あるいは禁じられた強者

文字数 1,218文字

「こんちは、いやおはようございます、かな」
「おお、八五郎か。おはよう、お入り」
「失礼しやす」
「休みの朝早くから訪ねてくるなんて、私に何か急用でもできたのかい?」
「いえいえ、まるで真逆でして。休みの日に家でゴロゴロされると邪魔だと、女房と子供に追い出された口でさぁ」
「なんだ、暇潰し相手を求めて参ったか。やれやれ」
「へへ、そうなります。気を悪くされたなら、褒め殺しの一つでもやりましょうか」
「いや、別に気にしておらんよ。むしろちょうどよかった。こちらも気を紛らわせたかったところなんだ。というのも、女房に煙草をやめるように言われてね」
「そういや前はあった灰皿、見当たりませんね」
「そうなんだ。本数を減らされるだけならまだしも、無しは厳しい。今日も目が覚めてからいらいらし通しのありさまだよ。とりあえず、褒め殺しとやらを聞いて、気分転換させてもらおうかな」
「よしきた。たとえば……そこに飾ってある草、見掛けない種類みたいですが、さぞかし高価で珍奇な代物なんでしょうねえ、さすがご隠居!」
「草って言うやつがあるかい。ま、観葉植物としては珍しい方かもしれんが」
「真面目な話、何なんです、それ。ギザギザの付いた二枚貝みたいなのがたくさん付いてて、閉じてるのもあれば開いてるのもある。あ、隙間から何か動いているのが見えるなあ」
「おまえ、本当に知らないのかい。これはハエトリグサまたはハエジゴクといって、食虫植物の一種だ」
「えっ、食事中植物?」
「食虫だ。虫を食べると書いて。葉っぱにとまった蠅などの虫を、葉を素早く閉じることで捕らえて、そのままとかして食べちまうんだ。今は食事中という訳だから、あながち間違ってはいないな」
「ははあ、話に聞いたことはありましたが、こいつがそれとはつゆ知らず。すると、一個向こうにある鉢植えも食虫植物で? 茄子をくりぬいた壺みたいな」
「その通り。ウツボカズラと言うんだ。あの穴に落ちた虫は這い上がれなくて、やがて中にある液体で溶かされ、ウツボカズラの養分になる」
「ふ~ん。よほどご隠居の家は蠅が出るんですか?」
「失礼だね、まったく。虫退治のために置いてるんじゃない。あくまで観賞用。虫除けなら煙草が効果あるらしいがね」
「虫除けを口実に、煙草を吸わせてもらうってのはどうです?」
「なるほどな。そうなると食虫植物を片付けなきゃならないが、理由もなしにいきなり捨てるというのは不自然だ。かといって、枯れるようにあからさまに手入れを怠るのも角が立つ。うーむ。ウツボカズラには気の毒だが、壺に煙草の葉っぱでも落とせば、段々と弱っていくかもしれん。いやこれは冗談だが」
「そいつは冗談でもいけませんぜ。ウツボカズラはかえって強くなるんじゃないですか。何せ、横綱になるのだから」
「はて、珍しく真っ当な意見を吐くかと思ったら、何のことを言っている?」
「煙草を吸うことをスモーキングと言うじゃありませんか」
「――ああ、相撲キング」

 御粗末様
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