目に自己紹介することに。
すらすら読めるかなぁ……。でも、文字を読むのが難しかったら、頭の中にしまってある言葉を伝えればいいわよね。
「赤松壮司 です! 『そうじ』って名前だけど、掃除は大嫌いだから部屋がめちゃくちゃ汚いです」
笑ってる子がいっぱいいる。確かに壮司君は面白いことを言ってるけど、順番が回ってくるまでドキドキが治まりそうにないから、わたしはそれどころではなかった。
「でも、学校の掃除は一生懸命やるので安心してください!」
本当かしら?
「――サッカーをやっています。ぼくが所属しているチーム『ブレイブ・ボイジャーズ』の応援をどうかよろしくお願いします。十年後ぐらいには、ぼくはプロサッカー選手になっていると思うので、サインをもらうなら今のうちに!」
大きな拍手が教室の中に広がった。
〈サッカー〉って、何かしら? でも、大きくなってからも続けようと思えることがあるって、素敵! あとで、サインもらいに行こうかしら。
ドキドキをなんとかして抑えようとしているうちに、わたしの前の席の子が発表する番になった。
「北ノ原雪 です。将来は、家族に迷惑をかけないよう、良い会社に就職したいと思っています。そのために、これからも勉強を続けて、レベルの高い学校に入ることが今のわたしの目標です。――放課後は塾に行く必要があるので、放課後に行う当番はあまり担当できません、ごめんなさい。一年間よろしくお願いします」
雪ちゃんっていうんだ……綺麗な名前。家族思いで、真面目な子なのね。放課後、塾に行くってことは、学校が終わってからも勉強するってこと? すごい……わたしにはきっとできない。魔法界にいた頃も、学校の授業だけでくたくたになって、お家で宿題してる途中でうとうとしてたもの。
「――アリスさん、次はあなたの番ですよ」
「あっ、ごめんなさい……!」
黒崎先生に声をかけられるまで、順番が回ってきたことをすっかり忘れていた。
「緊張しているかもしれませんが、落ち着いて、ゆっくりお願いしますね」
わたしは、好きな食べ物や趣味、誕生日について話した。
ただ、その中身は人間の自己紹介とは少し――いいえ、だいぶ違うから、みんなきっとびっくりしちゃっただろうなぁ……。だって、みんなポカンと口を開けているもの。
「――実はわたし、魔女なんです。黙っていてごめんなさい」
ああ、言っちゃった……。
早く、みんなの気持ちを落ち着かせてあげないと!
「――わたしの自己紹介を聞いて、皆さんは気味が悪くなったと思います。心から謝りたいです。ごめんなさい。でもわたしは、皆さんと仲良くなりたいです。これからよろしくお願いします……!」
何を話したのか思い出せないくらい、頭の中が真っ白になった。
「とても個性的な自己紹介をありがとうございました。――アリスさんのユーモアに、拍手!」
黒崎先生は、ほめてくれてる……のかな? うん、きっとそうだわ。
拍手の音に紛れて、ひそひそ声が聞こえてきた。
「魔女とか絶対ウソだろ」
「転校してきたばかりだから、どうせ目立ちたいんじゃない?」
「でも、ある意味面白かったよね。みんなはそう思わないの?」
あれ、信じてない子もいるみたい?
「カエルとトカゲ食うとか気持ちわりぃ」
「今度本当かどうか確かめてみようぜ……カエルとトカゲつかまえてさ」
「それいいな、賛成!」
「ちょっと、やめなよ、二人とも! アリスちゃんかわいそうじゃん」
カエルとトカゲ……美味しそ――じゃなくて! あの二人、絶対わたしに意地悪しようとしてるよね。そんな予感しかしない。
「アリスさん、着席して構いませんよ」
「あっ、はい……!」
席に座り、視線を前に戻すと、雪ちゃんが片手で頭を抱えてうつむいていた。具合、悪いのかな……。
「ねぇ、大丈夫?」
「……話しかけないで」
ああ、そっか、今は次の子の自己紹介の途中だから静かにしなくちゃならないものね。でも、後ろから見ても分かるくらいつらそうにしてるから心配だわ……。
自分の番が過ぎれば、落ち着いてみんなの自己紹介が聞けると思っていたけど、そんなことはなかった。自分のことについて正直に話せばすっきりすると思ったけど、むしろ胸がざわざわしてきた……。
全員の自己紹介が終わり、二時間目の終わりのチャイムが鳴る頃、もう一度雪ちゃんに声をかけた。
「ねぇ、本当に大丈夫? あんまりつらかったら、休んだ方が――」
「さっきの自己紹介、あれは一体何なの?」
やっぱり、そうだよねぇ。カエルとかトカゲとか、気持ち悪かったよね……。そりゃあ、具合も悪くなるよ……。
「身の程をわきまえていない、あなたのような人は大嫌いなの」
「大嫌い」。その言葉が何度も何度も頭の中で繰り返されて、授業に集中できなかった。
給食も楽しみにしてたのに、何を食べたのか思い出せない。
何やってるんだろう、わたし……。勝手に正体ばらして、みんなをおどかして、雪ちゃんには嫌われて……。
学校からの帰り道、できるだけ早くお家に着けるように早歩きをした。学校で泣くのは恥ずかしかったから、ずっと我慢してたけど、もう耐えられそうになかった。
だんだん目の前がにじんできて、涙がこぼれそうになっていることに気付いた。
(お願い、お家に着くまで出てこないで――)
あと少しでお家に着くってときに、足が絡まって思いっきり転んでしまった。ランドセルの重さのせいで、余計に痛い気がする……。あまりにも痛くて、涙を流さずにはいられなかった。
少しの怪我なら自分の魔法で治すことはできるけど、誰かに見られたらいけないから魔法を使っちゃだめだし……。それにわたしは、「魔力がコントロールできなくなるから、悲しいときや怒ってるときは魔法を使っちゃだめ」って、ママに言われてるの。だから、お家まで我慢して、がんばって歩かなきゃ。一歩進むたびに足がじんじんする……。
「ただいま……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、玄関の扉を開ける。
「おかえり、アリス――って、怪我してるじゃない! 治すから、ソファに座りなさい」
「……セルペヴォ・プリギ」
わたしがソファに座ると、ママはわたしのひざに手をかざし、怪我を治す呪文を唱え始めた。
じんじんしてたところがほんのり温かくなり、痛みがすーっと消えていった。
でも、涙はいつまでも止まってくれない。
「傷はもう治ったから痛くないでしょ? どうしたのよ?」
「ごめんなさい、ママ。わたし、約束守れなかった……。最初は、正体がばれないようにがんばったの。でも、言いたいことが言えないのはすごく苦しくて……本当のことを、クラスのみんなに話したの。けど、そしたら、『大嫌い』って言われて! 全部わたしが悪いのは分かってるけど、悲しくてたまらないの……」
気持ちが身体の中を渦巻いているときは、言葉がうまく出てこない。
「そんなことだろうと思ったわ。あなたは嘘を吐くのが苦手だから、自分を取り繕うことなんかできないわよね。無理を言った私も悪かったわ。……まぁ、魔女の存在を信じる子なんてそういないでしょうし、気持ちを切り替えて明日からも学校に行きなさい。間違いなく変な子だとは思われたでしょうけどね」
いつもなら、「伝わるように話しなさい」って怒られるけど、わたしが悲しくなってるとき、ママはちょっとだけ優しくなる。でも、一言余計よ! わたしだって、変な子だと思われてるのは分かってるのに……。
今日は色々なことがありすぎて疲れたな……。いつもならパパの部屋でお話を聞いたりしてちょっと夜更かしするけど、眠くて眠くてすぐにベッドへもぐり込んだ。
一時間目の始まりのあいさつの後、黒崎先生がクラスのみんなに〈原稿用紙〉を配り始めた。
わたし、まだ漢字あんまり書けないのよねぇ。一年生で習う漢字なら、少しは分かるかもしれないけど。
書きたいことはたくさんあるのに、正体がばれないようにしないといけないし、日本語は難しいし、なかなか進まない。
『――アリスらしくがんばっておいで』
わたし、らしく……。
正体がばれないように――だとしても、話したいことが話せないのはもう嫌。
クラスのみんなはびっくりしちゃうだろうけど、怖がらせたくないってことを伝えれば、きっと大丈夫よね!
――できた!
でも、漢字がなかなか思い出せなくて、ほとんどひらがなになっちゃった。
二時間目。学級活動。
作文を発表する時間になって、わたしは六番目に自己紹介することに。
すらすら読めるかなぁ……。でも、文字を読むのが難しかったら、頭の中にしまってある言葉を伝えればいいわよね。
「
笑ってる子がいっぱいいる。確かに壮司君は面白いことを言ってるけど、順番が回ってくるまでドキドキが治まりそうにないから、わたしはそれどころではなかった。
「でも、学校の掃除は一生懸命やるので安心してください!」
本当かしら?
「――サッカーをやっています。ぼくが所属しているチーム『ブレイブ・ボイジャーズ』の応援をどうかよろしくお願いします。十年後ぐらいには、ぼくはプロサッカー選手になっていると思うので、サインをもらうなら今のうちに!」
大きな拍手が教室の中に広がった。
〈サッカー〉って、何かしら? でも、大きくなってからも続けようと思えることがあるって、素敵! あとで、サインもらいに行こうかしら。
ドキドキをなんとかして抑えようとしているうちに、わたしの前の席の子が発表する番になった。
「
雪ちゃんっていうんだ……綺麗な名前。家族思いで、真面目な子なのね。放課後、塾に行くってことは、学校が終わってからも勉強するってこと? すごい……わたしにはきっとできない。魔法界にいた頃も、学校の授業だけでくたくたになって、お家で宿題してる途中でうとうとしてたもの。
「――アリスさん、次はあなたの番ですよ」
「あっ、ごめんなさい……!」
黒崎先生に声をかけられるまで、順番が回ってきたことをすっかり忘れていた。
「緊張しているかもしれませんが、落ち着いて、ゆっくりお願いしますね」
わたしは、好きな食べ物や趣味、誕生日について話した。
ただ、その中身は人間の自己紹介とは少し――いいえ、だいぶ違うから、みんなきっとびっくりしちゃっただろうなぁ……。だって、みんなポカンと口を開けているもの。
「――実はわたし、魔女なんです。黙っていてごめんなさい」
ああ、言っちゃった……。
早く、みんなの気持ちを落ち着かせてあげないと!
「――わたしの自己紹介を聞いて、皆さんは気味が悪くなったと思います。心から謝りたいです。ごめんなさい。でもわたしは、皆さんと仲良くなりたいです。これからよろしくお願いします……!」
何を話したのか思い出せないくらい、頭の中が真っ白になった。
「とても個性的な自己紹介をありがとうございました。――アリスさんのユーモアに、拍手!」
黒崎先生は、ほめてくれてる……のかな? うん、きっとそうだわ。
拍手の音に紛れて、ひそひそ声が聞こえてきた。
「魔女とか絶対ウソだろ」
「転校してきたばかりだから、どうせ目立ちたいんじゃない?」
「でも、ある意味面白かったよね。みんなはそう思わないの?」
あれ、信じてない子もいるみたい?
「カエルとトカゲ食うとか気持ちわりぃ」
「今度本当かどうか確かめてみようぜ……カエルとトカゲつかまえてさ」
「それいいな、賛成!」
「ちょっと、やめなよ、二人とも! アリスちゃんかわいそうじゃん」
カエルとトカゲ……美味しそ――じゃなくて! あの二人、絶対わたしに意地悪しようとしてるよね。そんな予感しかしない。
「アリスさん、着席して構いませんよ」
「あっ、はい……!」
席に座り、視線を前に戻すと、雪ちゃんが片手で頭を抱えてうつむいていた。具合、悪いのかな……。
「ねぇ、大丈夫?」
「……話しかけないで」
ああ、そっか、今は次の子の自己紹介の途中だから静かにしなくちゃならないものね。でも、後ろから見ても分かるくらいつらそうにしてるから心配だわ……。
自分の番が過ぎれば、落ち着いてみんなの自己紹介が聞けると思っていたけど、そんなことはなかった。自分のことについて正直に話せばすっきりすると思ったけど、むしろ胸がざわざわしてきた……。
全員の自己紹介が終わり、二時間目の終わりのチャイムが鳴る頃、もう一度雪ちゃんに声をかけた。
「ねぇ、本当に大丈夫? あんまりつらかったら、休んだ方が――」
「さっきの自己紹介、あれは一体何なの?」
やっぱり、そうだよねぇ。カエルとかトカゲとか、気持ち悪かったよね……。そりゃあ、具合も悪くなるよ……。
「身の程をわきまえていない、あなたのような人は大嫌いなの」
「大嫌い」。その言葉が何度も何度も頭の中で繰り返されて、授業に集中できなかった。
給食も楽しみにしてたのに、何を食べたのか思い出せない。
何やってるんだろう、わたし……。勝手に正体ばらして、みんなをおどかして、雪ちゃんには嫌われて……。
学校からの帰り道、できるだけ早くお家に着けるように早歩きをした。学校で泣くのは恥ずかしかったから、ずっと我慢してたけど、もう耐えられそうになかった。
だんだん目の前がにじんできて、涙がこぼれそうになっていることに気付いた。
(お願い、お家に着くまで出てこないで――)
あと少しでお家に着くってときに、足が絡まって思いっきり転んでしまった。ランドセルの重さのせいで、余計に痛い気がする……。あまりにも痛くて、涙を流さずにはいられなかった。
少しの怪我なら自分の魔法で治すことはできるけど、誰かに見られたらいけないから魔法を使っちゃだめだし……。それにわたしは、「魔力がコントロールできなくなるから、悲しいときや怒ってるときは魔法を使っちゃだめ」って、ママに言われてるの。だから、お家まで我慢して、がんばって歩かなきゃ。一歩進むたびに足がじんじんする……。
「ただいま……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、玄関の扉を開ける。
「おかえり、アリス――って、怪我してるじゃない! 治すから、ソファに座りなさい」
「……セルペヴォ・プリギ」
わたしがソファに座ると、ママはわたしのひざに手をかざし、怪我を治す呪文を唱え始めた。
じんじんしてたところがほんのり温かくなり、痛みがすーっと消えていった。
でも、涙はいつまでも止まってくれない。
「傷はもう治ったから痛くないでしょ? どうしたのよ?」
「ごめんなさい、ママ。わたし、約束守れなかった……。最初は、正体がばれないようにがんばったの。でも、言いたいことが言えないのはすごく苦しくて……本当のことを、クラスのみんなに話したの。けど、そしたら、『大嫌い』って言われて! 全部わたしが悪いのは分かってるけど、悲しくてたまらないの……」
気持ちが身体の中を渦巻いているときは、言葉がうまく出てこない。
「そんなことだろうと思ったわ。あなたは嘘を吐くのが苦手だから、自分を取り繕うことなんかできないわよね。無理を言った私も悪かったわ。……まぁ、魔女の存在を信じる子なんてそういないでしょうし、気持ちを切り替えて明日からも学校に行きなさい。間違いなく変な子だとは思われたでしょうけどね」
いつもなら、「伝わるように話しなさい」って怒られるけど、わたしが悲しくなってるとき、ママはちょっとだけ優しくなる。でも、一言余計よ! わたしだって、変な子だと思われてるのは分かってるのに……。
今日は色々なことがありすぎて疲れたな……。いつもならパパの部屋でお話を聞いたりしてちょっと夜更かしするけど、眠くて眠くてすぐにベッドへもぐり込んだ。