第1話

文字数 1,560文字

こんな町は嫌だ。

こんな、窮屈な町は。

どこまで行っても知り合いしかいない。
退屈な町。

毎日が学校と家の往復で終わる。
商店街はあるけど、寄り道をするようなところはない。

テレビで見るようなおしゃれな喫茶店に行きたいし、流行の服も着たい、髪型だって変えたい。

でも、それだけじゃない。
ううん、そんなこと、ほんとは別にしなくたっていいんだ。

そんなことよりも。

ここじゃ、いつも同じだ。
いつもいつも。

こんな退屈な暮らしを、死ぬまでここで続けるなんて、絶対に嫌だ。

ここで、一生を終えるなんて。


ここじゃ、あたしには、望む未来が見えない。


それが何より不満だった。



「えー?(あや)は、じゃあどこに行きたいの?」
(ゆい)が言った。

「私は好きだけどな、ここが。」

山と山に囲まれた、アーケードもない、ただ通りに沿ってひたすら店が並んでいるだけの場所を『商店街』と呼ぶ、それだけの、町。


「唯はもっと違う世界を見てみたい、って思わないの?」

「うん、別に。ここで満足してるよ?」

「…そう」

話す相手を間違えたかな。
…いや、間違えるとか、そういう問題じゃない。他に話せるような相手はいない。
それに、この町の人間、誰に話したってきっと、同じ答えが帰ってくるだろう。
こんな話ができるのだって、昔から遊んでた、この小さな公園くらいだ。

誰がどこで聞いているかわからない。

知り合いだらけの、窮屈な町。

「あたしは見てみたい。きっと、もっと広いから。世界は。」

「世界ってー。大げさだな、綾はー」
唯がブランコを空高くこいだ。

そう、この空は遠いどこかと繋がっているなんて、本当に本当のことなんだろうか。

テレビの中の世界は、こことは切り離された、別の世界の出来事みたい。

修学旅行はちょっと離れた海の方だった。山の中にいるんだから、じゃあ馴染みのない海へ、なんて、安易に決められたものだ。

あたしがこの目で見た1番遠い世界はそこ。


もうすぐ進路が決まる。

ほとんどの子はここからバスで通える範囲の短大か大学へ行って、この町に戻ってくる。

…あたしは…そんな、大多数と同じ道を、決まったように歩いていくのは絶対にごめんだ。

どこだっていい。
ここじゃなければ。



「お母さん、ちょっと話があるんだけど」

「あら、綾おかえり」

「今度の三者面談なんだけど」

「なぁに?」

「あたし、やっぱり東京の学校に行きたい。この前、一人暮らしじゃ、お金がかかるって言ってたでしょ。お金の問題なら、学校じゃなくてもいい、仕事探すから!東京がダメなんだったら、別の場所でもいい、どこか遠くなら!」

「まぁたその話?なーに夢みたいなことばっかり言ってるの!ダメって言ったでしょう」

何が夢なの。

「…あたし、この町を出たいんだ」

「ちょっと、お父さーん?綾が話あるんだって!出、て、い、き、た、い、んだってさ!」

「何!なに言ってんだ、じゃあこの店、どーすんだよ!」

父さんが店に顔を出した。
うちは商店街の隅にあるおもちゃ屋だ。
おもちゃとちょっとした駄菓子を売ってる、おじいちゃんが始めた、それだけの店。

「…知らないよ、そんなの」

「じゃあ、お前、何かやりたいことでもあるのか?」

「それを見つけたいから」

「そんなら短大でも出てから見つけりゃいいじゃねえか、見つからなきゃ、婿でもとって店やりゃいい」

話にならない。
それが嫌なんじゃないか。
あたしの。
「あたしの将来を勝手に決めないでよ!」

カバンを手に、自分の部屋へ駆け上がる。

そこしかない、あたしの逃げる場所は。

外に出たって、知り合いだらけのこの町では、逃げることさえできない。

頭が固いのは両親だけじゃない、この町の大人はみんなそうだ。

子どもたちだって、そんな大人の話を素直に聞いて大きくなって、また同じように子どもを育てて、そうやって…

この町に、閉じ込めるんだ。

ああ、嫌だ。



誰か、あたしをここから出して。

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