うそ配信
文字数 2,686文字
嘘がばれた。
「おまえの配信いつも見てるよ、柏木由奈」
現役女子高生の私は、学校であった友達とのくだらない話や流行りの言葉、「映える」スポット、アイテムなんかの話を動画配信していた。たまにゲーム実況もしたりする。
私のパソコンのモニターには視聴者のコメントが流れ、視聴者の画面にはパジャマを着た私の姿と、可愛く飾った部屋が映っている。「パジャマ配信」っていうタグをつけてもらった時はうれしかったな。
まだまだマイナーだけど、常連さんもけっこう増えてきて、ツイッターのフォロワー数も比例して増えていってる。女子高生のリアルな生態というのは、それだけで需要があるのかも。
まあ嘘なんだけど。
現実の私は二十三歳のフリーターで、週に五日ファミレスでバイトしているだけの、東京に出るだけ出て何も成し遂げていない典型例だ。童顔が功を奏したのか、歳を偽ってるのはバレてない。
店にたむろする女子高生たちの会話が、主にネタの仕入れ先になってる。配信となると実物を見せて語るのが効果的だから、話題にあがった物はすぐ手に入れた。大体そこで私のお金と時間は浪費されていく。休日はつぶれて貯金は貯まらない。タピオカミルクティー考えたやつ出てこい。
ただまあ、ちやほやされたいじゃん。
今の私にはそれしかないんだからさ。
今日はあんまりやる気が出なかった。
わりと簡単に済ませられる、コンビニの新商品を紹介するシリーズでも配信しようと思い、近くのコンビニでいろいろと物色した帰り道、前方から声をかけられた。
「あれ、柏木じゃね?」
知らない男だった。茶色と金が混じった髪はパーマがかかっていて、服装もチャラい。私はネットの活動名義を「カシワギ」にしてるから、たぶん視聴者だろう。だとしたらあまり邪険にはできないけど、関わり合いになりたくないタイプだ。
軽く会釈だけして通り抜けようとしたら、引き止められた。
「おい待てって」
それでも無視して突っ切ろうとしたけど、続く言葉に私の足は止まった。
「おまえの配信いつも見てるよ、柏木由奈」
ゆっ、名前、なんで、本名。
頭が真っ白になった後、焦燥がざわっと胸を焼いた。
誰こいつ。なんで知ってる。ばれた。嘘。炎上。騙した。失う。
「なんて顔してんだよ」
笑われて我に返る。気づけば私はぐわっと目を見開いたまま、相手を見上げていた。
「ああ、そうか」と、私が何を警戒しているか気づいた様子の男は、馴れ馴れしい口調で続ける。
「別に誰にも言いやしねえって」
そう言われても信用できない。身をこわばらせていると、男はまた笑った。
「同級生のよしみじゃねえか」
「……あ?」
誰だっけこいつ。
田村拓也。
地元の友達に頼んで卒アルの写真を送ってもらったら、確かにいた。でも現在の本人とはまったく違う。
高校の時の田村は死ぬほど地味で、修学旅行の写真を見ても死ぬほど地味なグループに属していて、ユニクロの使い古しっぽいくたくたの無地のトレーナーを着ていた。
ところが今は派手派手な柄シャツを着て髪の毛をくるくる巻いて染めて、ゴツい指輪をいくつもしてる。見るからに遊び人だ。二年の時同じクラスだったらしいけど、そんなもんわかるか。
ただ一重まぶたの顔立ちは大して変わってないから、よく見ればやっぱり田村拓也らしい。記憶の中の田村が無に等しくて、未だに実感がない。
あの後断れずにスタバでお茶する羽目になったけど、「俺だよ、久しぶりだなあ」って言われたところでマジで誰? って感じだった。むしろよく私のこと覚えてるなって感じだ。
話してみると田村は意外と穏やかで気さくだった。見た目に合わせて口調も作っているらしく、というか練習したらしく、元々の一人称も「僕」らしい。なんだよそのギャップ。
高校の頃の話を今周りでできる人なんていないし、懐かしいエピソードが次々に出てきて盛り上がった勢いで、連絡先まで交換してしまった。
それでまあ、何回か会って、なんやかんや付き合うことになった。
田村が童貞だったことで、卒アルの田村と今の田村がようやく一致した感ある。私に対して言葉遣いを作ることも、だんだんと彼はやめた。
私の部屋の布団に並んで寝転んでいる時、訊ねてみた。
「なんでそんな見た目変えたの」
ちょっとはにかんだ様子で田村は答える。
「僕って実は大学中退してるんだけど」
「あ、へえ。どしたの?」
「なんていうかさ、大学入ってからもずっと、細々と堅実に暮らしてたんだ。高校の時と同じで。でも周りはそうじゃない。あちこち遊んで華々しい大学生活送ってる奴らばっかりでさ。それで三年の時にふと思ったんだ。ああ、世の中やったもん勝ちなんだなって。そしたら自分だけが我慢してるみたいに思えてきて、こんなつまらねえところに居てられるか! って大学辞めてやったんだよ」
悪事を成し遂げたみたいに話す田村が微笑ましくて、私もにやけてしまう。
「うちは親も真面目だから、それまではなんとなく『自分はこうでなきゃいけない』っていうのに縛られてた気がするんだ。でも辞めたら清々しくてさ、やりたいようにやってみたらこうなった」
指に髪の毛を巻きつけて田村は笑った。私の嘘を気にしていない理由がわかった気がした。
私はごろんと横を向いた。
彼は私に何も要求しない。配信を見つけたのも偶然だという。誰でも私にそうであればいいのにと思った。
高卒で就職して、私は二ヶ月で辞めた。深夜までの残業も、陰湿な人間関係も、何もかもが辛かったのに、「忍耐がない」と両親には言われた。それはその通りかもしれないけど、私に忍耐があっても辛さが減るとは思えない。自分に素直に生きようとしただけなのに、私は他人の求めている姿じゃなかったらしい。
結局家に居づらくなって、私は逃げるように東京に出た。配信を始めたのは、当たればお金がいっぱい手に入ると思ったから。女子高生を名乗ったのは、ウリになるものを持っていなかったから。
着々と視聴者を増やしている私は、嘘の私だ。一方で、嘘で集めた文字だけの人間にちやほやされてほっとしてる自分がいる。
でも、嘘の上に成り立つ本当なんてあるんだろうか。
私は起き上がって、パソコンの電源を入れた。
「今から配信する」
田村も肘を支えにして、上半身を起き上がらせた。
「おお、何やんの?」
「そうだね配信のタイトルは」
ツイッター告知よし。マイクの位置よし。
「六つ歳をとる放送、かな」
「おまえの配信いつも見てるよ、柏木由奈」
現役女子高生の私は、学校であった友達とのくだらない話や流行りの言葉、「映える」スポット、アイテムなんかの話を動画配信していた。たまにゲーム実況もしたりする。
私のパソコンのモニターには視聴者のコメントが流れ、視聴者の画面にはパジャマを着た私の姿と、可愛く飾った部屋が映っている。「パジャマ配信」っていうタグをつけてもらった時はうれしかったな。
まだまだマイナーだけど、常連さんもけっこう増えてきて、ツイッターのフォロワー数も比例して増えていってる。女子高生のリアルな生態というのは、それだけで需要があるのかも。
まあ嘘なんだけど。
現実の私は二十三歳のフリーターで、週に五日ファミレスでバイトしているだけの、東京に出るだけ出て何も成し遂げていない典型例だ。童顔が功を奏したのか、歳を偽ってるのはバレてない。
店にたむろする女子高生たちの会話が、主にネタの仕入れ先になってる。配信となると実物を見せて語るのが効果的だから、話題にあがった物はすぐ手に入れた。大体そこで私のお金と時間は浪費されていく。休日はつぶれて貯金は貯まらない。タピオカミルクティー考えたやつ出てこい。
ただまあ、ちやほやされたいじゃん。
今の私にはそれしかないんだからさ。
今日はあんまりやる気が出なかった。
わりと簡単に済ませられる、コンビニの新商品を紹介するシリーズでも配信しようと思い、近くのコンビニでいろいろと物色した帰り道、前方から声をかけられた。
「あれ、柏木じゃね?」
知らない男だった。茶色と金が混じった髪はパーマがかかっていて、服装もチャラい。私はネットの活動名義を「カシワギ」にしてるから、たぶん視聴者だろう。だとしたらあまり邪険にはできないけど、関わり合いになりたくないタイプだ。
軽く会釈だけして通り抜けようとしたら、引き止められた。
「おい待てって」
それでも無視して突っ切ろうとしたけど、続く言葉に私の足は止まった。
「おまえの配信いつも見てるよ、柏木由奈」
ゆっ、名前、なんで、本名。
頭が真っ白になった後、焦燥がざわっと胸を焼いた。
誰こいつ。なんで知ってる。ばれた。嘘。炎上。騙した。失う。
「なんて顔してんだよ」
笑われて我に返る。気づけば私はぐわっと目を見開いたまま、相手を見上げていた。
「ああ、そうか」と、私が何を警戒しているか気づいた様子の男は、馴れ馴れしい口調で続ける。
「別に誰にも言いやしねえって」
そう言われても信用できない。身をこわばらせていると、男はまた笑った。
「同級生のよしみじゃねえか」
「……あ?」
誰だっけこいつ。
田村拓也。
地元の友達に頼んで卒アルの写真を送ってもらったら、確かにいた。でも現在の本人とはまったく違う。
高校の時の田村は死ぬほど地味で、修学旅行の写真を見ても死ぬほど地味なグループに属していて、ユニクロの使い古しっぽいくたくたの無地のトレーナーを着ていた。
ところが今は派手派手な柄シャツを着て髪の毛をくるくる巻いて染めて、ゴツい指輪をいくつもしてる。見るからに遊び人だ。二年の時同じクラスだったらしいけど、そんなもんわかるか。
ただ一重まぶたの顔立ちは大して変わってないから、よく見ればやっぱり田村拓也らしい。記憶の中の田村が無に等しくて、未だに実感がない。
あの後断れずにスタバでお茶する羽目になったけど、「俺だよ、久しぶりだなあ」って言われたところでマジで誰? って感じだった。むしろよく私のこと覚えてるなって感じだ。
話してみると田村は意外と穏やかで気さくだった。見た目に合わせて口調も作っているらしく、というか練習したらしく、元々の一人称も「僕」らしい。なんだよそのギャップ。
高校の頃の話を今周りでできる人なんていないし、懐かしいエピソードが次々に出てきて盛り上がった勢いで、連絡先まで交換してしまった。
それでまあ、何回か会って、なんやかんや付き合うことになった。
田村が童貞だったことで、卒アルの田村と今の田村がようやく一致した感ある。私に対して言葉遣いを作ることも、だんだんと彼はやめた。
私の部屋の布団に並んで寝転んでいる時、訊ねてみた。
「なんでそんな見た目変えたの」
ちょっとはにかんだ様子で田村は答える。
「僕って実は大学中退してるんだけど」
「あ、へえ。どしたの?」
「なんていうかさ、大学入ってからもずっと、細々と堅実に暮らしてたんだ。高校の時と同じで。でも周りはそうじゃない。あちこち遊んで華々しい大学生活送ってる奴らばっかりでさ。それで三年の時にふと思ったんだ。ああ、世の中やったもん勝ちなんだなって。そしたら自分だけが我慢してるみたいに思えてきて、こんなつまらねえところに居てられるか! って大学辞めてやったんだよ」
悪事を成し遂げたみたいに話す田村が微笑ましくて、私もにやけてしまう。
「うちは親も真面目だから、それまではなんとなく『自分はこうでなきゃいけない』っていうのに縛られてた気がするんだ。でも辞めたら清々しくてさ、やりたいようにやってみたらこうなった」
指に髪の毛を巻きつけて田村は笑った。私の嘘を気にしていない理由がわかった気がした。
私はごろんと横を向いた。
彼は私に何も要求しない。配信を見つけたのも偶然だという。誰でも私にそうであればいいのにと思った。
高卒で就職して、私は二ヶ月で辞めた。深夜までの残業も、陰湿な人間関係も、何もかもが辛かったのに、「忍耐がない」と両親には言われた。それはその通りかもしれないけど、私に忍耐があっても辛さが減るとは思えない。自分に素直に生きようとしただけなのに、私は他人の求めている姿じゃなかったらしい。
結局家に居づらくなって、私は逃げるように東京に出た。配信を始めたのは、当たればお金がいっぱい手に入ると思ったから。女子高生を名乗ったのは、ウリになるものを持っていなかったから。
着々と視聴者を増やしている私は、嘘の私だ。一方で、嘘で集めた文字だけの人間にちやほやされてほっとしてる自分がいる。
でも、嘘の上に成り立つ本当なんてあるんだろうか。
私は起き上がって、パソコンの電源を入れた。
「今から配信する」
田村も肘を支えにして、上半身を起き上がらせた。
「おお、何やんの?」
「そうだね配信のタイトルは」
ツイッター告知よし。マイクの位置よし。
「六つ歳をとる放送、かな」