第2話

文字数 1,463文字

 「ごめんごめん。あまりにも上の空だったから、いじわるしちゃった。」
 少年はパッと両手で口を塞いで、私の目をにらみつける。逃げられたら困るので私は必死に弁解を試みた。
「えーと、私のことは知ってるよね。君の斜め後ろの席に座ってる人だよ。さっきの帰りの学活について話をしたいんだけど、いいかな?」一呼吸おいてまた話す。
「私はね、先生の価値観がおかしいって思ったんだ。だから君を追ってここにいる。分かってもらえたかな?」
 少年は瞼をぴくっと反応させた。食い気味に私の顔に近づいて、じっと見つめてくる。どうやら私の言葉を待っているようだ。
「多分だけど君はその件について悩んでいるんだよね。良かったら二人で少し話さない?ここじゃ迷惑だろうから、違うところに行こう。実は良い場所を知ってるんだ。先生も生徒も来ない教室があってね。行ける?うん、よし行こう。」
 少年はこくりとうなずいてから立ち上がった。一転して乗り気な様子だ。表情を隠せない無邪気でかわいらしい少年の姿を見て、私は吹き出しそうになったがなんとかこらえた。

 旧校舎が基本的に使われることはない。授業はすべて新校舎でできるからだ。しかしとある集団だけは旧校舎を利用している。それは吹奏楽・合唱クラブだ。旧校舎に旧音楽室があって、新校舎に新音楽室がある。以前は交互に部活を行っていたようだが、せっかく二つあるんだからと吹奏楽の顧問が言い出したらしく、それ以来吹奏楽・合唱クラブの休みは激減したそうだ。そのため旧校舎は封鎖されておらず、入ろうと思えば自由に入れるのだ。
 トコトコと後ろをついてくる少年は目を輝かせている。
「まだ入れるんだ———ていうかなんで壊されないんだろう。ね、舞さん。なんでか分かる?」
 私の名前、知ってたのか。そういえばクラスのみんなも私のことは名前で呼んでくれていたような。私の名前なんて話したことあったっけ。
「きっとね、面倒なんだよ。色々と。平日の昼間は私たちが授業してるから、あんまりうるさい音は立てられないと思うんだよね。いや、立てられないことはないだろうけど保護者や教育委員会が黙ってないだろうから。休みの日にこつこつ取り壊していくっていうのもあるけど、正直面倒なんじゃないかな。だから、まだ自然に壊滅するほどボロくないと高をくくって先延ばしにしているんだろう。」
 適当を喋りながら振り返ることなく歩く。少年は「おお」とか「なるほどー」とか、心地良い相槌を打ってくれている。
 一方的にぺらぺらと喋り続けているうちに、その教室までたどり着いた。旧校舎の昇降口から正面にある廊下を突き当たりまで行って、右に見える教室だ。
 少年は私に問いかける。
「でも、鍵かかってるよね?先生が、旧校舎の部屋はすべて鍵がかけられているから興味本位で行っても意味がないって言ってたよ。もしかして、聞いてなかったの?」
 私は少年の鼻を明かしてやろうとドアのハンドルに手を伸ばす。この教室はなんと、鍵が壊れているのだ。先生もまだまだ甘いものだ。鍵が壊れていると分かっていただろうになにも対策していないだなんて。
 扉をガラガラと引いた。中に入る前に、ちらっと少年と目を合わせる。私は得意げな顔を見せてやった。少年はますます目をキラキラさせた。
 適当な椅子に腰を掛ける。少年にも座るように勧める。少年は椅子を百八十度回転させてから座った。私と正面で向かい合った。あと四十分もすれば真っ暗になりそうな時間帯で、誰もいない、薄暗い教室のなか二人きり。さあ、少年と仲良くなろうではないか。
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