第1話
文字数 1,686文字
ヒロシと初めて会った時の印象? 正直何もなかったですね。会ったというより見た? という感じです。
あの日は、スキューバーダイビングの友人たちとプーケットで飲んでいたのよね。
え、あぁ、その地ではなくて、桜本町にあるタイ料理の店です。インテリアが好きなので、あたしたちたまに利用するんです。
偶然そこにミチコのいとこのトシオさんが来たんです。トシオさんらも五人のグループで……、一緒にやろうよ、って声をかけてきたの。その五人の中の一人がヒロシだったんです。
私はもっとダイビングの話をしていたかったし、知らない人と飲むのもイヤだったのだけれど、ミチコが乗り気になって了解したので仕方なく合流したの。
皆との会話は楽しめたわ。トシオさんのグループにサーフィンをする人もいて、話も合ったし。
ヒロシは視線が合った時、驚いたような表情をしていたことを覚えているわ。
三、四十分くらいも過ごしてから、ミチコに声をかけて、先に抜けたんです。次の日早番だったので――。化粧を直して店から出ようとしたら、レジのところでヒロシが声を掛けてきたんです。後で聞いた話だけれど、ミチコとユウジがヒロシに嗾 けたそうですけど。
ヒロシは「手紙を書いてもいいですか?」って。真っ赤になって、少しどもりながら言ってきたんです。なんかセリフを読むような感じだった。
うわ、気持ち悪い、って思いました。
さっきまで一言も口をきいていないのに何なのよ。
「あたしの住所はおしえないわよ」と応えて、断ろうとしたんです。そしたら「ええ、勤め先のホテルはさっき話しているのを聞いたので大丈夫です」ってそこを動かないの。
店から早く出たかったし、面倒だから「いいわ」って言ってしまったんです。
その翌日、ホテルにヒロシが手紙を持ってきたの。
えーっ、まさか手渡し?
思ってもいなかったわ。驚いたし、迷惑だった。
その時も真っ赤な顔をして「これ手紙です」と言うと、すぐ帰っていきました。フロントの同僚は興味深そうに訊いてくるし、弁解するのが大変でした。
ええ、その場では読まなかったです。同僚も好奇の目で見てるし、家へ持って帰りました。すぐ捨てようと思っていたのですが、たまたま母の友人が来ていて、居間に降りていけず、することもないので封を切ってしまったの。便せん三枚に大きな文字が並んでいました。
なんて書いてあったかって。う~~ん。いろいろだけど主に自己紹介ですね。
――仕事は車の整備士です。毎日汗と油にまみれて仕事をしています。
まぁ正直な人、と思ったわ。
――車をいじることと、スポーツはジョギングが好きだ。目立たなくて派手に評価されないけれど、終えたあと、走ったあとの満足感と心地よい疲れが好きだ。
ふ~ん見た目と同じ地味な人。
丁寧に書いてあるのだけれど、ポジティブな面がないのね。いいところないじゃない。読むほどに「うざいな」と思い始めたわ。
そして、最後の一枚に、あたしのことを好きだって。一目見て好きになったと書いてあったの。今まで女性に告白したことはないともね。
でも、あたしはこんなつまらなそうな人は絶対イヤだ、と思いました。
そしたら、五日後に電話がかかってきたの。これもミチコとユウジの仕掛けらしいけど。ほら、あそこで笑っている二人です。
ヒロシにしてみれば、手紙にしろ電話にしろ、とてつもない勇気を振り絞った行為だったそうです。そもそも、最初にプーケットのレジで声を掛けたのは、百メートルの崖から飛び降りるような気分だったんだって。ま、今思えば、あたしにもそれほど魅力があるんだ、とおしえてくれたとも言えるわね。それが純朴いや朴訥を絵に描いたようなヒロシだったのは面白いでしょう。
え? 電話がきたあとどうしたかって……
はい、 ちょっと待ってください。ここは司会者の権限で新婦さんからは、一旦マイクを返していただきましょう。
この続きは、恋を叶えるために口下手を克服した、新郎のヒロシさんに話してもらいましょう!
【了】
あの日は、スキューバーダイビングの友人たちとプーケットで飲んでいたのよね。
え、あぁ、その地ではなくて、桜本町にあるタイ料理の店です。インテリアが好きなので、あたしたちたまに利用するんです。
偶然そこにミチコのいとこのトシオさんが来たんです。トシオさんらも五人のグループで……、一緒にやろうよ、って声をかけてきたの。その五人の中の一人がヒロシだったんです。
私はもっとダイビングの話をしていたかったし、知らない人と飲むのもイヤだったのだけれど、ミチコが乗り気になって了解したので仕方なく合流したの。
皆との会話は楽しめたわ。トシオさんのグループにサーフィンをする人もいて、話も合ったし。
ヒロシは視線が合った時、驚いたような表情をしていたことを覚えているわ。
三、四十分くらいも過ごしてから、ミチコに声をかけて、先に抜けたんです。次の日早番だったので――。化粧を直して店から出ようとしたら、レジのところでヒロシが声を掛けてきたんです。後で聞いた話だけれど、ミチコとユウジがヒロシに
ヒロシは「手紙を書いてもいいですか?」って。真っ赤になって、少しどもりながら言ってきたんです。なんかセリフを読むような感じだった。
うわ、気持ち悪い、って思いました。
さっきまで一言も口をきいていないのに何なのよ。
「あたしの住所はおしえないわよ」と応えて、断ろうとしたんです。そしたら「ええ、勤め先のホテルはさっき話しているのを聞いたので大丈夫です」ってそこを動かないの。
店から早く出たかったし、面倒だから「いいわ」って言ってしまったんです。
その翌日、ホテルにヒロシが手紙を持ってきたの。
えーっ、まさか手渡し?
思ってもいなかったわ。驚いたし、迷惑だった。
その時も真っ赤な顔をして「これ手紙です」と言うと、すぐ帰っていきました。フロントの同僚は興味深そうに訊いてくるし、弁解するのが大変でした。
ええ、その場では読まなかったです。同僚も好奇の目で見てるし、家へ持って帰りました。すぐ捨てようと思っていたのですが、たまたま母の友人が来ていて、居間に降りていけず、することもないので封を切ってしまったの。便せん三枚に大きな文字が並んでいました。
なんて書いてあったかって。う~~ん。いろいろだけど主に自己紹介ですね。
――仕事は車の整備士です。毎日汗と油にまみれて仕事をしています。
まぁ正直な人、と思ったわ。
――車をいじることと、スポーツはジョギングが好きだ。目立たなくて派手に評価されないけれど、終えたあと、走ったあとの満足感と心地よい疲れが好きだ。
ふ~ん見た目と同じ地味な人。
丁寧に書いてあるのだけれど、ポジティブな面がないのね。いいところないじゃない。読むほどに「うざいな」と思い始めたわ。
そして、最後の一枚に、あたしのことを好きだって。一目見て好きになったと書いてあったの。今まで女性に告白したことはないともね。
でも、あたしはこんなつまらなそうな人は絶対イヤだ、と思いました。
そしたら、五日後に電話がかかってきたの。これもミチコとユウジの仕掛けらしいけど。ほら、あそこで笑っている二人です。
ヒロシにしてみれば、手紙にしろ電話にしろ、とてつもない勇気を振り絞った行為だったそうです。そもそも、最初にプーケットのレジで声を掛けたのは、百メートルの崖から飛び降りるような気分だったんだって。ま、今思えば、あたしにもそれほど魅力があるんだ、とおしえてくれたとも言えるわね。それが純朴いや朴訥を絵に描いたようなヒロシだったのは面白いでしょう。
え? 電話がきたあとどうしたかって……
はい、 ちょっと待ってください。ここは司会者の権限で新婦さんからは、一旦マイクを返していただきましょう。
この続きは、恋を叶えるために口下手を克服した、新郎のヒロシさんに話してもらいましょう!
【了】